◆ 猛牛ストーリー【第39回:比嘉幹貴】
リーグ連覇を達成し、昨年果たせなかった日本一を目指す今季のオリックス。監督・コーチ、選手、スタッフらの思いを「猛牛ストーリー」として随時紹介していきます。
第39回は、中継ぎとしてブルペン陣を支える比嘉幹貴投手(39)です。
13年目の今季も「伸びしろはまだまだある。もっとスピードを出したいし、1球1球の精度も上げたい」と臨み、5勝無敗1セーブ・10HP、防御率2.53でリーグ連覇に貢献しました。
クライマックスシリーズでは出番がありませんでしたが、日本一に向け「シーズン同様に投打の全員で、束になってかかっていきたい」と意気込んでいます。
◆ 過去の悪夢を払拭した連覇
「2年連続してこういう光景が見られるなんて、本当に幸せなことだね」
昨年に続くサヨナラ勝ちでCSファイナルステージを勝ち抜け、セ・リーグの覇者ヤクルトとの日本シリーズ進出を決めた10月15日。京セラドーム大阪で行われた試合後のセレモニーでグラウンドに立った比嘉は、1つ年下の守護神・平野佳寿に話しかけ、満員御礼のスタンドを感慨深く見渡した。
CSでは登板機会はなかったが、今季は30試合に登板し、ソフトバンクと最終戦まで死闘を繰り広げた2014年の7勝(1敗)に次ぐ5勝を挙げて、連覇に貢献した。
2014年は、松田宣浩にサヨナラ打を許し優勝を逃した。
「2年連続して優勝することが出来たので、もうあの年のことをみんな忘れるのではないですか」と比嘉。
松田がソフトバンクを退団したため、サヨナラの場面がテレビで放映されることもあったが、「全然、気になりません。もう終わったことなので」。連覇は苦い思い出を、過去のこととして消し去ってくれたようだ。
◆ 後輩たちを導いたアドバイス
能見篤史兼任コーチ、平野佳とともに、若い投手の多いブルペン陣の精神的支柱だ。
「相談までいかなくても、いろいろな話し相手になれればなと思っています。僕自身、そんなに経験があるわけではありませんが、若い子よりはあるので『こうしたらいいんじゃない』『そんなに考え過ぎなくてもいいんじゃない』とか、チームのためになればいいと思って会話をしています」と比嘉。
山本由伸に「良い時こそ謙虚に、悪い時こそ明るく」という言葉を送ったのは、山本が先発に転向した3年前のこと。
「どんな場面で話したのか忘れましたが、良い成績を残してはしゃいで次の年にダメになるというケースを見てきました。逆に活躍しているのに謙虚な人は、カッコいいなと思っていました。また、調子が悪くても本人がダメだと思っているだけで、周りは何とも思っていません。プロは次の試合がすぐきますから、落ち込んでいても仕方がないよ、と」
「1日のうち、3時間は集中しよう」。平野佳に代わり、9回を任されることもある阿部翔太には、ブルペンでの心構えをアドバイスした。
「自分の役割や試合内容にもより、ブルペンに入る時間や準備をする時間が違います。比嘉さんは、試合時間の3時間の集中の仕方をおっしゃりたかったのだと思います」という阿部が、助言を生かしたのが5月17日のほっともっと神戸での日本ハム戦。先発の山岡泰輔が4回途中に危険球で退場し、緊急登板した場面だ。
「集中していたので、突然の指名にも落ち着いてマウンドに向かうことが出来ました」と阿部。
阿部は、比嘉の集中力の高さに驚かされたことがあるという。「ある試合で、4球で肩を作ってマウンドに登り、初球、外角へズバリとストレートを決められました。ただただ、すごいなと思いました」。
育成選手から支配下に昇格し、中継ぎとして活躍する2年目の宇田川優希も、比嘉の助言で活路を開いた。
今年の春季キャンプのロッカーで「プロアマ交流戦など練習試合では好投することが出来るのに、プロ相手には結果を出せない」と投手同士で話していたら、「良いことと、悪いことの両方を想定してマウンドに登れば、どんな場面でも想定内のことだと思って、落ち着くことが出来る」と、自身の経験をもとにアドバイスを送ってくれたという。
「両方の場面を想定して準備をしておけば、ピンチになっても冷静になることが出来ます。経験を持つ比嘉さんの言葉だけに、重みがあります」と宇田川は感謝する。
◆ 「リベンジしたい気持ちは強い」
普段はソフトな口調。報道陣の前をうつむき加減に通るシャイな一面もある比嘉だが、マウンドでは別人だ。
横手から140キロ台のストレートにスライダー、シンカーを交え、90キロ台のカーブとの緩急の差で打ち取る。投げ終わった後、右足を大きく跳ねあげ一塁側へ体が傾くほど躍動感のあるフォームで、相手打者を圧倒する。
「あそこでは独りぼっち。『調子が悪いんですよ』というような顔をしたら、相手打者は『ありがとう』という気持ちで来ます。打者を上回るくらいの気持ちで臨まないと、絶対に勝負になりません」と、マウンドでの心構えを語る。
ブルペンの電話が鳴って登板が決まると、水を飲んで、「よっしゃー!」とスイッチを入れるのがルーティンだという。
沖縄コザ高から国際武道大、社会人の日立製作所を経て、2010年にドラフト2位で入団。中学時代は膝の離断性骨軟骨炎で2年間、運動をすることが出来なかったが、高校1年で遊撃手から投手に転向を勧められたことが、今につながっている。
父は高校の体育教師、母も教諭という教職一家で育ち、大学進学も教員免許を取って教職の道に進むためだった。
「想像のつかない人生ですね。社会人まで、プロ野球選手になるとは1ミリも考えたことがありませんでした。まして、この年齢まで元気でやっているとは不思議な感じですね」と語り、「その時、その時にやるべきことをやっていたら、今になっていた。先のことは見ないし、その年、その試合、を見ているという感じですね」と自然体を強調する。
今年12月7日で40歳を迎え、能見兼任コーチが現役引退後は、再びチーム最年長になる。
「体力的に、まだまだ伸びしろがあります。もっと速いボールを投げたいし、1球1球の精度を上げたい」と貪欲に取り組む。球場でのトレーニングのほか、強化のために大阪市内のジムでも汗を流す。
「最年長になっても、何も変わりませんね。今の若い子はみんなしっかりと考えて、すごい仕事をしていますから、自分の経験だけを押し付けるのはよくないと思っています。聞かれたらこれからも『オレはこう思うよ』と話はします」
自身の今季5勝を「うれしくないことはありませんが、理想は中継ぎがつないで抑えて、先発投手に勝ちがつくこと。たまたま僕が投げた後に勝ってくれただけです」と、中継ぎの矜持を語る右腕。
「昨年やられているだけに、リベンジしたい気持ちは強い。ヤクルトはすごく強い相手ですが、シーズンと同じように、全員で戦っていくだけです。投手陣、野手陣が全員で、束になってかかっていきたい」と表情を引き締めた。
『SMBC日本シリーズ2022』は22日から、ヤクルトの本拠地・神宮球場で始まる。
取材・文=北野正樹(きたの・まさき)