指輪が盗まれた、通帳が盗まれた…認知症の「物盗られ妄想」はなぜ起こる?【認知症研究者が解説】

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2022年09月29日 21:21  All About

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認知症の「物盗られ妄想」は被害妄想の一種。なぜ物盗られ妄想が起こるのか、脳科学的にわかりやすく解説するとともに、適切な対応法として5つのポイントをご紹介します。

妄想とは……認知症症状でもみられる、誤った強い思い込み

「妄想」とは、「根拠のないありえない内容であるにもかかわらず確信をもち、事実や論理によって訂正することができない主観的な信念」のことをさします。

多くの方が「現実ではないことをあれこれ想像する」ことを「妄想」と言ってしまっているかもしれませんが、「本当はあり得ないんだけどね」と自分で否定できるのであれば、それは「妄想」ではありません。

「あり得ない」ことが理解できず、それが事実であるかのように思い込んでしまい否定できなくなっている場合や、考えるのを止めようと思っても止められない場合が、真の「妄想」です。

一言で妄想といっても、内容によって、

・被害妄想……誰かから嫌がらせをされたなど、危害を加えられたと確信するもの
・嫉妬妄想……配偶者や恋人の不貞を疑って嫉妬に駆られるもの
・誇大妄想……自分の立場や能力を過大に評価してしまうもの
・微小妄想……自分を実際より低く評価し、劣っていると思い込むもの

などがあります。

妄想は、認知症の周辺症状としても見られます。そして、認知症の症状としての妄想は、家族や介護者とのトラブルに発展することも少なくありません。そこで今回は、認知症でとくに問題となる「物盗られ妄想」にスポットをあてて、その成り立ちと対処法を解説します。

認知症の「物盗られ妄想」……被害妄想の一種

いわゆる「物盗られ妄想」は、本人にとって大切なものを「盗まれた」と思い込んでしまう被害妄想の一種です。

大切にしていた指輪が盗まれた、預金通帳や現金の入った財布が盗まれたなど、いろいろなケースがありますが、犯人扱いされるのは、たいてい、いつもそばで見守ってくれているはずの近親者や介護者です。介護施設であれば担当の介護スタッフ、家庭の中であれば毎日直接身の回りの世話をしてくれている家族の方が犯人扱いされてしまいます。

せっかく自分のことを助けてくれている人を責めることで、お互いの信頼関係が崩れてしまい、それがきっかけでご本人の症状もどんどん悪化していくという、悪循環に陥ることもあります。

アルツハイマー型認知症の女性に多いという報告もありますが、そもそも認知症の原因疾患として最も多いのがアルツハイマー病であり、寿命が長い女性の方が認知症患者が多いということを考え合わせると、必ずしもアルツハイマー病や女性に限ったことではないと考えるべきでしょう。

物盗られ妄想に関わる脳の働き

私たちの脳は、「野性的な本能」と「人間らしい理性」の両方をあわせもっています。

野性的な本能を司るのは、おもに大脳辺縁系とよばれる領域です。危機に直面した時に、誰も助けてくれる人がいなければ、自分で自分の身を守らなければなりません。時には敵と争い、相手を撃退しなければならないこともあるでしょう。

そうした「たくましさ」は、動物が野性の中で生き延びていくために必要不可欠な力です。私たち人間も、「自分の身を守る力」を備えているからこそ、弱肉強食の世界を生き延びてこられたのです。

しかし、人間は、他者と争うだけではなく、時には協力してお互いを助け合おうとします。そのときには、自分のことばかり考えずに、じぶんの気持ちを抑えて、周りに合わせることも必要です。これが「理性」であり、理性を司るのは、大脳皮質の一番前の「前頭前野」です。

子どもから大人へ成長していく過程では、まず先に野性的本能ができ、遅れて理性が身についてきますので、幼い子どもはみんな「自己中心的」で「わがまま」なのです。

人と競い、「勝ちたい」、「一番になりたい」と思うのも、野性的な本能から生じているものですから、決して悪いことではありません。それが成長してきて、周りのことも考えながら行動できるようになれば、理性が身についたということです。

逆に、年老いていくときには、理性を司る前頭前野から先に衰えていき、野性的本能は残るので、まるで子どものように「わがまま」で「自己中心的」にふるまう傾向がでてくるのです。

