ヤクルト高津監督は「名将」か 広岡、野村、若松、真中…過去の優勝監督との比較で見えた「育成力」

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2022年10月03日 18:00  AERA dot.

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ヤクルトの高津臣吾監督
ヤクルトの高津臣吾監督が7度宙に舞った。昨年はヤクルトが73勝(勝率.584)、阪神が77勝(勝率.579)と、勝利数で下回りながら、勝率でわずか5厘上回っての優勝だった。いわば「綱渡りの優勝」だったが、今季は、ほぼ独走に近い形での優勝だ。


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 7月2日に2リーグ制導入以降では史上最速の優勝マジック「53」を点灯させた。51勝24敗1分(貯金27、勝率.680)で、2位の巨人に13.5ゲーム差をつけた。その後、新型コロナの感染者を多数出したこともあり、7月は7勝13敗。8月は7連敗もあった。しかしながら、8月26日から4ゲーム差で迎えたDeNAとの天王山で3連勝して、雌雄は決した。


 7月3日以降、優勝を決めた9月25日(2位DeNAに7ゲーム差)までの61試合は26勝33敗2分の成績で、後半戦の勝率(.441)はリーグ最下位。最下位の中日に10勝14敗1分と苦戦したが、セ・パ交流戦の優勝(14勝4敗)で稼いだ貯金がモノを言った。


 チーム本塁打170本、チーム得点611(2日時点)はリーグ1位。村上の55本塁打は、中日のチーム本塁打62本に匹敵する。一方、チーム防御率は意外にもリーグ5位の3.55。失点が多くても、「勝てる試合を確実にモノにした」ということだ。


 昨年のチーム最多勝は奥川恭伸、小川泰弘の9勝。それに続くのは「七回の男」今野龍太の7勝だった。今季一層の飛躍が期待された奥川は故障で戦線離脱。しかし、投手陣はエース不在を感じさせない活躍ぶりだった。小川が8勝、サイスニードが9勝、高橋奎二が8勝、高梨裕稔が7勝、原樹理が7勝、石川雅規が6勝と、先発陣が昨年の2倍近い勝利を挙げた。中継ぎでは、田口麗斗が1勝18ホールド、木沢尚文が9勝8ホールド、清水昇が5勝27ホールド。抑えでは、マクガフが38セーブと、リリーフ陣の充実が昨年以上だった。


 DeNAの三浦大輔監督、巨人の原辰徳監督、阪神の矢野燿大監督は、異口同音に「ヤクルトは投打のバランスが取れていた」と語った。2リーグ制以降「前年最下位からの優勝」は昨年のヤクルトとオリックスまで過去7例あるが、「2年連続最下位から2年連続リーグ優勝」は今回のヤクルトが史上初だ。



「投手出身監督のチームマネジメント」は難しいと言われる。投手出身監督における2連覇は1989年、90年の藤田元司監督(巨人)、97年、98年の東尾修監督(西武)しかいない。高津監督は、現役時代に野村克也監督の薫陶を受けた。「僕はプロ野球の世界に入って以来、言葉で育てられたと思っている。野球は言葉のスポーツでもある」(高津監督)。野村監督の印象深い言葉は有名だ。昨年、高津監督が勝負どころで口にした「絶対大丈夫」はチームの合言葉にもなった。今季、開幕直前のミーティングで「僕には自信はないが、君らはできる集団だと思っている」と戦意を高めた。言葉での人心掌握だ。開幕戦で阪神を相手に7点差大逆転勝利の好スタートを切れたのは、その表れの一つだろう。


 4番打者としての圧倒的な存在感を誇り、「村神様」の異名を取る村上宗隆。プロ2年目の2019年、36本塁打ながら打率は.231。184三振は日本選手ワースト記録だった。それでも高津監督は「当てにいくのではなく、4番らしいスイングをしなさい。打てなくても何も言わない」と叱咤激励した。その教えは今季、結実した。


