W杯カタール大会の開幕セレモニーに登場したマスコット「ライーブ」(写真/アフロ) 強豪国ドイツに続いてスペインも破り、日本中が沸きに沸いているサッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会。決勝トーナメントを目前に控え、その盛り上がりに一役買っているのが、開幕セレモニーで姿を現したマスコット「ライーブ(La’eeb)」だ。カタールの民族衣装のようなデザインでつぶらな目の巨大なキャラクターが宙を舞う――そんな姿がSNSをかけめぐった。日本ではあまり話題にならないが、現地では関連グッズが大人気。「1966年に公式マスコットができて以来、一番の出来じゃないですか」。そう、ライーブをベタ褒めにするのは東京藝術大学大学院を修了し、「文化としてのフットボール」を追いかけるジャーナリスト、宇都宮徹壱さんだ。現地、カタールで取材する宇都宮さんに聞いた。
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アラビア語で「超一流の選手」を意味する「ライーブ」。
「デザインが非常に戦略的、かつ、いやらしさを感じさせない新しさがある。見ていて、うまいなあ、と感じました」
ライーブは「これからのマスコットのあり方のさきがけになるかもしれません」と、宇都宮さんは語る。
■「持ち帰る」ではなく「身につける」
新しさの理由は2つある。
「1つ目は大胆な商品化です。ライーブは現地を訪れた観光客やサポーターが頭にかぶる、いわゆる『かぶりもの』の応援グッズとして商品化されています。実際、試合会場に行くと、ライーブを頭にかぶって観戦している人が結構いる。FIFAの大会マスコット商品がそこまで振り切ったのは画期的と言えます」
これまで大会マスコットのグッズといえば、ぬいぐるみに加えて、Tシャツやマグカップといった「プリントもの」が主流だった。
「マスコットって、大会が終わると急速に風化していく。なので、ぬいぐるみは思い出の品としてはいいけれど、しばらくすると、押し入れのほうに行ってしまう傾向が強い。Tシャツ、マグカップは1年も経つと『まだそれ使ってるの?』みたいな。であれば、むしろ大会期間限定ということで、ライーブをサッカーファンに身につけてもらい、とことん盛り上がって試合を楽しんでください、ということでしょう」
2つ目の新しさは、従来の大会では定番だった「着ぐるみが登場しない」ことだ。
「つまり、ライーブというのは『中の人』がいないというか、実態がないわけです。これまでの大会では、マスコットの着ぐるみが試合会場に現れて、ハーフタイムに踊ったり司会者とやり取りしたりする場面がありましたが、今回はそれがまったくありません」
さらに宇都宮さんは、こう続けた。
「開幕セレモニーのときに巨大なライーブがドーンと出てきましたが、多分、もう1回出てくるとしたら決勝戦の前でしょう。リアルなかたちで出てくるのはその2回だけだと思います。つまり、ライーブという存在はインターネット空間、スマホやモニター画面に登場することに特化している」
宇都宮さんは、今後FIFAはライーブを足がかりにマスコットを拡張現実(AR)化すると予測する。
「例えば、AR機能のあるサングラスをかけるとそこにマスコットがプカプカと浮いて見える。あと、ARの中に存在するマスコットにファンが会いにいくとか。ライーブはそんなAR戦略のさきがけではないか、というのが私の読みです。多分、4年後にはさらに進化するでしょう」
■ひと目で中東の大会とわかる
さらに、ライーブはデザイン的にも秀逸かつ、画期的だという。
W杯にマスコットが初めて登場したのは1966年のイングランド大会だった。
「『ウィリー』というライオンのマスコットでした。当初は各国の組織委員会がばらばらにつくっていたので、モチーフは子どもや無機質なものがありましたが、基本的にはアクティブな動物を素材にしたものが多かった」
デザインに統一感がもたらされたのは、ヒョウをモデルにした2010年南アフリカ大会の「ザクミ」からだ。
「動物に白いTシャツをあしらったマスコットに統一していくのかなと思っていたら、ライーブでガラッと変わった。お気づきの読者もいると思いますが、開幕セレモニーのとき、過去の大会マスコットが勢ぞろいしました。つまり、FIFAは過去のマスコットをリスペクトしつつ、新たな時代に向かおうとする宣言だと、私はとらえました」
ライーブはひと目でカタール人の民族衣装をモチーフにしたことを感じるデザインである。つまり、中東で行われる大会だということがすぐに理解できる。
「そういう意味でもよくできたデザインです。最近発表になった2024年のパリ五輪・パラリンピックのマスコット『フリージュ』はフランス革命のとき、自由の象徴になった『フリジア』という帽子をデザインのもとにしています。つまり、大会マスコットは動物ではない方向で、その国の歴史や文化を象徴するようなトレンドに移行しつつあると感じます」
■なぜ「足がない」のか
ちなみに、東京五輪・パラリンピックのマスコット「ミライトワ」と「ソメイティ」は、ある意味、とても“日本的”だという。
「あの大会エンブレムもそうですが、要するに一番無難なものを選んだ。日本らしい忖度の末に誕生したという気がしてなりません。なので、インパクトに欠けるものになってしまった」
デザイン的に振り切ったという点では、ライーブはサッカー大会のマスコットにもかかわらず、ボールを蹴る「足」がない。
ところが、宇都宮さんは、こう指摘する。
「過去の大会マスコットを振り返ると、実はボールを蹴っているマスコットは少ない。というのは、デザイン的には“足は関係ない”という話なんです」
デザイナーからすると、ボールは足ではなく、顔の近くにあったほうがいいという。
「人間は無意識のうちに顔に注目します。なので、たいていのマスコットはボールを顔の近くで持っている。そう考えると、別にライーブに足がなくても別に全然問題ないわけです。かぶりもののとしてグッズを展開するにも足がないほうがデザインの自由度が増すわけで、デザイン的に完全に割り切っている」
FIFAのグッズ戦略とは直接の関係はないだろうが、現地では国旗など、自分たちのナショナルカラーのかぶりものを身につけた各国のサポーターをよく目にするという。
「例えば、アメリカのサポーターは自分で作ったのかどうかわかりませんが、星条旗のかぶりものを頭につけている。それが今大会の一つの流行になっています」
■ほしいけれど売っていない
ちなみに、ライーブのかぶりものはどこで入手できるのか?
「ファンゾーンと呼ばれるファンが集まるお祭り広場や各スタジアムに売っているところがあるのですが、とにかくライーブを見かけません。かぶりものがほしいけどどこにも売ってない、そんな話を結構聞きます。ですので、ライーブをかぶっているとすごくプレミアム感がある。もしかしたら、FIFAはそれを狙っているのかもしれません」
10年の南アフリカ大会や、14年のブラジル大会ではマスコットのぬいぐるみが大量に売れ残って廃棄され、問題になった。
「FIFAは環境問題に対して非常に気を使う組織です。グッズをたくさん作って、余らせたあげく捨てられる。今回、それを問題視した可能性は高いと思います」
カタールらしさとオリジナリティーに溢れたライーブ。その誕生の背景にはグッズ展開から環境問題まで幅広いFIFAのマーケティング戦略があるのかもかもしれない。
「とにかく、さまざまな面から計算し尽くされたデザインだと、私は見ています」
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)