認知症の患者さんでは、単に年老いただけでなく、ある種の病気の特徴として、前頭前野が障害を受けやすいケースがあり、そのような場合には、ますます自己中心的な言動が増えることになります。

そうしたときに、その方が探しているものが見つからなかったとしたら、どう考えるでしょうか。自己中心的な脳は、「自分は悪くない」=「周りが悪い」とみなし、他の人のせいにしてしまうのではないでしょうか。

また、とくに認知症の初期の段階では、自分がおかしくなっているのではないかとある程度自覚できるので、患者さんの心の中は「不安」でいっぱいになります。

「せっかく築いた財産を失うかもしれない」という不安が、お金や物に対する異常な執着につながるのかもしれません。財布のお金を何度も数え直したり、物をさかんに探したりするのも、その表れでしょう。そして、目的とするお金や物がないと思ったときに、「物盗られ妄想」が起こると考えられます。

認知症の物盗られ妄想への対応法5つのポイント

認知症で物盗られ妄想が見られる場合、適切な対応法として以下の5つのポイントを押さえるのがよいでしょう。

1:否定しない

「物盗られ妄想」に対する決定的な対策はないかもしれませんが、いくつか参考になるポイントがあります。

まずは、妄想だとわかっていても、本人の主張を否定しないことです。

本人は本当にそうだと思って話しているわけですから、「そんなことあり得ない!」「あんたの勘違いでしょ!」などと否定してしまうと、自分の考えを聞き入れてもらえないと感じ、さらに不信感をつのらせてしまいます。

勘違いをしていると思っても、「そうだね」「じゃあ、どうしようか」などと話を聞いてあげるだけでも、ご本人が落ち着きを取り戻せることがあります。

2:盗まれたとは言わない

ご本人が「盗まれた」と言っても、周囲の人がそれに言葉を返すときには、意識して「盗まれた」という言葉は使わないことです。「そうなの、無くなったのね」「見当たらないのね」という言い回しに置き換えてわざと返すとうまくいくことがあります。

もともとは見当たらないと思って「盗まれた」と主張しているわけですから、「無くなった」「見当たらない」と返すことによって、ご本人も「盗まれた」という思いが薄れてくることがあります。

3:一緒に探す、見つけても手に取らない

ご本人が「盗まれた」と主張する物を探してあげようと思うならば、ご本人と一緒に探すことです。良かれと思って介護者が自分だけで探して、「ほら見つかったわよ」と親切に手渡したとしても、「ほうら、やっぱりあんたが盗ってたんじゃないか」とさらに疑われる結果になることが多いです。

ですから、「どこにいったのかしら」と言いながら一緒に探すことです。

完全な妄想の場合は、いくら探しても見つかりませんが、時には、探すと見つかることがあります。実は、本人が盗まれたと主張する物品は、実在していて、本人がどこかに置いたりしまい込んだけれど、記憶障害や見当識障害のために紛失してしまったというケースも少なくありません。

そして、そのような場合にあなたがそのものを見つけることができたとしても自分で手に取ってはいけません。「ほら、あそこにあるじゃない?」と場所を指さして、ご本人が確認して自分の手で取り戻すという手順を経るようにしましょう。

またそのとき「見つかって良かったわね」と一声かけてあげますと、あなたを「助けてくれた人」と認めてくれることでしょう。

4:環境を整える

物を紛失しないように、部屋の環境を整えてあげることも大事です。部屋をすっきりさせて、物が置いてある配置がわかりやすいようにしてあげることも有効です。

実はご本人が物を置く場所はたいてい決まっているので、いつもの暮らしぶりを見てどこに何を置いているかと普段から介護者が把握しておきましょう。また、ご本人が物をなくしたときに見つけやすいように、片付け先を透明な収納ケースに変えてあげることもいいでしょう。

5:話をよく聞く

日頃から話をよく聞いて共感してあげることも、大事なポイントになります。そもそも認知症の妄想は、孤独感や自分の置かれた状況に対する不安から、周りの人の気を引こうとして起こるという側面もあります。ですから、日頃から話をよく聞いて共感してもらえていれば、こうしたトラブルは減ってくるはずです。

阿部 和穂プロフィール

薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。
(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))

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