中絶擁護の声を上げ続けるアメリカ人男性の思い 「個人の権利がはく奪される危機感」

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2022年09月26日 18:00  AERA dot.

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サンタモニカの海岸で開催された中絶擁護のデモに参加したパトリック・アルトさん(右)とガールフレンドのジェニー・エリスさん(撮影/長野美穂)
「自分の身体のことは、自分で決める。その権利を奪わないで」


 そんな声を上げながら、サンタモニカの海岸の砂浜を、数千人の女性たちがデモ行進していた。海岸には筋トレやサーフィン、スケートボードなどを楽しむ人々がひしめき、デモ隊を注目している。


【写真】LAで中絶擁護デモに参加したリッチー・グランサムさん
 中絶する権利の擁護を訴えて行進する多数の女性たちに混じって歩いているのは、白人男性のパトリック・アルトさんだ。彼は、データマッピング専門のソフトウェア会社で働く34歳のコンピュータ・エンジニアだ。


 今年6月24日に、米最高裁の保守派判事たちが「中絶合憲」を覆す決定を出し、全米に衝撃が走った。


 アルトさんはその夜、手製のプラカードを作り、一緒に暮らすガールフレンドと共に、ロサンゼルスのダウンタウンでの中絶擁護デモに駆けつけた。それ以降、カリフォルニア州各地で開催される中絶擁護デモの日程を調べ、ほぼ毎週参加している。アルトさんはこう言う。


「中絶する権利が、全米の半数近くの州で次々と剥奪されている。このとんでもない時代錯誤なクレイジーな事態は、残念ながら、これだけでは終わらないだろう」


 アルトさんが現在危惧しているのは「中絶合憲」が覆されたことが契機となり、ドミノ倒しのように、憲法上で認められている権利が次々に覆されていく可能性だ。


 彼はこう断言する。


「最高裁の保守派判事たちが次に狙っているのは、ズバリ、同性婚の権利を違憲にすることだ。その次は、ひとびとが避妊にアクセスする権利をあの手この手で制限しようとするはず。今のうちにその流れを何とか食い止めなければ」


 アルトさんが働くソフトウェア業界では、コンピュータ・エンジニアの大多数が男性だ。社内のミーティングの雑談では、政治の話はかつてほとんど出たことはなかった。高賃金が約束された専門職の彼らにとって、社内で政治的な発言をしないことは、ほぼ暗黙の了解とされていた。


 だが、コロナ禍で自宅勤務が主となったこの数年間、ミーティングがオンラインで行われるようになると、それが少し変容した。




 2年前、個別の小ミーティング後の雑談では「ブラック・ライブズ・マター」の活動が話題となり、同僚たちから黒人支援の声が多数出た。


 それと比べると「中絶問題」を雑談で語る同僚はごくわずかだ。多くの男性にとって中絶問題は、自分ごとではないようだとアルトさんは歯がゆく感じてきた。


「でも、この先、同性婚の権利が剥奪されてしまう可能性や、個人が避妊する権利が制限されるような可能性があれば、男性の多くは、もう無視できなくなる。だが、その時に気付いてももう遅いんだ」


 アルトさんは、自身が中絶擁護デモに参加し、女性たちと共に声を上げることで、中絶問題を他人事と捉えがちだった男性たちに、自分たちにも火の粉が降りかかるかもしれない、という危機感を感じてもらえれば、と思っている。


 アルトさんのガールフレンドのジェニー・エリスさんはこうつぶやいた。


「男性たちは、女性の発言よりも、同性である男性の発言により耳を傾ける傾向がより強いだろうしね」


「耳が痛い指摘だけど、残念ながらその通りかも」とアルトさん。「とにかく、11月の中間選挙の投票で結果を出すためにも、今みんなで声を上げなくちゃ」と語る。


 長髪のアルトさんは、カラフルな色のTシャツを着て、「上質な男は、平等を恐れない」とカラーペンで書いたプラカードを持ち、砂浜を数時間行進し続けていた。「クオリティ」と「イクオリティー」の2語がさりげなく韻を踏んでいる。


 その同じ週に、ロサンゼルス市庁舎前で行われた中絶擁護デモに参加していたリッチー・グランサムさんは、大手医療保険会社で働く46歳の白人男性だ。


 彼は南部のジョージア州で生まれ育った。同州は「バイブルベルト」と呼ばれ、キリスト教保守派の勢力が強い土地だ。


 中絶合憲が覆された6月24日にジョージア州に住む母から彼に電話があった。


「今日からは、罪のない胎児が殺されなくて済むのね。本当に良かった」と母は喜んでいた。



 ちなみに、ジョージア州では「妊娠6週間以降の中絶は違法」と定められた。妊娠6週目といえば、多くの女性がまだ自身の妊娠の事実に気付かない段階だ。


「自分にとっては、目に入れても痛くないふたりの姪たちの存在が全て」と語るグランサムさんは、姪たちのためにも、中絶という選択肢を選べる自由を取り戻すために闘うことを決意した。


 ゲイであるグランサムさんは、17歳の時に、自分の車のウインドーに置かれていた見知らぬ男性からのラブレターを母親に見つかり、「これは何?」と問い詰められた。


 同性愛者であることをカミングアウトした瞬間、両親は彼を家から追い出した。


 その後、地元のゲイ・クラブの屋根裏部屋で寝泊まりさせてもらい、高校に通った。


「同性愛者を“治療するセミナー”を受けて改心しなければ、大学の学費は1セントも出さない」と両親は激怒した。


 結局、両親から金銭支援を1セントも受けずに、成績優秀者に与えられる授業料免除待遇と奨学金を得て大学に進学し、その後、医療保険会社に就職。カリフォルニア州へ移住した。


「同性愛者の自分は、当時は、愛する家族からも、まともな人間として扱ってもらえなかった」と彼は回想する。


「当時、南部では、性的少数派への差別が横行していた。自分は何とか生き延びて脱出し、中年の年齢になった。そして今、南部の州では、中絶が違法と定められている。望まぬ妊娠をして、誰にも言えずに悩んでいる若い女性たちが、今この瞬間に故郷にいると思うと、まるで過去の自分を見ているよう。手助けしないわけにはいかない」


 アルトさんとグランサムさんは、職種は違うが、共にホワイトカラーの専門職として働き、経済的に安定した生活を送っている。例えばアルトさんは最近、オレンジ郡に念願の一軒家を購入した。


 だが、ふたりとも、個人の生活に満足し、安穏と暮らすわけにはいかないという危機感が圧倒的に強い。その理由をアルトさんはこう語る。


「弱者の権利が剥奪されて初めて、多くの人は重大なことが社会の水面下で起きていたことに気付く。それが洪水となってしまったら、一気に堤防決壊する。それではもう遅すぎるから」


(ジャーナリスト・長野美穂)


※AERAオンライン限定記事


このニュースに関するつぶやき

  • 「生まれてくる子供の生きる権利」をいわれたら、反論できなくなるので、その路線はやめたほうがよいと思うよ。中絶前は、生命でないという論理は可能だけど、それを前面に・
    • イイネ!1
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