鈴木涼美×島田雅彦×宮台真司『ギフテッド』鼎談【後篇】「母の不在という名の影響はいまだに確実に受けている」

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2022年10月03日 10:01  リアルサウンド

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 第167回芥川賞候補になった鈴木涼美の初中編小説『ギフテッド』(文藝春秋)について、本人、社会学者・宮台真司、作家・島田雅彦が語り合ったトークイベント「100分de『ギフテッド』」のレポート後篇。毒親や私小説といったテーマについて語った前篇につづき、後篇では母親と娘の関係性や芥川賞の裏側についても明かされた。司会はジョー横溝。(編集部)


鈴木涼美×島田雅彦×宮台真司『ギフテッド』鼎談【前篇】「娘を使って自己実現を図ろうとする行為は毒親的でありつつ私小説的」


■親への反抗がなくなった理由


宮台:涼美さんにお伺いしたいことがあります。90年代半ばから母親と娘が共依存関係にある「一卵性母娘」(速水由紀子の造語)が顕著に増え、反抗期を迎えることなく成人する女性が多くなった。しかし涼美さんはお母様の嫌がることのベスト3をすべてやってきたと以前から仰言っておられる。昔は涼美さんのように母親と確執があるような娘たちが普通にいましたが、今では珍しくなっています。


 その意味で、涼美さんは「昭和的な身体」を持っていらっしゃって、そのことがうまく小説に反映されたら良いなと思っていました。その点で期待通りの小説になっています。そこで質問です。女の行為が〈女〉を参照しがちなのは変わらないのに、母娘関係はむしろ〈女〉を参照した共闘関係のようになってきた現実を踏まえたとき、母親への反抗というものについて、どう考えていらっしゃいますか。


鈴木:夜の世界でいうと、かつては親や社会への反抗として不良化して入ってくる女の子と、逆に親の借金などの理由で入ってくる女の子の2パターンがあったのですが、この小説の舞台となっている2009年頃からの歌舞伎町では、そのどちらでもないパターンが増えていると感じます。親の車でキャバクラに出勤してきたり、イベントで指名が取れなくて罰金になっちゃうからと言って、お母さんが友達を連れてキャバクラに来たりするパターンですね。他の職業ですでにあった構図が、キャバクラ嬢にまで来たのが2010年前後からというイメージです。親公認のAV女優が急激に増えたのも2010年代でした。親も風俗嬢で、お前も売ってこいという特殊なケースは前からあったけれど、自らAV女優になりたいと言って親を説得したりするケースは、私が現役の頃にはなかったです。メディアで私の母親は絶対に私を許さなかったという話をすると「鈴木さんのお母さんは厳しすぎる」みたいな反応が返ってくることもあって。AV業界は、私がやっていた頃よりはたしかに健全化したと思いますが、親がAV出演を公認するような社会は果たして健全化したと言えるのかなと。親が子どもに嫌われたくないとか、親子は仲良くあるべきという風潮と、あとは


宮台:それは「世間問題」かもしれません。柳田國男を踏まえれば、日本には世間があっても社会はない。世間とは、社会に代わる標準化された参照点です。社会とは、見ず知らずの広汎な人間たちと共有するプラットフォームーーゲームプレイヤーにとってのゲーム盤ーーを大切にしようという規範的な構えに対して現れるビジョンです。これは「悲劇の共有」(ニーチェ)に由来するコミットメントです。


 社会的な記憶力が乏しい日本人にそんなコミットメントが生じたことはかつてなく、これからも永久にないかもしれません。代わりにあったのが「それじゃ世間は通らないんだよ」と参照できる界隈、つまり世間です。かつての親は「皆が見てるでしょ」的に世間を参照することで子どもを抑圧できたし、「お前は世間を知らないが、自分は世間を知っている」と偉そうにする親に、子どもが反抗しました。


 親が持ち出すのが社会であれ世間であれ、反抗期自体は普遍的で、子どもは「結局のところ自分もまた親と同じ小さな存在に過ぎないのだ」と受け入れることで反抗期を卒業するのも普遍的です。しかるに、社会と違って、世間は地縁共同体の想像的な延長なので、地域が空洞化すると世間も空洞化します。1960年代から始まった共同体の劣化で、今は親が背負える世間はもうなくなったのですね。


 だから、世間を背景にした親による抑圧が、あり得なくなったのです。これが、反抗期がなくなって、「一卵性母娘」が一緒に仲良くキャバクラなどに行くようになった理由だと考えられます。社会は規範的概念ですが、世間は事実的概念です。規範は、状況がどうなっても貫徹すべき構えですが、事実の参照は、事実が消えればそれを学習するので、なくなります。残るのは、仲の良さだけになります。


