限定公開( 1 )
映画「マッドゴッド」が12月2日より公開されている。ポスターから「他の映画とは何もかもが違う」雰囲気をお察しできると思うが、本編は予想をはるかに超えてヤバかった。タイトルさながらの「狂っている」が褒め言葉になる、とんでもない内容。その理由を紹介していこう。
●汁を盛大に垂れ流したり流れ作業的に殺される地獄
本作は「ストップモーションアニメ」だ。それは人形や小物を作り、それを少しだけ動かして撮影し、また少しだけ動かして撮影し……という恐ろしく手間のかかる手法により創造されるもの。同様の手法で作られた名作として「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」「KUBO/クボ 二本の弦の秘密」などが存在する。
他にも、ストップモーションアニメとして「PUI PUI モルカー」「ウォレスとグルミット」「ニャッキ!」など、子どもに向けられている作品も多い。だが、この「マッドゴッド」はかなり大人向け、しかも明確に見る人を選ぶ作品と言っていいだろう。
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なぜなら、シンプルにめちゃくちゃグロい。公式サイトのあらすじには「人類最後の男に派遣され、地下深くの荒廃した暗黒世界に降りて行った孤高のアサシンは、無残な化け物たちの巣窟と化したこの世の終わりを目撃する」とあり、確かにその通りのひたすらに「地獄巡り」をしていくような内容なのである。
その無惨な化け物は何かしらの「汁」を盛大に垂れ流したり、なぜか流れ作業的に殺されたりして、この地獄に謎の「工場」というか「システム」があるようにも見えてくる。
しかも日本のホラー映画「リング」に影響を受けたという「実写パート」もあり、臓物を積極的に飛び散らすことに重きを置いたような手術シーンが展開したりもする。本作はPG12指定がされているが、それでも「本当にこのレーティング止まりでいいの?」と問いたくなった。
●全編セリフなしの汚い「2001年の宇宙の旅」
もうひとつ重要なことは、前述した公式のあらすじ以外の物語は、さっぱり意味不明ということだ。何しろ全編セリフなしで(冒頭の旧約聖書のレビ記の引用以外は)テロップもなく、説明が一切廃されている。
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つまりは、次から次へと繰り出されるグッチョンエンガチョドロドロデロデロをひたすらに眺めていく、という見る者の胆力が試される場でもあるのだ。だが、とにかくバリエーション豊かな奇天烈な画が続き、断片的なイメージからこの地獄が生まれた背景を想像させる余地もあるので退屈はしないし、一周回ってこの気持ち悪い世界が気持ち良くなっていくような感覚さえあった(危ない)。
グロ描写を除いて近い作風と言えるのは、SF映画の金字塔「2001年宇宙の旅」(特に後半部分)だろう。こちらも説明がほとんどない、難解な映画の代名詞的な存在でもあり、「マッドゴッド」の劇中にはその明確なオマージュが込められていたりもするのだ。そちらよりもさらにぶっ飛んだとある展開も含め、「汚い2001年の宇宙の旅」的な面白さに満ちている。他にも、「ふしぎの国のアリス」を強く連想させる場面もあった。
見ているうちに理屈とかはどうでもよくなり、ひたすらにこの狂気に満ち満ちた地獄に身を任せるべく、ブルース・リーのごとく「考えるな! 感じろ!」になってくる貴重な体験ができることは間違いない。
ともあれ、これほどのグロさ+わけのわからなさこそ、「マッドゴッド」が見る人を選ぶ理由というわけだ。試写会アンケートで8割以上が「人を選んで勧めたい」と答えたのも当然である。この感じがイケると思った方には、ぜひ劇場で見て「グロい」「ヤバい」「頭おかしい」と3拍子そろった衝撃を味わってほしい。
●CGに移行することになった時の監督の絶望
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そんなわけで「作った人は狂っているし見ているこっちも頭がおかしくなる(超褒めてる)」と思い続けてしまう「マッドゴッド」であるが、本作をより深く理解するためには、監督であるフィル・ティペットがストップモーションアニメーターおよび特殊効果スタッフの巨匠である、という背景も重要だ。
例えば「スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲」の兵器「AT-AT」のシーンを作り出し、続く「ジェダイの帰還」ではアカデミー賞の特殊視覚効果賞を受賞した。スティーヴン・スピルバーグ監督からは「人生にはフィル・ティペットが必要だ」と言わしめ、「パシフィック・リム」などのギレルモ・デル・トロ監督からは「彼は巨匠であり、師であり、神だ」と称賛されている。
だが、1993年の「ジュラシック・パーク」から、業界全体が本格的にCGにシフトすることになる。同作ではもともとはティペットによるアナログな特殊効果を用いる予定だったが、恐竜をCGで制作することを知ったティペットは「まるで絶滅するようだ」と言い、スピルバーグから「いいセリフだ。映画で使うよ」と返されてしまったらしい。その後ティペットは「築き上げたものがゴミ箱行きだ」などと自分の存在意義がなくなったことに絶望し、肺炎に2週間かかっていたという。
だが、ティペットはスピルバーグから「君の知識は必要だ」と頼まれ、「ジュラシック・パーク」でストップモーションアニメのような動きを1コマずつコンピュータへ入力する装置を開発し、CGアニメーターへ恐竜の動きの指示を出す形で活躍した。
