W杯で気付かされた「地上波よりABEMAのほうが便利」という事実 放映権料「200億円」の舞台裏

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2022年12月01日 18:25  AERA dot.

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日本―ドイツ戦では、ABEMA1日の視聴者数が1000万を超えた。今回のW杯が、配信と放送の考え方や楽しみを変えるきっかけになるだろう(写真/アフロ)
 連日連夜、日本中を“楽しい寝不足”にさせているサッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会。その中継で名を上げたのが、無料で楽しめるインターネットテレビ局「ABEMA」だ。「移動中もスマホで楽しめる」「試合後も見られる」「全64試合視聴できるアプリがわかりやすい」と、人気が急上昇。日本代表が1次リーグの初戦で強豪のドイツに逆転勝利した日の1日の視聴者数が「1000万を超えた」とABEMAは高らかにアナウンスした。これまでW杯のような国際大会の中継は、テレビの独壇場だった。今回ABEMAがFIFAに支払った放映権料は200億円ともいわれる。“新しい未来のテレビ”を掲げるABEMAが設立した当初から藤田晋社長に取材してきたITジャーナリスト・西田宗千佳さんに舞台裏を聞いた。


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「一つの案件として過去最大の投資であるのは事実だとABEMAは言っていたので、FIFAに支払ったのはかなりの金額であるのは間違いないでしょう。とはいえ、200億円を大きく超えているかというと、そうでもないらしい」と、西田さんは言う。


 そもそもABEMAは、W杯のような大規模な国際大会の中継はテレビ局がやるものであって、われわれのような映像配信事業者は手出しができないものだと思っていた。ところが、昨年末、ABEMAの藤田晋社長は「テレビ局がW杯の放映権料を出し渋っているという話を関係者からたまたま聞いた」と言う。


■全試合配信がベストは明白


 日本とカタールは時差が6時間ある。つまり、試合は夜中に行われるので、


「日本戦はともかく、他の試合を中継しても『割に合わない』。それで放映権料の支払いをめぐるテレビ局の話し合いはなかなかまとまらなかった」と西田さんは説明する。


 昼間の時間帯の中継であれば、日本戦以外でもそれなりの視聴率が見込め、金額の高いCM枠も設定できる。ところが、深夜の中継では低い視聴率しか望めず、低いCM収入しか得られない。それでは高額な放映権料に対して、まったく割に合わない、というわけだ。


「藤田社長はテレビ局関係者から話を聞いて、放映権料はトータルでいくらなんですか、という話になった。それで結果的にですが、ABEMAがFIFAに放映権料を支払って、放映権を受け取り、さらにそれをテレビ局に出すことになった」



 仮にABEMAがFIFAに200億円支払ったとしても、「追加でテレビ局がFIFAに支払っていると思われます」と西田さんは話す。


 ちなみに、テレビと違って、インターネットを使った映像配信であれば、放送枠に縛られる、といった制約がない。チャンネルを増やしても費用はほとんどかからない。


「なので、W杯の放映権を得られるとわかった時点で、全試合を配信するのがベストだということは明らかでした。その点、人気のない試合はCM収入が見込めず、放送できない従来のテレビとはまったく立ち位置が異なります」


■「神アプリ」が絶対必要なわけ


 一方、ユーザーからすればABEMAを視聴した一番の理由は圧倒的な便利さだ。


「ABEMAはいつでもどこでも自由に見られるわけです。イギリスの公共放送BBCなんかはテレビでもネットでも同じコンテンツが見られますが、日本のテレビ放送にはさまざまな規制があって、それができない。NHKはようやくネットで見られるNHKプラスや民放はTVerをつくりましたが、それでも放送と通信とは別なもの、という立て付けです」


 最近は若者を中心にテレビを持たない層が増えている。


「そういう層に対して『新しいテレビを提供する』というのが、6年前にABEMAがスタートしたときから藤田社長が語ってきたことで、映像配信というかたちをとってはいますが、テレビという存在に極めて近い」