島田:かつては「世間様にみっともないことをしちゃいけない」という形でのモラルがありましたが、宮台さんの仰るように世間の機能がどんどん落ちているのだと思います。例えば、鈴木涼美さんが日経新聞の記者だった当時、AVに出演していたことがわかってスキャンダルになりましたが、それを面白おかしく報道しようとしたおっさん達には「世間様にみっともないだろう」という感覚があったのだと思います。だから彼女の両親にインタビューをするわけですが、どうコメントするのか楽しみにしていたら、お父様は「これも一つの自己表現だから良いじゃないか」と。それは涼美さんが言うように、娘を溺愛していたから嫌われたくないという想いもあったのかもしれないけれど、彼は舞踊評論家だったから理解があったのかなとも思います。芸能の世界では、娘を成功に導くという形でサポートするステージママというのは昔からいますよね。もしかしたら、AV公認の親たちはステージママ的な振る舞いの延長にあるのかもしれません。


■芥川賞の裏側


ーー改めて、芥川賞選考の裏側についてもお聞きしたいです。


島田:選考の場所は料亭で、コの字で座るんですけど、端っこの上座に3人並んで、その3人が偉いわけ。1番古いのが山田(詠美)だから真ん中にいて、その両脇を川上弘美と小川洋子が固めて、その逆側の端に私と奥泉(光)さんがいます。座の左側は僕がヒール席と名付けていて、そこには石原慎太郎が座っていました。そのあとは村上龍で、今はなぜか川上弘美が座っている。


 今回の受賞作は、正直なところ私と小川洋子さんは何が面白いのかよくわからなかったです。でも、票が割れるのは予想していました。なぜかというと、芥川賞は選考委員がそれぞれ一推しに○を付けて、そうじゃない作品は×、積極的には推さないけど受賞に反対はしないという消極的な肯定は△なんですね。選考委員が9人いて○は1点、△は0.5点で、5点を取れば受賞だから、△がいっぱい付いていたほうが細く稼げるので有利なんです。だから、必ずしも誰かが強く推した作品が選ばれるとは限らない。涼美さんの作品は他の作品より少し×が多くて、受賞作は△が多かった。あと、『ギフテッド』を推していた吉田修一が体調不良で最終投票に参加しなかったのも残念でした。選考委員の体調や色々な偶然もあるので、芥川賞も水物なんですよね。


ーー立ち入ったことを聞きますけれど、涼美さんは残念ながら受賞をできなかったことについてはどう捉えていますか。


鈴木:ノミネートされることが決まってからは、やっぱり超欲しかったんですけれど、最初に雑誌に載せていただいたときには、賞の候補にはならないと思っていました。時代性がすごくあるわけでもないし、オーソドックスで地味だし、文体も控えめにしたので。私、いろいろなものの選考対象から外れる人生だったから、アングラでやっている意識が強くて、そういう華々しいものとは無縁だと思っていました。SEX MACHINEGUNSとかが紅白出ようと思って活動していないのと同じで(笑)。だから、ノミネートされただけでもすごく嬉しかったです。


島田:ホストクラブで結果待ちをしていたと聞いたけれど。


鈴木:そうです。受賞したときに、記者会見で「どこで待っていたんですか」とか聞かれるじゃないですか。万が一受賞したときに「歌舞伎町のホストクラブで待っていました」と言いたいがために(笑)。手塚マキさんという作家でもあり、歌舞伎町のホストグループのボスでもある友人にお店の一角をお借りして、早い時間から入れてもらいました。私は場所さえ貸してくれればよかったんだけれど、手塚マキさんはちゃんとホストも用意してくれて。仲良しの友人たちと日経の同期とか何人かの編集者とかと一緒に待っていました。


■不在という名の影響


ーー『ギフテッド』の話に戻ります。実際にお母様を亡くした時、涼美さんはその死をどのように捉えましたか。


鈴木:私はちょっと昭和的な身体を持っているので、母親を倒すべき世間の代表として見ている部分はあったと思います。母親は70年代の人で生き方は自由だったけれど、性の商品化というところには厳しくて、私にとってはそこが唯一、立ち向かう壁になっていました。だから『AV女優の社会学』にしても、『身体を売ったらサヨウナラ』にしても、母親への反論であり、言い訳であり、私の意見表明という部分が強かった。一方で、父親は別に壁でも論敵でも目標でもないというか(笑)。


