地方書店の現状  成人向け雑誌の低迷、仕入れはAmazon、電子書籍の普及、人口減少……町の本屋は四重苦から脱却できるのか

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2022年11月07日 07:01  リアルサウンド

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■人口1万4000人の町に唯一残った本屋


 書店の閉店が加速度的に進んでいる。アルメディアの調査データによれば、2000年に2万1495店あった書店数は、2020年には1万1024まで減少している。20年で1万店以上が消滅したのだから、恐るべき減少数と言うしかない。出版不況の影響も無視できないだろうが、WEBで手軽に本を買い求められるようになったことや、電子書籍の普及も背景にあると思われる。また、日本全体の少子化や人口減少の影響を受けていることも間違いない。


 とりわけ、地方の書店は一層厳しい状況におかれている。筆者の出身である秋田県羽後町は、人口がかつて2万人を超えていたが、現在は1万4000人を割ってしまい、著しい過疎化が進む。最盛期にはチェーン店を筆頭に3店の書店があったが、今では1店が営業を続けるだけだ。現存する唯一の書店、『ミケーネ』の阿部久夫店長に、書店の現状を伺った。


「1993年に25坪で書店を始めましたが、3年後には売り上げが1億円に達し、いい仕事を始めたと思いました。しかし、今では完全に赤字です。大きな原因は、Amazonなどのインターネット販売の拡大、電子書籍の普及、人口減です。このことは書店だけでなく取次業界にも大打撃を与えています」


 出版不況が叫ばれていた2016年、取次の大手の太洋社が倒産した。現存する取次とて、経営体力が十分かというと、決してそうではないだろう。本の流通マージンは出版社によっても異なるが、書店の場合は約23%である。しかし、その仕組みも変わってきたと阿部店長が言う。


 「取次からの仕入れ方にも様々なルートがあります。通常のルートに在庫がない場合、同じ取次のWEB在庫から仕入れていますが、その場合は取次が手数料をとるようになった。取次にも在庫がない本は、Amazonを見れば大抵、ある。顧客の依頼で急ぐときは、Amazonから買って渡しているんですよ。ですから、書店の原価率は年々高くなっています」


 阿部店長は「うちはAmazonから毎日のように本を買っている上顧客です」と笑ったが、様々な要因から、個人経営の書店が成り立たなくなるのは時間の問題といえる。


 余談だが、羽後町の隣には、菅義偉元首相の出身地の秋ノ宮を抱える湯沢市がある。湯沢市は秋田県南の玄関口を担う都市だが、湯沢駅前はシャッター通りと化している。かつて、この地域にも書店はたくさんあったと阿部店長は言う。


 「湯沢市の旧市街には、書店がついに1軒だけしかなくなりました。かつては地元資本の書店がたくさんあったんです。川井書店、おびきゅう、飯塚書店、松本書店、半田書店……今では、すべて閉店してしまいました。私の娘は東京の三鷹にいますが、状況を聞いたら、三鷹のような大きな駅前でも書店が次々につぶれていると言っていました」


 もはや、個人の経営努力ではどうにもできないほど、地方の書店を取り巻く状況は悪化の一途を辿っている。


■成人向け雑誌が売れなくなった


 現在、ミケーネの屋台骨を支えているのは、漫画雑誌とコミックスである。近年は『鬼滅の刃』『呪術廻戦』などのヒット作が売り上げに大きく貢献した。現在は、アニメもヒットしている『SPY×FAMILY』、羽後町の西側にある、にかほ市出身の漫画家・藤本タツキの『チェンソーマン』などが売れ筋である。


  対して、ミケーネが全盛期だった2000年代の収益の大きな分野といえば、何を隠そう、成人向け雑誌だった。ところが、インターネットの普及に合わせて、坂を転げるように売り上げが下がっていった。成人向けのコンテンツはネットで容易に入手できるためだ。しかも書店で買えば数千円だが、ネットならタダである。阿部店長によれば、かつてのお得意様だった若者が成人向け雑誌を買いに来ないのだという。数少ない顧客は、ネット環境をもたない高齢者だけだ。