 しかも、ABEMAはふだん使い慣れているアプリにそれほど手を加えることなく、W杯を視聴できるのも特筆すべき点である。


「それだけABEMAのアプリはよくできているということなんですけれど、アプリの出来が悪ければ、どんなにコンテンツがよくても見られない。なので、藤田社長は『試作を繰り返して費用がかかっても最初から“神アプリ”を作らないとダメだ』と語っていました」


 神アプリ。つまり、“非常に優れたアプリ”という意味だ。


「ユーザーにABEMAが神アプリだと認識されることで、毎日何回も起動されるアプリになり、視聴が習慣化される。継続的に見てくれるようになれば、そこに広告を出す価値が生まれる、と藤田社長は考えたのです」


■もう誰もついてこられない


 使い勝手のよいアプリの開発だけでなく、膨大な人数が同時に視聴しても映像が止まらない(フリーズしない)対策にABEMAは莫大な資金を投じてきた。それが、視聴者数を伸ばす大きなポイントなわけだが、それがきちんとできている会社は意外と少ないという。



「藤田社長いわく、『同業他社はどこも同じようなことを考えますが、ここまでやってしまえば、もう誰もついてこられないでしょう』という話です」


 それこそが、設立以来、ABEMAがほぼ毎年のように150億円以上の営業赤字を出し続けてきた背景でもある。並みの経営者であれば、そのようなことはなかなかできないだろう。


「ABEMAは赤字でも、親会社のサイバーエージェント(藤田氏は同社の社長を兼任)はさまざまな事業で黒字を出している。だから、自分の責任においてABEMAに投資を続けても株主は文句を言わないんですよ、という趣旨のことを藤田社長は言っていました。要は、サイバーエージェントが成長するためには投資をしなければならない。その投資先としてABEMAを選んだ、というわけです」


■定着すれば「絶対にテレビで見る」


 ABEMAはスマホのような持ち運べる画面で見られるだけでなく、アマゾンが展開する「Fire TV Stick」などを使えば、簡単に大きなテレビ画面でもW杯を視聴できるようになる。


「それも藤田社長がABEMAを立ち上げたころから言っていたことです。スマホやパソコンでABEMAを見るというのは初期段階であって、広くABEMAが定着すると絶対にテレビで見るよ、と」


 ただABEMAには、家電メーカーに頼って、配信映像を映し出す機能が組み込まれたテレビが普及するのを待つという選択肢は、最初からなかったという。


「アマゾンがFire TV Stickを普及させてくれるのであれば、それに乗らない手はない。お互いマイナス点は一つもない。だからアマゾンに積極的に協力を依頼していくと、藤田社長は当初から言っていました。ABEMAとアマゾンが連携することでW杯も映画も見られる。大画面でABEMAの視聴を定着させるという意味でもW杯は大きな意味を持っていたわけです」


 ただ、ABEMAはテレビと違って、数秒の遅延が生じる弱点がある。



「例えば、実際にゴールが決まった瞬間から少し時間が経ってから、ABEMAの画面上でゴールが入るので、ユーザーのコメントが表示されていたりすると、そこにズレを生じる。あと、テレビと違って、通信費がかかる。でも、テレビに対するマイナス点って、もうそのくらいしかない。実際、日本−ドイツ戦においてABEMAはテレビとほとんど変わらない存在であることが明らかになった」


■W杯は最後の大きな投資か


 まさにこのことが、ABEMAが今回、巨額を投じてW杯の放映権を手に入れた目的であると、西田さんは言う。


「要するに、ABEMAは民放と肩を並べる存在であることを広く国民に知らしめた。それによって利用者数が安定し、それを求めて大きなクライアントの広告が入ってくるようになる。なのでABEMAの経営陣は、W杯の放映権を取りにいったことについて『ABEMAを次のステージに移行するための投資』という言い方をしています」


 さらに西田さんは、「W杯の日本戦以上に同時視聴があるスポーツコンテンツといえばワールド・ベースボール・クラシックくらいでしょう」と指摘する。


「つまりこれ以上、映像配信のインフラに負担をかけるものは考えづらい。今回1000万人が視聴しても映像が止まらなかったわけですから、ここからは改良やメンテナンスに費用を払えばいい。極論すれば、今回の放映権料の支払いは最後の大きな投資だったのでしょう」


(AERA dot.編集部・米倉昭仁)


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