インド版「ドラゴン桜」かと思ったら殺し屋との受験戦争(物理)が勃発する映画「スーパー30」レビュー

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2022年10月01日 20:02  ねとらぼ

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ねとらぼ

インド版「ドラゴン桜」(?)な映画「スーパー30」/(C)Reliance Entertainment (C)HRX Films (C)Nadiadwala (C)Grandson Entertainment (C)Phantom Films.

 インド映画「スーパー30 アーナンド先生の教室」が9月23日から公開されている。本作のベースとなっているのは、実在する教育者アーナンド・クマールの「実話」だ。



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 インド映画らしい歌やダンスも打ち出され、とにかくエンタメ性盛り盛りで楽しませてくれる本作は、日本から見てもひとごとではない問題も描かれている。しかも、「ええっ!? 実話なのにそんなことになるの?」という意外性もあったのだ。具体的な特徴と魅力を記していこう。



※以下、明確なネタバレは避けていますが、大まかな物語の流れや一部の展開に触れています。未見の方はご注意ください。



●実践的な教え方そのものにワクワクする



 タイトルになっている「スーパー30」とは、オバマ元大統領をはじめ世界中から称賛を集めた教育プログラムの名称だ。それも「貧しい家庭から優秀な頭脳を持つ30人を選抜して」「無償で食事と寮と教育を与えて」「インド最高峰の理系大学のIIT(インド工科大学)へ塾生を送り込む快挙を成し遂げた」、まさに革新的な内容だったのである。



 劇中で描写されるアーナンド先生の教え方そのものが「破天荒」かつ「実践的」で、それぞれが知的好奇心をくすぐるものになっている。「雷はなぜ鳴る?」「扇風機はどうやって回る?」などなど日常にある疑問から学んだり、参考書を買うお金がなくても手作りプロジェクターを利用してみんなで一緒に勉強したり、果ては「街の真ん中で大っぴらに英語劇に挑む」様も描かれる。



 迫力のカメラワークや演出、さらにはVFXを駆使した凝った演出もあり、ビジュアルでの面白さを期待しても裏切られないだろう。



●「ドラゴン桜」と似ているが、決定的に異なること



 大学受験のための勉強のノウハウがエンタメになっていることから、漫画『ドラゴン桜』を思い出す方も多いだろう。「スーパー30」で主演を務めた大スターであるリティク・ローシャンの見た目も、『ドラゴン桜』のドラマ版での主人公の阿部寛にどこか似ていたりもする。



 だが、『ドラゴン桜』と「スーパー30」には、決定的に異なることがある。それは「ドラゴン桜」は学力のなかった生徒たちに教えるのに対して、「スーパー30」ではもともと優秀な学力を有しているにもかかわらず、経済的な理由のために正当な場で学ぶ機会さえ与えられていない生徒たちを描いていることだ。その中には、学力とは全く関係なく、親から受け継いだ仕事に従事するしかなかった者も多い。



 はっきり、インドの格差社会や、教育のシステムへの問題提起も本作には込められている。生徒だけでなく、教える立場であるアーナンド先生もまた、そのために夢を諦め苦しんでいたという過去にも、胸を締め付けられる方は多いだろう。



●殺し屋が送り込まれるのも実話



 前述した革新的な教育プログラムのおけるノウハウや、格差社会と教育のシステムに屈さずに学力で「最高学府を目指す」物語そのものが面白いのだが、さらに「殺し屋との受験戦争(物理)」が勃発することに度肝を抜かれた。しかも、殺し屋に襲われることは(後述するクライマックスの展開を除いて)まごうことなき実話なのである。



 実はアーナンド先生には、予備校の経営者から拾われ、人気講師として豊かな生活を送り、恋人との縁談が順調に進んでいた過去があった。だが、彼はそれらを全て捨てて無料の私塾である「スーパー30」を設立したため、その経営者から裏切り者であるなどと恨みを買い、本当に殺し屋を送りこまれてしまうのだ。



 これは単に経営者との軋轢(あつれき)というだけでなく、やはりインドの教育の格差、さらには予備校そのものが巨大なビジネスにもなっていることも理由にある。無料の私塾など、教育を金儲けの道具にしている立場からすれば「敵」そのものだったのだ。