 「かつては、成人向け雑誌を万引きした高校生とバトルしたこともあるし、『内緒で売ってください』と高校生から懇願されたこともありました(笑)。けれど、若者はもう、見向きもしなくなってしまった。現在の購買層である高齢者がいなくなれば、成人向け雑誌は終わりですね」


 また、ボーイズラブの本もかつては売れ筋だったというが、近年は動きが鈍いという。市場としては決して縮小しているわけではないようだが、書店にもたらす恩恵は大きくないのだろうか。


 「ボーイズラブの本は、読者が書店で買うのに抵抗があるようです。以前はめちゃくちゃ売れたんですが、今は読みたい人たちはネットで買っているようです。確かに、私のような男の店員から買いたくない、という気持ちはわかりますが……」


  羽後町は著しい少子化が続く。2000年に128人だった出生数は、昨年は46人。町議会議員も務める阿部店長は「目を覆いたくなるほど落ち込んでいる」と話す。少子化の煽りを受け、屋台骨を支える漫画雑誌ですら深刻な落ち込みである。特に深刻なのが少女漫画雑誌という。


  「もっとも売れていた少女漫画雑誌は、数年前は月20冊売れていたけれど、今月は1/3くらい。そのほかの少女漫画雑誌でも取次が月10冊は回してくれるけれど、ぜんぜん売れないので返本率が凄いんです。羽後町の少子化の影響をもっとも受けているのが、対象年齢が低い少女漫画なのかもしれません」


 本を店頭に並べているだけで売れた時代は終わった。書店は薄利多売のシステムゆえに、通販で遠方の顧客向けに売るのも、個人経営の書店ではAmazonには太刀打ちできないジレンマもある。一連の状況を鑑みた阿部店長は、あらゆる分野で地域の人たちを相手にした商売は成り立たなくなるとみている。


 それでも、ミケーネに本を買いに来る客はいる。長年の付き合いがある人、そして、地元の書店を残したいと考えて買い支えてくれる人だそうだ。


■中小の書店を切り捨てていいのか


 「書店業界が、今後は経営体力がある大型店に集約されていくのは間違いありません。出版社でも、取次を経由して流通させる旧来の手法を問題視している社員も少なくないと聞きます。単純に考えても、取次を通さずに直に卸せば出版社の利益は増える。流通させている間に汚れたり、日焼けするなど、劣化が進むデメリットも少ないですからね」


 こう阿部店長が話すように、利益を考えれば、地方の中小の書店を切り捨て、売上を出す都市部に取り扱い店を集約させた方が合理的であるのは間違いない。


 その手法をとっているのが腕時計業界だ。かつては、海外の高級腕時計は地方の時計店の店頭にも並び、問屋経由で注文することができた。今では人気ブランドは都市部の大型店や百貨店に限って品物を卸すようになり、中小の時計店は仕入れることすらできなくなった。ブランド側が問屋を介さず、直営店を開く例も目立つ。


 おそらく今後は、出版社が直に書店と取引し、大型店に優先的に販売を認めるパターンが増えてくると考えられる。その予兆は既にあると阿部店長が言う。


 「人気作家の新刊などは大手書店にしか入荷しなくなり、必然的に地方の中小書店は衰退していくでしょう。そして、品物がそもそもない上に取り寄せもできないとなれば、書店まで足を運ばなくなるという悪循環が生まれてしまいますね」


 一方で、取次があるおかげで、全国のどんな地方の書店であっても、本が手に入るシステムが確立されてきたのは事実である。これが日本の文化水準の向上に貢献したのは事実ではないか。


 書店では、表紙を見てコミックスを買い求め、作品のファンになるケースも少なくなかったはずだし、この記事の読者にもそうした出合いを体験した人もいるだろう。作家にとっても自身を知ってもらう契機になっただろうし、客側も出合いを求めて書店に通うのは楽しみだったはずだと思う。


