早熟の天才少年少女4人 史上最年少でプロ棋士、光合成タイルを研究する小学生も

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2022年10月07日 14:35  AERA dot.

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史上最年少でプロ棋士になった藤田怜央さん
プロ野球の世界ではヤクルトの村上宗隆選手(22)が次々とホームランの最年少記録を打ち立て、日本中に明るいニュースを提供している。だが他のジャンルには、もっと年少の記録保持者がたくさん。「若き天才」たちの秘めたる可能性は、村上選手にも負けない、明るい話題だ。


【写真】200色の色鉛筆で描いた黒川琉伊さんの見事なイラストはこちら
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 日本の囲碁界が沸いている。中学生でプロになり、あっという間に五冠を手にした将棋の藤井聡太竜王よりはるかに若い9歳4カ月で、世界最年少のプロ棋士になった天才少年が登場したからだ。


 大阪の小学3年生、身長130センチの藤田怜央(れお)さんだ。


 8月17日にあったプロ入り会見で「目標は世界一」と話した怜央さんは、椅子に座布団を3枚重ねて座高を上げないとカメラに映らないほど、見た目は“子供”そのもの。しかし多くのトップ棋士が認め、才能ある子供を抜擢する「英才特別採用規定」でプロ棋士になった。


 これまでの世界最年少プロ記録は韓国の曹薫鉉(チョフンヒョン)九段と中国の常昊(チャンハオ)九段で、いずれも9歳7カ月。ともに世界戦で優勝経験のある“世界一棋士”だ。このところ世界戦で冴えない日本の囲碁界が期待するのは当然だろう。


 両親と3歳年上の兄との4人家族の次男。きっかけは4歳のころ夢中になったオセロだった。対戦相手を求めて父親がオセロ教室を探したが見つけられず、「見た目がオセロに似ている囲碁はどうか」と近所の碁会所に連れていくと、夢中になった。


 入門10カ月でアマ初段、幼稚園年長組で大阪府の囲碁大会、小学生低学年の部で優勝。小1で日本棋院関西総本部の院生(プロ候補生)に。昨年は中高生の院生を相手に総合成績で2位となり、英才採用の審査が行われることになった。


 東京大学卒業後に銀行マンを経てプロ棋士になった石倉昇九段は、怜央さんを「世界でトップになれる日本の囲碁界期待の星」と言う。


「聞くところによると、中堅どころのプロ棋士とすでに対等に打つ力があると言います。院生として仲間たちと切磋琢磨(せっさたくま)するだけではなく、もっと強い棋士を相手に負けて悔し泣きするような体験を経て、さらに強くなってほしいという才能なので、英才採用でプロにしたのでしょう」



 英才採用を導入した理由は、国を挙げて育成される中国や韓国の棋士に勝つためだという。


「第1号で採用された仲邑菫(すみれ)さんが今ではトップ棋士に成長し、英才採用は成功している。先を読む力、記憶力、集中力に加え、経験がものをいう大局観も優れている。幼くして囲碁に必要な才能すべてを備えているのが怜央さんの強さの秘密です」(石倉さん)


 プロデビュー戦でどのような囲碁を打つか、注目だ。


 怜央さんよりさらに若い、7歳のときに「孫正義育英財団」の財団生に選ばれたのが春山侑輝(ゆうき)さん(11)だ。未来を創る高い志と異能を持った若者を支援する目的で、ソフトバンクグループの孫正義氏が作った財団で、侑輝さんは最年少(当時)で合格した。


 まだ歩行器を使っていたころから本が好きで、他のおもちゃには見向きもせず、動物や昆虫の図鑑を眺めていたという。そんな姿を見た母親は図書館に侑輝さんを連れていき、好きな本をどんどん読ませたという。その中で古生物図鑑が特に気に入り、そこから微生物や細菌、人体の不思議に関する専門書を次々と読むようになる。ウイルスや免疫などミクロの世界への興味から「生物学者になりたい」と言いだしたのは4歳のころだった。


 そんな侑輝さんと財団の出会いはノーベル賞を受賞した山中伸弥教授への憧れからだ。小学1年生で財団の選考を受けたのは、山中教授が財団の理事を務めていたから。合格するのは650人中50人程度という難関を突破して見事、最年少財団生となった。


 昨年からは東大大学院で実験のノウハウを学び、今年からシェアラボで二酸化炭素を吸収するシアノバクテリアを用いた光合成をするタイルの研究・実験を進めており、先日その試作品を完成させたばかり。今後は実用化を目指して研究を進めるという。


 侑輝さんは言う。


「光合成するタイルのアイデアは小学3年生のころ、テレビで温暖化ガスの問題を取り上げるニュースを見て思いつきました。アイデアが具体的になったのは小4のとき。初めはシアノバクテリアの塗料を作ることを考えていたのですが、財団生の人と話してタイルにすることにしました。工場から排出される二酸化炭素から酸素を生成し、世界の二酸化炭素削減に貢献したいです」