 もちろん、暴力により相手をねじ伏せるなんてことは言語道断の犯罪だが、それも未然に防がれることもなく、行使できてしまうインドの社会そのものが大問題なのだと、映画を見て思い知らされた。もちろん、時代(本作は2000年代を舞台としている)や地域により、状況は異なるとは思うが。



●学んだことを武器にする「ランボー ラスト・ブラッド」



 そして、アーナンド先生が「線路」であるとんでもない暴力を受けたり、銃撃戦が起こったりする様は、良い意味で「なんの映画を見ていたんだっけ!?」ともなる。果ては殺し屋たちを「迎え撃つ」様も描かれており、その展開は「ランボー」シリーズ、特に表現のハードさで話題を呼んだ最新作「ランボー ラスト・ブラッド」をも連想させたのである。



 しかも、殺し屋との受験戦争(物理)では、高揚感のある音楽と歌詞に乗せて、「今まで学んだことを武器にする」ことにもなる。具体的なバトルの模様は秘密にしておくが、「インド版ドラゴン桜と思って見ていたのに、いつの間にかインド版ランボーになっとる……」という衝撃と面白さがあったことは告げておこう。



 ちなみに、ランボーシリーズのような直接的な残酷描写はほぼないので、お子さんが見ても安心。いや、むしろ「学びの力は暴力にも勝る」とはっきりと示されるので、教育上もまっとうである。



 なお、殺し屋が送り込まれたことそのものは事実ではあるが、さすがにこのクライマックスのバトルはフィクション部分が多いようだ(インドの大叙事詩「マハーバーラタ」を参照しているところもあるという)。アーナンド先生本人は「FRaU」のインタビューで「この映画の90%は本当に起きたことです」と明言しており、逆に言えば、このインド版ランボーな展開以外は(おそらく)真実を描いているというのもすごい話だ。



●日本もひとごとではない問題



 この「スーパー30」で描かれた問題は、日本でも決してひとごとではない。例えば9月には、全国初の「17歳の大学生」になるほどに優秀だったのにもかかわらず、経済的な理由から研究者の道に見切りをつけ、運送会社に就職した男性を取り上げた「プレジデント・オンライン」の記事が話題となった。もちろん運送業も社会に不可欠な大切な仕事だが、その優秀な学力が生かされず、本人がもっとも求めている仕事に就けない環境が醸成されているのは、社会全体で考えなければいけない問題だろう。



 また、本作のキャッチコピーである「親ガチャなんて関係ない!」は、この映画の主題をうまく捉えている。親や環境に恵まれないことを、自嘲込みで言うネットスラングの親ガチャを、この「スーパー30」では真っ向から「それだけで人生が全て決まるなんてことは絶対にない!」と言い切ってくれる。そのことから、本当に勇気と希望をもらえる方は多いはずだ。



●この後もインド映画を見ればいいじゃない



 余談ではあるが、今秋は11月11日の「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」までは、ハリウッドの大作映画の新作がほとんど公開されない異例の事態になっている。ここで「ハリウッド映画がなければ、派手なインド映画を見ればいいじゃない」と提案したい。



 例えば、10月1日より「響け! 情熱のムリダンガム」は、なんと日本では作品に惚れ込んだインド料理店が配給を手掛けている。つづられるのは、インド伝統音楽の打楽器「ムリダンガム」の奏者を目指す青年が、多くの壁にぶつかり、周りから疎まれようとも夢へ突き進む姿。師匠や父親との愛憎入り交じる様も含めた関係も見どころだ。



 さらに、10月21日には、あの「バーフバリ」2部作のS・S・ラージャマウリ監督最新作「RRR アールアールアール」が公開。こちらは疾風怒涛のアクションの連続に加えて、「敵同士にしかならないはずの2人が運命の巡り合わせにより親友になる」という関係性のパワーがものすごく、3時間の上映時間中ずっと面白いという、2022年のベスト映画候補となる仕上がりになっていた。



 さらにさらに、筆者は未見ではあるが、10月28日からは、仲良し3人組が独身最後のスペイン旅行に行く様をつづった「人生は二度とない」も公開となる。まさに今は「インド映画祭り」が起こっているのだ。



 ぜひこのビッグウェーブに、「スーパー30」から乗りまくってほしい。



(ヒナタカ)


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