 また、日本の文化となった漫画の黎明期を支えたのは、地方から上京した漫画家たちであった。トキワ荘の漫画家の藤子不二雄の両氏、石ノ森章太郎、寺田ヒロオらは皆、地方の出身だ。彼らが漫画家を目指すきっかけに挙げるのは、手塚治虫の『新寳島』や漫画雑誌『漫画少年』だが、こうした本が地方で手に入ったのはひとえに取次が築いた流通システムの賜物であろう。いわば新人の発掘と育成にも貢献したシステムを、なくしていいのだろうか。


■書店は地方にとって重要なサロンである


 漫画家初の国会議員である赤松健は、漫画文化を守りたいと考えているようだ。素晴らしいことである。であれば、同人誌即売会も確かに重要なのかもしれないが、それ以上に、地方の書店を残す政策に本気で取り組んでほしい。即売会で漫画家が育っても、そもそも売る場所が減少すればファンの増加につながらない。いわゆる漫画外交で漫画を世界に発信するのも良いことであるが、国内の市場をまずは大事にすべきではないか。


 特に、新人育成を重視するのであれば、漫画業界が一丸となって地方の書店を応援すべきである。というのも、地方の書店は、無名時代の地元出身の作家を真っ先に応援してくれる場でもあるためだ。地域の人々が地元の作家を知る契機にもなるだろう。ミケーネは町出身の漫画家のおおひなたごうや辻永ひつじのコミックスをそろえ、応援している。こうした販売手法は店舗がある書店ならではの強みで、WEB上の書店ではなかなか難しい。


 コミュニケーションの場としても書店の存在意義は大きい。羽後町は喫茶店も少ない中、地域の人々から、気軽に集まれる場としてミケーネが選ばれているのだ。また、阿部店長の人柄を慕い、全国から訪れる人も少なくない。「こうした人々との触れ合いが、書店を継続する原動力になっています」と、話す。また、隣町、横手市で活躍する消しゴムハンコ作家のJUMBOは、ミケーネに通い詰める一人である。


 「店主さんや、たまたま居合わせた地域住民と雑談をする中で、作品のアイディアが浮かぶこともあります。作品について遠慮なく意見をもらったり、お仕事を突然いただくこともあります。今回、ミケーネさんの御書印を作成させていただきましたが、これも何気ない雑談から生まれました」


 ミケーネでは、書店の取り組みとして注目されつつある御書印を取り扱っている。ハンコのデザインは前述のJUMBOが手掛けた。「ミケーネの御書印は羽後町の鳥と木である鶯と梅を、花札の様にデザインしています。意外と羽後町民でも町の鳥と木を知らない人が多いことを知り、今のデザインにしました。このデザインに興味や疑問を持った人が図案のネタを調べたり、考えたりして、そこから地域を知ったり、新たな魅力を見つけてくれる事を期待しています。そしてミケーネを中心に観光をはじめ人の流れや交流が生まれてくれば幸いです」と話す。


  ミケーネは今や、羽後町においてなくてはならないサロン的な役割を担い、文化発信の基地としても欠かすことができない存在になっている。書店を地域のインフラと考え、具体的な動きを始めた自治体もある。青森県八戸市は自治体が運営している書店「八戸ブックセンター」を設立している。今年は福井県敦賀市でも同様の書店がオープンした。


 日本が優れている点は言論の自由がある点で、一つの物事に対して、賛否両論、様々な立場から本が出版されている。書店ほど公平中立な思想に触れられる環境は珍しいし、大学で学ぶような知識が本を通じて得られるのだ。知識のインフラとしての書店の重要性を、もう一度考え直す時期に来ているかもしれない。地方の書店の在り方はどうあるべきか。議論が進むことを願いたい。


取材・文=山内貴範


このニュースに関するつぶやき

  • 電子書籍に慣れるとねぇ。売り切れは無いしいつでも手に入るし、保管にも場所を取らないし。もちろん紙の本や書店にも良い所はある
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