アントニオ猪木さん、死去 79歳

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2022年10月01日 10:45  ORICON NEWS

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アントニオ猪木さんが死去(C)ORICON NewS inc.
昭和・平成を代表するプロレスラーとして愛されたアントニオ猪木(本名・猪木寛至=いのき・かんじ)さんが1日午前7時40分、心不全のため死去した。79歳。所属事務所が公表した。2018年に「心アミロイドーシス」を発症し、闘病を続けていた。

【写真】8月には…『24時間テレビ』で「元気ですかー!」を披露した猪木さん

 “燃える闘魂”のキャッチフレーズとともに、「1、2、3、ダー!」「元気があればなんでもできる」などの名セリフで、プロレスファンならず愛される存在だった。

 1943年2月20日、横浜市生まれ。早くに家族とブラジルへ移住し、遠征に来た力道山さんがその身体能力に目をつけ、60年に日本プロレスに入団。ジャイアント馬場さんと同日にデビューし、62年にリングネームを「アントニオ猪木」とした。

 アメリカでの武者修行などを経て、72年1月に新日本プロレスを旗揚げ。「プロレスこそ格闘技の頂点」とする「ストロングスタイル」を標ぼうし、マット上で無数の名勝負を繰り広げた。伝説のモハメド・アリ戦など、異種格闘技戦は社会現象となった。

 98年4月のドン・フライ戦をもって正式に現役を引退し、「この道を行けばどうなるものか」で始まる有名な「道」のスピーチを披露した。

 引退後も「UFO」「INOKI BOM-BA-YE」「Dynamite!」など、複数の団体や興行に精力的に関与。2010年には米国「WWE」殿堂入りを果たした。

 一方で政治家として、89年に「スポーツ平和党」を結党し、参議院議員を2期務めた。スポーツを通じて平和外交に努め、湾岸戦争では日本人人質解放のキーマンとなった。

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