性被害から7年、書くことで生き直す力を得た 伊藤詩織さんが著書『裸で泳ぐ』で言語化した思い

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2022年12月04日 11:00  AERA dot.

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いとう・しおり/1989年生まれ。映像ジャーナリスト。初監督をしたドキュメンタリー“Lonely Deaths”で2018年、国際的メディアコンクールNew York Festivals銀賞を受賞。性暴力被害について書いた前作『Black Box』は世界各国で翻訳出版されている(photo 写真映像部・戸嶋日菜乃)
 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。


『裸で泳ぐ』は、伊藤詩織さんの著書。25歳のとき性被害を受けた著者が、この1年間に感じてきたことをつづったエッセイ。子どもの頃の思い出や、ペットのウーパールーパーのことも。書くことは自分に正直になっていく作業、セラピー的な面もあったと話す。伊藤さんに、同書にかける思いを聞いた。


【写真】伊藤詩織さんの著書『裸で泳ぐ』はこちら*  *  *


エッセイを書いた理由をこう話す。


「やっと自分の中で、言葉にならなかったものが少しずつ言語化できるようになってきました」


 伊藤詩織さん(33)。7年前、25歳のとき性被害を受けた。2年後、こんな思いを次の世代に引き継いでいってほしくないという思いから実名と顔を明かし、声を上げた。しかしそれによって、「被害者」「売名」「反日」など様々なラベル付けがされた。重い鎧を着せられ、誹謗中傷を受けてきた。どういった感情で日常を過ごしていけばいいかわからず、思いを言語化できないままだった。それを、昨年から日記のような形でつづったのが本書だ。


 心の中に潜んでいたモンスター、いつもよく見る怖い夢、飛び出してきた怒りについて……。その時々の思いを「めっちゃ、ぶつけた」。


 書くことは生き直す力を得ることでもあった。ゆっくり振り返りながら日常を描いていくことで、少しずつ気持ちに変化が起きたという。


 サバイビングからリビングへ──。ある日、わかった。「生きのびる」から、ただ「生きる」に自分が置かれた環境がはっきりと変わったと。


「それまでは、どこからパンチや石が飛んでくるのかわからず常に戦闘モードでいて、生きのびることに必死でした。それまでの日常にはもう戻れないと思っていたけど、それがある瞬間、『あ、生活している』って思えたんです」


 それは決して時間が解決したのではない。一人だと食事を忘れてしまうことも多かったが、一緒にご飯を食べてくれる友人や共感してくれる人がいたから、その中でそう思えるようになっていったのだという。



 最後の日記には「ただいま」という見出しがつき、「I am home.」──「ただいま」という言葉で終わる。


 伊藤さんにとってこの7年は、自分の中のホームを見失っていた期間でもあった。それが、被害に遭ってからずっと支えてくれたロンドンの知り合いの家をコロナ禍もあり3年ぶりに訪ねた。すると、「ただいま」と大きな声で言える場所があることに気がついた。


「満たされた感じ。こういう気持ちになれたからこそ、始まることはたくさんあると思います」


 ドキッとさせられるタイトルは、昨年一番心に残る出来事から取った。


 友人の結婚式で鹿児島県の屋久島に行き、夜、裸になって海で泳いだ。星だけが輝く空と海の間に境界はなく、そこでは自分はただの生物の一つ。自分についていたあらゆるラベルが水の中に溶けてゆき、生きていると実感した。


「私の中ではこれが本当に何も隠さないままの姿。鎧を着ないで、素手で戦う。自分を偽ることなく、そのままでいられるということです」


 おかえり──。今この言葉を、彼女にかけたい。(編集部・野村昌二)

※AERA 2022年12月5日号


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