世界遺産「石見銀山」の見どころは? 鉱山、街並みをぶらり観光&温泉を楽しむおすすめコース

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2022年12月01日 20:21  All About

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中世の時代、世界中に流通した「石見銀」を生み出した石見銀山。現在でも当時の坑道や街道、街並みが残る貴重な場所として世界文化遺産に登録されました。石見銀山と周辺史跡の見どころをご紹介します。

世界遺産「石見銀山」の魅力をご存じですか?

世界に流通した石見銀を産出した石見銀山の鉱山跡。鉱山町の街並みや銀を積み出した港などの関連施設も含めて世界遺産に登録されました(2020年3月撮影)

1993年に法隆寺、姫路城、白神山地、屋久島が登録されて以来、少しずつ日本国内にも増えてきている世界遺産。2022年現在、5つの自然遺産と20の文化遺産が日本国内で登録されています。

そんな世界遺産の1つ「石見(いわみ)銀山」は、戦国時代から江戸時代にかけて日本を代表する銀鉱山として世界中に名前を知られた場所。銀山の坑道や銀山で繁栄した当時の面影を残す素敵な街並みが現在も残っています。

今回は石見銀山と周辺の史跡について、見どころやおすすめコース、アクセス方法などをご紹介します。(取材協力:石見観光振興協議会/2020年)

世界の貿易を席巻した「石見銀」の産出地

石見銀山の全貌がわかる案内図。右側真ん中の白い部分に古い町並み、中央上が銀鉱。一番上には銀を積みだした港がある日本海も描かれています(2020年3月撮影)

石見銀山は、島根県のちょうど真ん中付近にあたる大田市にあります。

戦国時代に開発が始まり、江戸時代にかけて良質の銀がここから大量に産出されました。日本国内では大名や幕府の資金源となり、また世界各国との貿易に使われ「石見銀」として世界中へ流通していきました。

その後、銀の産出量が減ってしまったことから、銀山は大正時代に休止。その後、鉱山開発の伝統的技術の痕跡が現在に至るまでそのまま残されていたことから、産業遺跡としての評価が高まります。
一時期、世界中に流通した「石見銀」銀貨のレプリカ(2020年3月撮影)

さらに銀山で産出した銀を港まで運ぶ道や、港となった温泉津(ゆのつ)の街並みも含めて、鉱山がもたらした繁栄の跡を現在でもたどれることが決め手となり、後世に残すべく2007年7月に国内の産業遺跡としては初めての世界文化遺産として登録されました。

石見銀山世界遺産センターで、石見銀山のことを知る

石見銀山世界遺産センター。見学に訪れた人たちの拠点として石見銀山に関する様々な情報を入手することができます(2012年11月撮影)

それでは石見銀山に出かけましょう。

石見銀山が世界文化遺産に登録された後、銀山の近くに石見銀山世界遺産センターが開設されました。ここでは石見銀山に関する様々な情報を入手することが可能で、広い駐車場が整備されていますし、路線バスも止まる石見銀山見学の拠点です。

石見銀山に到着したら、まずは世界遺産センターで石見銀山の概要を理解した後、それぞれの見学ポイントへ向かいましょう。
大森地区から龍源寺間歩へは徒歩で45分ほど。ゆるやかな上り坂が続くので、電動アシスト付き自転車を借りるのがおすすめ(2020年3月撮影)

なお、世界遺産センターから銀山の坑道跡である龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)や、古い町並みが残る大森地区の街並みまでは2〜3kmほど離れています。

大森地区まではバスや車で移動できますが、大森地区の石見銀山公園から先、龍源寺間歩までは車両通行禁止です。遊歩道を45分ほど歩くか、大森地区にあるレンタサイクルのお店で自転車を借りると良いでしょう。

ちなみに龍源寺間歩まではゆるやかな上り坂が続きますので、電動アシスト付き自転車がお薦め。その他、ゴルフカートを活用したぎんざんカートも利用できます。

江戸時代の銀山の坑道跡に入れます

銀山川沿いの道を進み、龍源寺間歩へ。秋には紅葉を望むこともできます(2012年11月撮影)

大森地区から、案内に従って銀山川沿いの木に囲まれた道を進むと、龍源寺間歩へ到着します。間歩(まぶ)というのは鉱山の掘り口のことを指し、石見銀山内にもたくさんの間歩がありました。
石見銀山で唯一、観光客の見学が毎日可能な龍源寺間歩(2020年3月撮影)

龍源寺間歩は江戸時代に開発された銀山の坑道で、石見銀山の中で観光客の見学が毎日可能な唯一の坑道です。坑道の中に入ると掘られた当時の痕跡がそのまま残っている中を歩くことができます。
龍源寺間歩の坑道を歩く(2012年11月撮影)

