台北市長になった「蒋介石のひ孫」の実力は未知数 「ハンサムだけど中身がない」との声も

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2022年12月01日 06:00  AERA dot.

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史上最年少で台北市長に当選した蒋万安氏(撮影/野嶋剛)
 26日に投開票があった台湾の統一地方選で、与党・民進党は大敗し、野党国民党は好調な結果を残した。蔡英文総統は民進党主席から引責辞任した。長く不調に置かれていた国民党はにわかに勢いを取り戻した感があるが、そのなかでひときわ光を放っていたのが、史上最年少で台北市長に当選した国民党の蒋万安氏(43)だ。第三勢力の台湾民衆党から台北市長のポストを取り戻し、今回の国民党の勝利の象徴となった人物だ。


【「イケメン」と評判の蒋万安氏の写真をもっと見る】 蒋万安氏の当選が日本のメディアで盛んに取り上げられたのは理解できるのだが、キャプションで使われる「蒋介石のひ孫」という紹介は日本特有だ。台湾のメディアはほとんどそのように彼を呼ぶことはない。「蒋家第4代」というほうが台湾人にはしっくりくる。その理由はいささか複雑だ。 


 私が蒋万安氏に初めて会ったのは5〜6年前、彼が立法委員(国会議員)に当選した後だったかと思う。国民党の知り合いに食事の席に呼ばれ、そこに彼がいたのだ。若さにあふれていたが、まだまだこれからの政治家という印象だった。蒋介石について、私は『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団の真相』(ちくま文庫)というノンフィクション作品を書いたことがある。そのことを知り合いが言うと、蒋万安氏が少しバツの悪そうな表情をしたことを覚えている。 


 蒋介石は、台湾では評価が両極端に分かれる。民衆に厳しい弾圧を行ったことから、「殺人魔王」と呼んで憎んでいる犠牲者の家族もいる。一方で、蒋介石が「中華民国」を引き連れて台湾に逃げ込んだ結果、台湾は自由主義陣営に入って経済成長を成し遂げ、共産化を免れた。全肯定も全否定も難しい存在だ。 


 また、蒋介石の息子である蒋経国は、総統の座を李登輝に引き渡す道筋を作った功績もあり、台湾社会では「蒋介石は嫌いでも蒋経国は評価する」という人もおり、なかなか難しい問題なのである。ただコンセンサスとして「蒋介石のひ孫」と呼ぶのは差し障りがあるが、「蒋家第4代」ならいいのではないかというのが、本人もその周辺も社会全体も共有している感覚なのである。



 だから、蒋万安氏も自分が蒋家のひ孫であるとアピールすることはない。「曽祖父の思いを受け継ぎ〜〜」などと語ることもない。曽祖父の思いとは一言でいえば「反攻大陸」。中国から共産党に追い出されたが、いつかやり返して支配権を取り戻すことを夢に掲げていた。いまの台湾社会の主流の民意は「台湾は台湾、中国とは違うし、自分は中国人ではなくて台湾人」であり、こうした「台湾アイデンティティー」という考え方が一般的に支持されている。


 このなかで「反攻大陸」など掲げても軍事的にも不可能だし、そもそも台湾人は望んでいないと嘲笑されてしまうだろう。すでに第4代で台湾生まれの蒋万石もそのような考えはなく、台湾をいかによくするか、生き残っていくか、ということしか基本的に考えていないだろう。 


 今回、蒋万安氏が掲げた政策も、米シリコンバレーで弁護士として仕事をした経験を打ち出して、台湾を経済都市に変革するというもの。一方で2児の父で、妊娠中の夫人も選挙応援にかけつけるなど、親しみやすさをアピール。コロナ対策の英雄とされた民進党候補の元衛生福利部長、陳時中氏らの追い上げを許さなかった。 