 高津監督は現役時代に日本、米国、韓国、台湾、独立リーグと、すべてのカテゴリーで、ストッパーとして薄氷のマウンドを踏んできた。苦労を味わった分、少々のピンチには動じない。「絶対大丈夫」なのだ。海外で学んだブルペンの経験値は大きい。「球数マネジメント」を徹底した。ひと昔前は、「規定投球回到達」「シーズンを通して戦線を離脱しない」などが投手のステータスとされたが、野球の評価基準は変化している。ヤクルトで規定投球回に到達している投手は昨年はゼロで、今季も小川しかいない。リリーフ投手出身の高津監督の手腕は、投手陣の整備、とりわけ登板間隔が狭くなるリリーフ陣をリフレッシュさせることで成功した。交流戦での優勝後、「リリーフみんながMVPだ」と語っている。チームのムードメーカーは塩見泰隆だ。高津監督はその塩見に、「ムチャぶり」してムードを高めようとしている。優勝の瞬間、主将の重圧から解放されて7学年下の村上の胸で山田哲人は号泣した。年齢差はなしに近いムードがチームにある。ビールかけで山田がチームメートの「集中砲火」を浴びたのも、みんなが山田の苦労をねぎらったのだ。



 ヤクルトで優勝を経験した5監督はどのような野球を展開していたのだろうか。広岡達朗監督は「管理野球」、野村監督は「ID野球」、若松勉監督は「気配り野球」、真中満監督は「求心力野球」、高津監督は「育成野球」と表現していいだろう。広岡監督は食事や休日のゴルフなども管理した。野村監督は合理的な「考える野球」を推進した。若松監督は考える野球はもちろん、もう少し体を動かして原点回帰しようというスローガンだった。真中監督は、現役時代から明るく前向きな性格で求心力があり、前年度最下位から監督に就任していきなり優勝をつかんだ。「できない理由を探すな!」という著書もある。


 ヤクルト優勝の共通項は、「左の助っ人強打者」と「強力ストッパー」の存在だ。1978年のマニエル、92年、93年のハウエル、95年のオマリー、97年のホージー、2001年のペタジーニだ。15年は右の強打者・バレンティンが故障したが、山田哲人がトリプルスリー、川端慎吾が首位打者、畠山和洋が打点王と、タイトルを独占して打ち勝った。そして21年、22年は「助っ人」ではなく、真の日本人4番打者「村神様」が誕生したのだ。


 投手陣に目を向けてみると、1978年は広岡監督が井原慎一朗を抑え役に指名、58試合で10勝、4セーブを挙げている。野村監督時代から若松監督時代にかけて、高津が93年、95年、2001年と守護神となった。15年はバーネットが41セーブを挙げた。21年、22年はマクガフがストッパーだ。神宮球場は広くないので本塁打が出やすい。ヤクルトは打線優位のチームカラーのため、抑え役がしっかり結果を残したシーズンはチーム成績もいいという相関関係にある。


 他監督と比較して高津監督の大きな特徴は「育成」の色彩が濃いことだろう。野村監督は1998年にイースタン本塁打王の岩村明憲を1軍で1試合しか起用しなかった。「ファームは育成、1軍は即戦力」との意識が強く、むしろ「再生工場」であった。高津監督は2年目の内山壮真、3年目の長岡秀樹を今季1軍で積極的に起用した。双方、捕手と遊撃手という難しいポジションであるが、「育てながら勝つ」意識が強いのだろう。


「優勝は難しい。連覇はもっと難しい」と高津監督は話した。1992年、93年の野村監督以来となる29年ぶりのリーグ連覇は果たした。「日本一連覇」ならセ・リーグでは79年、80年の広島以来、42年ぶりの快挙である。(新條雅紀)


このニュースに関するつぶやき

  • ヤクルトのみなさんおめでとう 阪神より速い優勝マジック点灯 阪神7月8日(2003年)を上回る速さでした。
    • イイネ!9
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