 研究対象は光合成をするタイルにとどまらず、抗体医薬品の研究にもチャレンジ中だ。


「18歳までに特許を取り、体内の特定の部位の細菌だけを殺傷し、体内の細菌を傷つけずに細菌感染症を治療する、抗体医薬品を応用した薬を開発したいです」(侑輝さん)


 大人顔負け、研究者にしか思えない発言をする一方で、侑輝さんはこんな話もしてくれた。


「研究や実験をしていないときは、動画配信チャンネルでアニメを見たり、ユーチューブでゲーム実況を見たりするのが好き。苦手は食べるのが遅いこと。もう少し早く食べられるようになりたいです」


 世界の課題を解決し、山中さんのようにノーベル賞を受賞するような研究者になってほしい。


 早熟の天才が数多く生まれる音楽の世界にも、若き逸材が現れている。


 愛知県豊橋市の中学1年生、鈴木美音(みお)さん(12)だ。作曲家の父・直己さんの影響もあり5歳でピアノ、6歳で作曲を始めた。ピアノではショパン国際ピアノコンクールのアジア大会で銀賞など、数々のコンクールで大活躍中だ。


 世間を驚かせたのは7歳のとき。東京交響楽団の「こども定期演奏会」のテーマ曲に応募し、美音さんが作曲した「ハリネズミのベッド」序曲が史上最年少で選ばれ、サントリーホールで演奏されたのだ。8歳のときには画家の山崎優子さんが描いた絵本『ぼくたちのうた』に、美音さんが作曲した曲をつけた音楽絵本が出版された。


 10歳のときには、自身が持つ絶対音感を利用して「温度や湿度によってピアノの音がどのように変わるか」を分析した研究で「全国小学生『未来』をつくるコンクール」で文部科学大臣賞を受賞(自由研究部門)するなど、各方面でマルチな才能を発揮している。


 コロナで休校時にはみんなを楽しませたいと、1人で12種類の楽器を演奏し、自作の曲を録音した動画をユーチューブにアップした。「歌作りにどんどん挑戦したい」と声を弾ませる。




「中学生になって、クラシックだけではなくジャズピアノを練習しています。ポップスも弾けるようになってステージで演奏したいです。作曲はまず思いついたメロディーを書きとめ、ハーモニーを一つずつ確認しながら積み上げていくので、完成したときの喜びが大きい」(美音さん)


 夢はNHK朝ドラの曲を作ることだという。


 若き環境活動家も生まれている。この7月に琵琶湖に生息する50種の魚を観察し、200色の色鉛筆で鮮やかに描いた絵図鑑『はじめてのびわこの魚』を出版した黒川琉伊(るい)さん(14)だ。テレビで活躍するさかなクンをモジって、周囲から「こさかなクン」と呼ばれている魚好きだ。


 きっかけは2歳のときに見たアニメ「スイスイ!フィジー!」。興味を見せた息子に「本物の魚を見せたい」と、母親の雅世さんが琵琶湖博物館に連れていくと「目の色を変えて喜んだ」(雅世さん)という。毎日のように博物館に通ううちに、展示しているすべての魚の名前を覚えてしまった。


 小学2年生のとき、「琵琶湖を戻す会」が主催する外来魚駆除大会(琵琶湖の外来種を釣るイベント)に優勝した景品で大型の水槽をもらい、琵琶湖の固有種を飼い始めたことで魚への興味がさらに増し、知識を深めていく。


 小4で「琵琶湖まで30秒」の家に引っ越すと、琵琶湖通いが日課に。夏は素潜りして魚を観察し、採取。冬でも胴長をはいて水路などの魚を採る。現在は約20種、数百匹の琵琶湖の魚を飼い、朝4時起きで世話し、琵琶湖で魚採りをしてから登校するのが日課だ。


 琉伊さんが絵図鑑の出版を決意したのは「琵琶湖のゴミ」がきっかけだった。


「琵琶湖の鳥に釣り糸が絡まっている姿を見て、琵琶湖を守りたいと言いだした。将来の夢として“琵琶湖を守る仕事に就きたい”と琉伊は言っています。それならば得意の絵を使って、その気持ちを伝えることができるのではとアドバイスしたら1年がかりで魚の絵を描き、本を完成させました。子供が興味を持ったことを応援し続けることができたのは母として誇れることです」(雅世さん)


 今回紹介した4人に共通するのは、子供が興味を持ったことを親がひたすら応援したこと。才能を開花させる最大の秘訣なのかもしれない。(本誌・鈴木裕也)

※週刊朝日  2022年10月7日号


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