観光客が歩ける部分はごく一部ですが、最盛期にはかなり地下深くまで採掘が行われていたとのこと。片道通行で新坑道を通って外に出た後は、坂道を下って龍源寺間歩への道に戻れます。
石見銀山の鉱床の断面図。左側の龍源寺間歩の位置を見ると、かなり深くまで掘られていたことが分かります。石見銀山で一番大きな大久保間歩は図の右上です(2012年11月撮影)

ちなみに石見銀山には大小あわせて700以上もの間歩があり、代官所直営の間歩が龍源寺間歩を含めて5つありました。

そのうちの一つ、大久保間歩は石見銀山最大の坑道で、期間限定かつ人数限定で見学ツアーが組まれます。時期をあわせて予約して見学ツアーに参加するのも良いでしょう。

江戸時代の鉱山町の街並みが残る大森地区を歩く

石見銀山・大森地区の古い町並み。江戸時代の街並みがそのまま残っています(2012年11月撮影)

間歩の散策とあわせて、石見銀山の見どころの一つが大森地区の街並み。銀山の繁栄と共に広がった江戸時代の鉱山町の街並みが800メートルに渡って続きます。

昭和40年代に銀山跡が島根県指定の遺跡となってからは住民の意志で町並みを維持し、1987年(昭和62年)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。その後も住民の皆さんの協力のもと、現在に至るまで美しい町並みを維持しています。
瓦葺きの門構えを持つ大森代官所跡(2004年7月撮影)

大森地区の入口にある瓦葺きのしっかりした門。これは江戸幕府が銀山を統治するために置いた大森代官所の跡です。
大森代官所跡に設けられた石見銀山資料館(2012年11月撮影)

大森代官所跡には、世界遺産に登録される前から石見銀山の調査研究資料などを展示している石見銀山資料館があります。

この資料館の建物も要注目で、明治時代に建てられた旧邇摩(にま)群役所の建物を活用しています。
石見銀山・大森地区の古い町並み。赤い石州瓦の屋根の家が続きます(2012年11月撮影)

大森代官所跡から続く街並みは、石見地方独特の赤い石州瓦の屋根の家が多く、武家の屋敷だったり、商家だったりと様々です。
大森地区の古い町並み。時間を取ってゆっくり歩きたい(2012年11月撮影)

カフェを併設している熊谷家住宅など、ごく一部の家で内部を公開している所もありますので、ゆっくり歩いてみると良いですね。

銀の出荷地にして温泉が湧く港町・温泉津(ゆのつ)

「石見銀」を世界に送り出した港町の一つ、温泉津。1300年以上の歴史を持つ温泉地でもあります(2004年7月撮影)

石見銀山で産出した銀は、山を越えて日本海に面した港へ運ばれ、日本国内や世界へ向かって「石見銀」が流通していきました。この港へ向かう街道(温泉津沖泊道)が現在に至るまで当時の雰囲気を多く残していたことも、石見銀山が産業遺跡であることの証明となりました。

「石見銀」を送り出した港町の一つが、温泉津(ゆのつ)。ここも世界遺産「石見銀山」を構成する資産の一つに数えられています。
赤い石州瓦の建物が並ぶコンパクトな温泉地、温泉津温泉(2020年3月撮影)

温泉津は、発見から既に1300年もの歴史を持つ温泉地。狸が傷口を治すために入浴していたことで見つかったという逸話もあります。
温泉津温泉の街並みから。メインストリートから少し横道にはずれると情緒たっぷり(2020年3月撮影)

温泉津温泉には、小さめの旅館が10軒ほど集まって温泉街を形成しています。

こぢんまりとした雰囲気がさらに旅情を誘い、石見銀山を散策した後の疲れを癒すのにもぴったりの場所ですね。
温泉津温泉の外湯の⼀つ、元湯(2020年3月撮影)

温泉津温泉には、旅館以外に元湯と薬師湯の2カ所の外湯があります。

どちらも源泉に一切手を加えないかけ流しの温泉です。
温泉津温泉の外湯の一つ、薬師湯(2020年3月撮影)

薬効も高いと言われており、のんびりと浸かって疲れを落とせますね。
大正モダンな薬師湯の旧館。レトロなカフェ「震湯カフェ」として利用できます(2020年3月撮影)

また薬師湯の旧館は大正時代の建築で、現在はレトロな雰囲気を体感できるカフェとして営業中。温泉にのんびり浸かった後、おいしいスイーツに舌鼓を打つこともできますよ。

山陰地方では初めて世界遺産に登録された石見銀山をご紹介してきましたが、いかがだったでしょうか。世界が後世に残すべきと評価された産業遺跡と古い町並みを歩いて、先人たちが遺してくれたものの凄さを実際に見に行ってみて下さい。
(文:村田 博之(名所・旧跡ガイド))

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