 母親が亡くなったら、書き手としての私にとって、倒すべき相手がいなくなってしまうという困惑や危機感はありました。襖を開けたら一体になってしまいそうな母と娘の関係みたいなものが、ようやく死によって閉まるというか、母の死をきっかけに否応なく自立していくところまでは『ギフテッド』で書いているけれど、倒すべき敵ないし味方が失われた後にどうするべきかというところは、この先の物語なのかなと思います。


島田:文学を成立させる大きな物語の1つに、父殺し、母殺しがあります。父殺しというのは、わりと簡単なんです。何故かというと、父はイデオロギーの体現者なのであって、そのイデオロギーを打ち負かせば勝てるんですね。あるいは、そのイデオロギーは自然消滅するというか、時代の移ろいとともに古びていくし、無効になっていくから。新しい時代のイデオロギーを持ち込めば、父殺しは割とすんなり済む。だけど、母親の場合は必ずしもイデオロギーの体現者ではなく、もっと感情的なもので、ヒステリーをどう鎮めるかという問題に近いのかもしれない。治療したほうがいいのか、あるいは我慢しなきゃいけないのか、とにかくあの手この手でやるんだけれど、これといった特効薬がない。だからこそ、文学を成立させる物語としては、母殺しの方がやりがいはあるかもしれない。


宮台:フロイトに従えば、性的退却とは、文字通り性交を忌避することではなく、自分は愛に耐える力がないという思いによって、「私を見て!」というヒステリー方向と、「男は敵だ!」と叫ぶような無意味な反復で不安を埋め合わせる神経症方向と、着衣や設定に固着するフェティシズム方向に分岐することです。ヒステリーは「ちゃんと見てあげる」つまり「同じ世界」に入ることで鎮められるものです。


 僕も16年前にがんで母をなくしました。緩和療法が進んだ今、がん死はハッピーな死です。母は余命半年の告知で2年半生き延びたので、その間いろんなものを精算できた。財産だけでなく、人間関係のもやもやについても話しておくべきことを話せたし、やり残したことを考えられました。それで物事が解決しなくても、デッドラインまでに母が自分の人生を物語として描き出せます。問題はその後です。


島田:その意味で『ギフテッド』は第一章なんですよね。つまり、母親が亡くなって一度、幕は閉じるけれど、その語り手は生き続けて母親の年齢に近づき、だんだん老いていきます。加齢する中で、何らかの悟りを得たり、自分が無意識に母から受け継いだ何かを発見したりもする。つまり、がんで母を亡くしたことで色々と精算したり、一度は赦したりはできるけれど、娘の中で母との関係は継続していく。私小説というのはそういう意味では、死者を弔うという要素が結構入ってくる。だから、私小説は「死小説」でもある。ずっと続く死者との関わりを描くことが、そのまま第二章になったりします。


──この小説で象徴的なのは、やはり最後にお母様が詩を残すところだと思います。人が死んでも言葉や作品は残るじゃないですか。それが次を予感させると思いました。


鈴木:『ギフテッド』自体が、私にとっては七回忌そのものですね。死後に、母とは何だったのかということを考えるためのものでもありました。『ギフテッド』は赦しの物語ではあるけれど、かといってすべてを納得しているわけではないんです。私の母親は、私がしたことをまったく許さず、むしろ死ぬ2年前位には、そのことについて考えることが一つの研究テーマになったと言っていたけれど、それも成し遂げずに亡くなっていきました。児童文学者でありながら、素晴らしい本で育ったはずの娘をAV女優にしてしまったということは書けず仕舞いだったんです。死というのは大体そういう中途半端なもので、両成敗みたいなところがあるのかなとも思います。それでいながら、母親が死んでからだんだん顔が母親に似てきたんですよね……。不在という名の影響はいまだに確実に受けていて、母親が死んだからこそ、その存在についてすごく考えるようになったと思います。


宮台:「イエスは死してキリストとなりき」ですね。戦後の日本でも天皇を処刑しなかったのは、死によってさらに神格化されることを避けるためだったことがよく知られています。四十九日がある理由を考えると、物語化によって弔うプロセスが離別の痛みの緩和に必要だからです。故人と生き残った人たちの関係を、生き残った人たちが見定める。それを共通了解として物語化するのが、共同的な弔いです


 こうして悲しみ・恐怖・怒りなどの離別からのダメージを薄め、新たな歩みに踏み出す。四十九日以降は、故人が今生きていたら新たな歩みについて何を語るか、何をどう見るかというところに向き合うようになります。死者が「見る神」として「残された人たちを見る」ようになるのです。そこで改めて深いところでの故人の影響を受け容れていく。涼美さんが次にどんな物語を書くのかが楽しみです。


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