円安で逆風吹き荒れるなか「追い風」となった日本の年金積立金 右肩上がりを続けているワケ

1

2022年10月06日 10:15  AERA dot.

  • 限定公開( 1 )

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

AERA dot.

9月22日には一時、1ドル145円後半に(写真/アフロ)
米国公的年金がリーマン・ショック以来の市場の暴落に苦しんでいる。約4400億ドル(約64兆円)の資金を運用する米国最大の年金基金・カルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)は今年6月末までの12カ月間に6.1%の損失が出たことを発表した。今年、米国の年金資金は平均10.4%減少すると、年金基金の調査を行うNPOエクアブルは予測する。その一方で、私たち日本の年金積立金の今年度第1四半期の収益率はマイナス1.91%と、減少幅は米国と比べてずっと小さい。その背景には円安による恩恵がある。年金積立金の運用を行う年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に聞いた。


【一覧表】プラザ合意、東日本大震災……ひと目でわかる過去の主な為替介入
*   *   *


 9月30日のニューヨーク株式市場、ダウ平均株価の終値は2万8725ドル55セントと、今年の最安値を更新。年初来高値から21.94%も下落――。


欧米では金融引き締めによる利上げが市場予想を上回るペースで繰り返され、株式市場は大荒れの状態が続いている。


 日米の金利差が拡大したことで、円相場も対ドルで24年ぶりの水準まで下落している。9月22日は1ドル145.88円と、年初来高値と比べて値下がり率は22.21%にもなった。


 だが、何もかもが「下落」につながっているわけではない。


 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が運用する年金積立金の今年度第1四半期の収益率の下落は、わずか1.91%にとどまっている。これについてGPIF企画部の長岡絋史課長は「外国株式と外国債券の価格は下がっていますが、円安の効果によって、円建てで見ると下げ幅は限定的になっている、ということは言えますね」と、控えめに語る。


■円安で外国債券はプラスに


 世界最大級の機関投資家であるGPIFの資産額は194兆7251億円(今年6月末日)。そのうち、ほぼ半分を外国株式と外国債券で保有している。すべての資産を円建てで管理しているので、円安になれば資産額は膨れる。年金は円で支払われるため、最終的に重要なのは円建ての資産額となる。


「今年度の第1四半期運用状況をご覧になっていただくとわかりますが、例えば、外国債券の利回りが上昇しています。すると、債券価格は下落しますが、それを円建てで見ると収益率はプラス2.71%をたたき出している。これは円安が寄与している、ということになります」(長岡さん)



 外貨建ての資産が円安へのヘッジと機能し、年金積立金の目減りを抑えることになった。円安が“追い風”となったかたちだ。


 GPIFが現在の資産構成(基本ポートフォリオ)の土台をつくり上げたのは2014年10月のこと。その直前まで年金積立金の60%を国内債券が占めていた。この状態がいまも続いていれば、円安の恩恵はそれほど大きくはなかっただろう。国内債券への投資比率を35%に引き下げる一方、国内外の株式を24%から50%へ大幅に引き上げた。


 しかし、これに対して、「なぜGPIFは国民の大切な年金積立金をリスクの高い株式、特に外国株で運用するのか」と、批判する声も少なくなかった。


 基本ポートフォリオの変更に踏み切った理由は何か?


 同年6月、GPIFの主管省庁である厚生労働省の田村憲久大臣(当時)から基本ポートフォリオの見直しの前倒し要請があった際のいきさつについて、GPIF企画部の本多奈織広報担当はこう語る。


「デフレからの脱却という大きな経済状況の変化の節目にあり、国内債券を中心とした運用では与えられた運用利回りを達成できない可能性があるので見直してくださいと、お話がありました」


■世界経済の成長で増える


 当時、安倍政権は、「デフレからの脱却」「富の拡大」を目指し、これらを実現する経済政策「アベノミクス」が打ち出された。基本ポートフォリオの変更は東証にGPIFの巨額資金を流入させ、株高を演出させるための道具として使われた、という声もある。


