全米を笑わせる日本人が語るお笑いの価値「分断をなくすことがスタンダップコメディにできること」

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2022年10月08日 06:21  週プレNEWS

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スタンダップコメディアンとして活動するだけでなく、シカゴで行なわれた国際的コメディフェスティバル「World Comedy Expo」の発起人とディレクターも務めるSaku Yanagawa氏。初開催ながら6000人以上の観客を集めた


本場アメリカのスタンダップコメディの劇場で、若き日本人が年400回以上もステージに立っている。昨年、アメリカの『フォーブス』誌が選ぶ「30アンダー30アジア」(アジアを代表する30歳未満の30人)にも選出されたスタンダップコメディアン・Saku Yanagawa氏だ。彼の風刺を効かせたジョークは現地でも注目を集め、ブレイクに向け着実にキャリアを積み重ねている。マイク一本で異国の人々を笑わせる彼から見た、私たちが知らないアメリカのお笑い文化とは!?

【写真】米誌『フォーブス』にも認められたSaku Yanagawa

■お笑いに優劣をつけるのは野暮

日本のお笑いは「ガラパゴス化」しているといわれる。欧米のお笑いは政治や差別などの社会問題に触れることが当たり前なのに対して、日本にはそれがほとんどないという理由からだ。

しかし、アメリカでスタンダップコメディアンとして活躍するSaku Yanagawa氏は、「お笑いはどんな国でもローカルなもの」と言い、「海外のお笑い=社会風刺」といった見方は偏った理解にすぎないと指摘する。

では、あらためて聞こう。日本と海外のお笑いは何が違うのか。30歳という若さでアメリカ・シカゴを拠点に全米のステージを飛び回る彼を直撃した。

――スタンダップコメディとは、そもそもどういったお笑いのジャンルなんですか?

Saku Yanagawa(以下、S) 何もない舞台の上で、コメディアンがマイク一本で聴衆を笑わせるシンプルな芸能です。確かに社会問題のネタが多いのは事実ですが、それを扱わなければならないルールはありません。

むしろ日本人が思うよりも風刺ネタは少ないくらいです。下ネタで1時間のステージをやり切った人もいました。観客もゲラゲラ笑っていましたよ(笑)。


――社会風刺をするものというイメージは間違っている?

S もっと広いものです。あえて言えば、日本のお笑いは「生活」をネタにしたものが多いと思います。「昨日コンビニに行ったらこんなことがあった」といったものですね。

しかし、アメリカのような多民族国家では観客が同じ文化で育っているとは限らないので、日本のお笑いのようなネタの作り方では伝わりにくい。だから政治や宗教、人種といった社会問題が題材になりやすいのでしょう。

――社会風刺の有無で日本と海外のお笑いの優劣を決めることに意味はないと。

S 優劣をつけるのは野暮です。アメリカ人が日本のお笑いをどう見ていると思いますか? 「日本のお笑いは顔芸が多くて、ドタバタばかりだよね」って。言葉の繊細なニュアンスは翻訳しても伝わらないから、身体性にばかり目がいってしまう。

日本人だってアメリカンジョークを「くだらないギャグばかり」と言いますよね。まあ、それはデーブ・スペクターさんの責任だと思いますけど(笑)。

■野球少年が惹かれたアメリカのお笑い

――デーブさんの名前が出ましたが、実はSakuさんにとっての恩人だそうですね。

S よく新ネタのアドバイスをもらっています。デーブさんが「面白い」と言ったものはボツにするんです(笑)。

日本ではあまり知られていませんが、デーブさんはアメリカンコメディの最前線を歩んできました。僕が拠点にしているシカゴ出身で、自身もステージに何度も立ったことがあり、若い頃には現地の有名なコメディアンにジョークも提供していました。異国の地で笑いを届ける先輩としても尊敬しています。

――知り合った経緯は?

S 僕がシカゴの舞台に立ち始めた頃、デーブさんの経歴を知って手紙を送ったことがきっかけです。お返事はなかったんですけど、数年後に知り合った際に手紙のことを覚えてくださっていて、それから毎日のようにメールのやりとりをしています。


――面識がないのに、いきなり手紙を送ったんですね。すごい行動力です。

S 初めてスタンダップコメディアンになろうと思ったときも、その翌日には大学の授業をさぼって、チケットがないまま空港に行き、「ニューヨークに行く一番早い便を教えてください」と言っていました。

――なぜスタンダップコメディに興味を持ったのですか?

S 中学、高校は甲子園を目指した野球少年だったんですが、練習がめちゃくちゃ厳しく、現実逃避のためにコメディ映画を見まくっていました。その中に『ブルース・ブラザーズ』があったんです。音楽とコメディが交差する内容がカッコよくて、漠然とアメリカのお笑い文化に憧れるようになりました。

大学でも野球は続けたんですが、ケガで断念することになって。これからどうしようと思っていたときにテレビを見ていたら、ニューヨークで活躍する日本人として、スタンダップコメディアンの小池良介さんが紹介されていたんです。


――Rio Koikeとして今も現地の舞台に立たれている方ですね。

S 彼がマイク一本で海外の人を笑わせる姿を見て、衝動的に「これだ!」と思いましたね。そして、ニューヨークに到着するや、向こうのコメディクラブ(劇場)を回って直談判すると、その中で1軒だけ舞台に立たせてくれました。ネタは飛行機の中で作りました。英語に自信はなかったのですが、気合いだけでやり切りましたね。でも、意外に反応が良かったんです。

すると、そこから縁がつながって、シカゴの劇場にも立たせてもらいました。そこは、映画で見た数々のコメディスターが巣立った有名な「セカンドシティ」というクラブで、感動に思わず震えました。そのときに自分が生きる道はスタンダップコメディ以外にないと決めたんです。

■全米トップ芸人の驚愕の年収とは

――大学卒業後はスタンダップコメディの本場シカゴに居を構え、現地で活動を始めます。実際にコメディアンとして食べていけるようになったのは、いつ頃でしたか?