 蒋家の「直系」とは言い切れないことも、血筋攻撃があまり効果的ではなかった原因だったようだ。 


 蒋介石の長男である蒋経国には2人の女性がいた。愛人関係にあった相手の息子で、蒋万安氏の父親の蒋孝厳は外交部長も経験したエリートだったが、愛人の家系という家柄のため、母方の章姓を名乗っていた時期が長く、蒋家の一員とは名乗れなかった。蒋万安氏も同様に一時章姓を使っていた。これについて、選挙期間中には、民進党支持の有名なジャーナリストが「本当に蒋家の血筋かどうか怪しい。DNA検査をしろ」と攻撃したが、むしろ世間的には同情を買っただけで、逆に支持が増えたと言われている。 


 蒋万安氏を久しぶりにじかに見てみたいと思って、選挙戦最終日の25日朝、選挙カーに乗る直前のメディアのぶら下がり取材に出かけていった。台北市の選挙事務所で待っていると、スタッフからカフェラテを勧められた。カフェラテには蒋万安氏の顔がプリントされていて、女性記者たちが争って私のカフェラテの写真を撮らせてくれと頼んできた。メディアの存在感が大きい台湾では、政治家による記者サービスは日本よりはるかに手厚い。お菓子やチョコレートもあり、その日は雨だったのでレインコートも配られていた。 



 記者たちに「蒋万安はどうなの」と尋ねると、「陳時中(民進党候補)よりも記者にも親切で、ハンサムだからいいわ」「えー、私はなんか中身がなさそうで嫌よ」みたいなリアクションがあり、彼女たちにとって、蒋介石のひ孫というのは、現実感からしてもピンとくる話ではないのだろうと感じさせた。 


 そこに現れた蒋万安氏は、ツルツルの肌で、髪の毛をビシッとセットし、記者たちの質問も無難に当たり障りのない答えでさばいて、さっそうと遊説に出かけていった。選挙事務所には集まった支持者たちが「蒋万安、当選!」とコールをしていた。当選が期待できる陣営特有の明るさが漂っていた。 


 日本メディアが「未来の総統候補」と書いているが、これにもちょっと違和感がある。ありえないとは言えないが、相当、先の話になるだろうということだ。台北市長選の結果をみても、得票率は4割ほどで、民進党候補や民衆党候補を大きく引き離したわけではない。「顔だけで、中身がない」という批判はくすぶっているなか、当選できたのはライバルの分裂、民進党候補の相次ぐ戦略ミスなどの僥倖に他ならない。 


 華々しい蒋万安氏の登場は、あたかも小泉純一郎元首相の息子として一躍スターになった小泉進次郎を思わせる。だが、その後小泉進次郎氏は苦労を重ね、首相候補という立場からは今遠ざかっている。蒋万安も今後、台北市長として評価を落とせば、当然、総統の道など遠いものになるし、人気が落ちた「小泉進次郎化」してしまうような可能性が高い方とすら思っている。 


 立法委員を2期務めたとはいえ、国民党の支持基盤の強いところから出馬して楽々当選してきただけで厳しい選挙を経てきたわけではない。市長選挙レベルでは「蒋介石のひ孫」はほとんど重荷にならず、加点材料になっているのだが、国政レベルの台湾全体の未来と関わるテーマを考える傾向が強い総統選挙になった場合、蒋介石や蒋家との関わりも、やはり一定のマイナスになるはずだ。 


 まだまだ「将来の総統候補」と言い切るには時期尚早ではあるが、それでも若きスターが登場し、台湾総統への登竜門ともされる台北市長のトップについた以上、その動向からは目が離せなくなった。 


●野嶋剛(のじま・つよし)


ジャーナリスト、作家、大東文化大学社会学部教授。1968年生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。朝日新聞社入社後、シンガポール支局長、政治部、台北支局長、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年に退社。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾で翻訳出版されている。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)。


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  • 先祖が大人物だからとその血族の人間が必ず優秀とは限らん。それに胡座かいて中身がスッカスカなバカの割合が多い。 今の日本の二世三世の政治家見たら解るだろ?
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