 これについて、前出の長岡さんは「アベノミクスというよりデフレ脱却時への対応ですね」と言い、こう続ける。


「デフレから抜け出すとインフレになる。基本的に債券はインフレ局面ではあまり強くないので、インフレに強い資産である株式を持っていたほうがいいだろう、というわけです。それに、国内外の債券の利回りは13年、14年あたりからずっと落ち込んでいます。債券だけでは目標利回りには届かない、という議論もありました」


 デフレ脱却に備えて日本株向けの資金を増やしたわけだが、外国株についてはどうだろうか。



「基本的に世界経済は長期的には成長していくものなので、その成長を適切にポートフォリオに取り込むという考えに基づいて、外国株式も組み入れています」(本多さん)


 しかし、外国資産を保有するリスクについて心配する声はいまも根強い。


「国内株式に期待される運用利回りは年率5.6%、外国株式は7.2%です。これについてのブレ幅は国内株式が23.14%、外国株式が24.85%。なので、確かに外国株式のほうが、若干リスクが高い。でも、国内市場が悪いときに海外市場がいいことがありますし、その逆もあります。そこが国際分散投資のキモです。いろいろな値動きをする国内外の株式や債券を組み合わせることによって収益のブレ幅を抑えられる。つまり、リスクを抑えられる、という設計です」と、長岡さんは説明する。


■数々の“暴落”を乗り越えた


 現在の基本ポートフォリオでは国内債券、外国債券、国内株式、外国株式をそれぞれ25%ずつ保有する。保有資産の数は極めて多く、2万953銘柄にもなる(22年3月末現在:国内株式2347銘柄、外国株式3573銘柄、国内債券4844銘柄、外国債券1万189銘柄)。


 GPIFに与えられた運用利回りの長期的な目標は「名目賃金上昇率+1.7%」。


「それをもっとも少ないリスクで達成するために、現在の基本ポートフォリオを定めて運用しているわけです」(本多さん)


 それでも、外国資産が暴落した際には巨額な損失を被る恐れがある、と主張する人がいる。だが、それについてはすでに明確な答えが出ている。未曽有の世界経済の大混乱、リーマン・ショック(08年)やコロナ禍(20年)による暴落を乗り越え、運用開始以来、年率3.56%の利益を出しているのだから。


「正直なところ、短期的に見れば、山あり谷ありですが、長期的に見れば積立金は右肩上がりに増えています」(長岡さん)


 しかし、これだけ円安になれば、価格が持ち直してきた時点で資産を売却したほうがよいのではないか。


「最近、そういう報道を目にすることが多いんですが、われわれは長期投資家なので、足元が円安だから売れ!とか、円高だから買え!ということはないんです。そもそもGPIFには国内債券の一部を除いて、株式や債券を売買する実行部隊はいません」(長岡さん)



 例えば、冒頭に書いた米カルパースは大勢のファンドマネジャーを抱えており、彼らが銘柄を決定し、投資を行っている。ところがGPIFの場合は「直接、株を売買できないんです。それは法律で定められています」(長岡さん)。そのため、保有資金の運用は外部の運用会社に委託し、123個の「ファンド」に振り分けている。売買の判断は各ファンドに任せられている。


■大した存在ではない


 それにしても、およそ200兆円とは途方もない資金量だ。


「記事などでは、よく『市場での存在感は大きい』『東証の7%ぐらい保有している』と書かれます。ですが、将来世代の保険料負担が大きくなりすぎないように、年金積立金を本格的に取り崩す局面がくるのは約50年後と試算されています。しかも市場にできるかぎり影響を及ぼさないように、計画的に少しずつ取り崩すので、大きな海にちょろちょろと水を流すようなものです。特に米国市場の総額は5千兆〜6千兆円と非常に大きいですから、われわれは大した存在とはとらえられていません」(長岡さん)


 今後100年間の年金の財源を見た場合、7割が保険料で、2割が国庫負担と呼ばれる税金だ。GPIFが扱う年金積立金は1割で、いわば“わき役”にすぎないという。


「年金積立金はあくまでも将来の給付水準を下支えするものであって、メインではありません。為替レートが円安に振れて、仮に積立金が膨れても、50年後、ちょっとプラス貢献できるかな、くらいの感じです」(長岡さん)


(AERA dot.編集部・米倉昭仁)


    前日のランキングへ

    ニュース設定