「手ぶらで来てね」を信じてはいけない建前コミュニケーション アメリカの上をいく“日本の幼稚園”

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2022年09月27日 07:00  AERA dot.

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幼稚園では子どもたちも親たちも、小さな空間のなかで非言語コミュニケーションを学ぶ(写真はイメージです/gettyimages)
英語には「Just bring yourself!」という決まり文句があります。「身ひとつで来てね!」、つまりホームパーティーのホストがゲストに伝える、「手ぶらで来てね!」という意味のフレーズです。日常的に使われ、英語学習のテキストでもよく見かけますが、果たして本当に言葉通り手ぶらで行っていいの? というところまでテキストは教えてくれません。


 私が愛読するアメリカ南部のローカル雑誌『Southern Living』は、その疑問に明確な答えを提示してくれます。少なくともアメリカ南部では、「手ぶらで来てね!」はただの建前。何かしらは持参するのがマナーだそうです。でもその何かしらが難しくて、たとえばその場ですぐに飲んだり食べたりしなければいけないものはNG。ホームパーティーのホストは当日の料理プランを綿密に組み立てているものなので、そこに計画外の食べ物や飲み物を持ち込まれるのはありがた迷惑なのだそうです。確かに、料理がかぶったりしたら困りますもんね。アメリカではポットラック(持ち寄り)パーティーも頻繁に行われますが、その際は各自何を持ち寄る予定か、事前にメールなどで共有します。それくらい料理かぶりは避ける傾向にあるのです。


 食べ物を持参して失敗した経験が、私は何度かあります。たとえば友人夫婦に誘われて、彼らの両親のお宅へお邪魔したときのこと。平日の夜で、友人の両親もまだフルタイムで働いているので、その日の食事は宅配ピザでした。手作り料理は一切なし、うつわも紙皿・紙コップの気軽な集まり。それなのに私は気合の入った手作りクッキーを手土産に持っていってしまったのです。軽やかカジュアルな食卓で、手作りクッキーはずいぶん浮いて、いや、ずうんと重たく沈んでいました。


 前述の『Southern Living』によると、手ぶらでと言われつつも持参する手土産の正解は、後日ホストだけで消費できるお菓子やワイン、あるいはいくらあっても困らないキャンドルや鉢植えの花だといいます。花は花でも切り花は避けるべきで、その理由は忙しいパーティーのさなかにホストに花瓶を探し回らせることになってはいけないから。かようにややこしい暗黙のルールがあるアメリカ南部ですが、その比でないのが日本です。アメリカで失敗続きだった私が日本でうまく立ち回れるはずもなく、アメリカ南部から帰国して1年半経った今でもうっかりを繰り返しています。



 夏の終わりにこんなことがありました。子どもが通う幼稚園で泥遊びをすることになり、「汚れてもいい服を持たせてください」と園から連絡があったのです。私は汚れてもいいというんだからもう捨ててもいいくらいの服でいいのだろうと思って、この夏じゅう大活躍して死にかけのセミみたいになっている半袖半ズボンを持たせたのですが、周りの子を見るといやにパリッとした服を着ている。汚れてもいい服装というのは、どうも泥汚れが目立たない黒や茶系統の服ということだったようなのです。いや、園がそう想定していたかはわかりませんが、少なくとも親たちの間ではそういう共通認識があったようで、一人みすぼらしい格好をした我が子にすまんと心のなかで頭を下げました。


 他にも、「私には荷が重くて」という謙遜を言葉通り受け取って「それなら結構です」と断ってしまったり、「おたくのお子さんたち随分元気なのね」という注意を言葉通り受け取って「ありがとうございます」とお礼を言ってしまったり、失敗は枚挙にいとまがありません。気づいていないものはもっとあるんだろうなと思うと、消えてなくなりたくなる気分です。


 言葉が字義通りの意味を持たないという傾向は、閉じられた小さな空間であるほど強まるようです。アメリカ南部は、アメリカの中でも地元住民が多く住む土地。日本も、在留外国人数こそ増加しているものの移民との共生が実現しているかというとそうは思えない。そんな場所では、言外の意味のコミュニケーションが発達します。そしてコミュニケーション最難関の場所のひとつが、日本の幼稚園ではないかと個人的には思います。


 職場や学校と比べると、ごく限られたメンバー、独自の世界観で営まれるクローズド・サークル。『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』という本がありますが、私は今まさに、人生に役立つ非言語コミュニケーションをすべて子どもの幼稚園の園庭で学んでいる状況です。日本語とそれにまつわる非言語コミュニケーションを学びたい人は今すぐ幼稚園に行ってみるといいと思うのですが、それは少々言い過ぎでしょうか。


〇大井美紗子(おおい・みさこ)
ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi


※AERAオンライン限定記事



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