S アメリカのスタンダップコメディは「オープンマイク」というイベントに出ることから始まります。素人も参加するステージで、名前さえ書けば誰でも出られる。そこで注目されるとクラブにブッキング(出演依頼)されるようになって、次にレギュラーになり、やがて大トリのヘッドライナーを任されるという流れです。それを毎週末やるようになって、ようやくコメディアンだけで食えるというのが正直なところ。そこまで僕は5年くらいかかりました。


――スタンダップコメディアンの収入が想像できないのですが、例えばものすごくブレイクした人は、どのくらい稼ぐのでしょうか?

S トップはとんでもないです。例えば、音楽配信サービスの「スポティファイ」とポッドキャストの独占契約を結んだジョー・ローガンは、それだけで1億ドル以上を稼いだといわれています。

――100億円以上!

S ジム・キャリーやクリス・ロックなど、映画俳優としても活躍することで、年収で数億円から数十億円を稼ぐスタンダップコメディアンもいますよ。

――アメリカはさすがにスケールが違いますねえ。

S でも、それはごく一部。ほとんどのコメディアンの活動の場は舞台だけで、昼間は別の仕事もしないと生活できません。1ステージ30ドル程度のギャラなんです。少し売れてくると放送作家をやったり、テレビに出るようになったりして、徐々に名前が知られてくる。

そして、多くの人が「コメディ・セントラル」というケーブルテレビの専門チャンネルや「ネットフリックス」で単発の特番を任されることを目指します。それが成功すると全米をツアーで回れるようになるからです。僕にとっても当面の目標です。

■コメディアンはメディア

――アカデミーやグラミーといったアワードの司会者をスタンダップコメディアンが務めることも多いですよね。

S アメリカで尊敬される人の条件は「ふたつのS」といわれます。まずStrong。腕っぷしの強さではなく、ジョークが面白いという意味です。もうひとつがSmart。知性が感じられることです。

つまり、頭が良くてユーモアのある人。それを兼ね備えたスタンダップコメディアンは、アメリカで最も尊敬される職業なのです。だから、アワードの司会も任せられる。彼らには俳優やミュージシャンといったセレブをうまくイジりながら、その場をスマートに束ねる役割が期待されています。

――人気があるだけでなく、尊敬されている、と。

S 異なる人種や宗教の人々が暮らすアメリカでは、伝統的にユーモアが大勢をつなぐ役割を果たしてきました。ジョークを交えながら会話することで、「私は敵ではないですよ」と示してきたのです。

ジョークは彼らの生活になくてはならないもの。だからスタンダップコメディもすごく身近です。先ほど説明した「オープンマイク」というイベントに出たことのある一般の人も多くて、あるステージで挙手してもらったら観客の8割ほどが経験者でした。


――では、アメリカの観客はプロの話芸に何を求めているのでしょうか?

S もちろん、笑えることが大前提ですが、それに加えて、この人はどのように最近の出来事を語るのか、話題のトピックをどう笑いに変えるのかという「見方」ですね。ニュースを独自の視点で語る「メディア」のような役割が求められています。

日本のお笑いが「あるある」と笑えるものだとしたら、スタンダップコメディは「そういう見方もあるのか」という笑いだといえるかもしれません。

――自分と違う意見に出会うためにスタンダップコメディを見るわけですか。

S 僕がこの文化に惹かれたのは、まさにそこなんです。多様な人々が集まって、笑いながらいろんなものの見方を知ることができる。もし隣の観客と政治信条が違っていたとしても、一緒に同じネタで笑うことができたら、その瞬間は分断をなくすことができるはず。

だから、スタンダップコメディは多民族国家のアメリカになくてはならない芸能なのです。異なる意見の人々を笑いでつなげることが求められるからこそ、アメリカではみんな、「(あらゆるエンタメのなかで)コメディが一番難しい」とも理解しています。


――では、逆にブーイングを受けることも?

S 舞台に乗り込まれたこともあるし、客席からビール瓶を投げられたことも、トランプ前大統領を風刺して、「日本に帰れ!」と言われたこともあります。

でも、意見の違いをネタにした上で笑いにするのが僕らの仕事です。ギリギリのところを批判覚悟で突くから笑いになる。そのためにも毎日ニュースは細かくチェックします。観客はコメディアン独自の視点を求めているので、無知のまま立つと太刀打ちできないのです。

――芸だけでなく人間性も見られているんですね。

S おまえはどんな人なのかということを厳しく見られている感じです。たとえ舞台に立つのが有名な人であっても、向こうの観客は面白くなかったらすごく冷たくて、目の前で平気で帰ったりします。

その代わりウケたときはスタンディングオベーションが起こるほど絶賛してくれます。それだけにやりがいがあるし、もっとアメリカを笑わせて、その盛り上がりを日本にも届けていきたいですね。

取材・文/小山田裕哉 撮影/五十嵐和博

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