こうしてティペットは再びアカデミー賞の特殊視覚効果賞を受賞。この経緯はディズニープラスで配信されているドキュメンタリー「ライト&マジック」の第6話で見られる。ティペットのとてつもない絶望と、そこからストップモーションの意義を再発見する過程が丹念に描かれているので、こちらを併せて見てみるのも一興だろう。
●お蔵入りの危機を経て、30年の製作期間を経て完成
そんなティペットがこの「マッドゴッド」に費やした年月は、なんと30年である。確認のために言うが、30カ月でも3年でもなく30年である。
ティペットは1990年の「ロボコップ2」撮影後に本作のアイデアをひらめき、最初の数シーンを撮影したものの、「ジュラシック・パーク」のためにいったん中断。90年代後半には最初の3分間は製作できたものの、小規模のクルーにも3カ月分の給料しか払えないほどの資金不足のためにやはり中断したようだ。それでもティペットの頭から本作のことは離れず、20年間に渡って映画業界で働いている間に、キャラクターデザインや絵コンテを作成していたらしい。
そして20年後、ティペットのスタジオの若きクリエイターたちが奇跡的に当時の人形やセットを発見し、彼らの熱望により企画が再始動。さらにクラウドファンディングで世界中のファンからの応援も集まった。その後、世界がコロナ禍に突入しても地道に作業は続けられ、2021年にようやく完成した作品をシッチェス映画祭で上映し、喝采を浴びたのである。
つまり「マッドゴッド」は「お蔵入り」の可能性もあったのだ。そして、出来上がった作品には、30年ぶんの執念と狂気が確かに詰まっていた。ティペットはもともと「天国よりも地獄のほうに惹かれる」からこそ本作の世界観を構築したそうなのだが、その劇中の地獄には、彼の仕事が一時的にでもCGに取って代わられてしまった、あの時の絶望も反映されているのかもしれない。
●まさかの「JUNK HEAD」との共通点
くしくも、この「マッドゴッド」と、2021年に劇場公開され話題となった「JUNK HEAD」には、グロ描写ありのストップモーションアニメというだけでなく、「退廃的な地下世界を冒険する」というあらすじが一致している。
とはいえ、「JUNK HEAD」は万人向けのエンタメ性があり、かわいらしいキャラクターも活躍していたのに対し、「マッドゴッド」はアート的で良い意味でもっと悪趣味かつ陰惨な内容だ。同じ手法かつ同じようなあらすじで、ここまで作品の印象が違うのかという驚きもあるだろう。
なお、「マッドゴッド」のティペット監督と、「JUNK HEAD」の堀貴秀監督による対談が実現した動画が公開されているので、そちらもぜひ見てみてほしい。
●お子さんでも見られるおすすめストップモーション(風)アニメ
そんなわけで、いろんな意味で超刺激的かつ上級者向けな「マッドゴッド」ではあるが、良い意味での中和ができるかもしれない、これから配信or公開予定のストップモーションアニメ作品および、配信中の日本のストップモーションアニメ「風」のCGアニメ作品も紹介しておこう。いずれも小さなお子さんでも楽しめる内容である。
●「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」
まずはご存知、「ピノキオ」を、ギレルモ・デル・トロと「ファンタスティック Mr.Fox」のマーク・グスタフソンが共同で監督を務め再構築した「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」。隅々までデルトロ印の「異形のものへの愛情」「ダークで美しい画」へのこだわりに満ちている。とある物語の発端から「親子」であること、なおかつ「戦争」も物語に強く寄与していて、ディズニーアニメ版とは異なる視点も存分にある。
(「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」:12月9日よりNetflixで配信/一部劇場で公開中)
●「ひつじのショーン スペシャル クリスマスがやってきた!」
「ひつじのショーン スペシャル クリスマスがやってきた!」は、「ウォレスとグルミット」シリーズのスピンオフ「ひつじのショーン」のスペシャル上映版。テレビシリーズ2からクリスマス・セレクション3編と、最新作となる「ひつじのショーン 〜クリスマスの冒険〜 劇場公開版」を合わせた公開となる。多種多様なドタバタ劇が楽しく、クレイジー寄りのギャグに大笑いできて、「ホームアローン」的なギミックもあって、最後には感動させてくれる。見せ場満載ながら総上映時間が52分とコンパクトなため、長い映画だと飽きてしまうというお子さんにもおすすめ。
(「ひつじのショーン スペシャル クリスマスがやってきた!」:12月16日より2週間限定で劇場公開)
●「ONI ~ 神々山のおなり」
短編「ダム・キーパー」がアカデミー賞にノミネートされた堤大介監督が、「あの花の名前を僕たちはまだ知らない」などの脚本で知られる岡田麿里とタッグを組んだ全4話の配信作品「ONI 〜 神々山のおなり」。作品規模の大きさからストップモーションアニメの企画を3DCGで制作する方向に切り替えた経緯があるが、あたたかみのある質感からは「ストップモーションアニメらしさ」を存分に感じる。最初は少女の成長の物語としてほほえましく見ていると、2話の最後で「えっ!?」とビックリする展開が起こる。
(「ONI 〜 神々山のおなり」:Netflixで配信中)
いずれも、CG全盛期になっても、ストップモーションアニメ(らしさ)の魅力を追求している作品なので、その多様性と奥深さを知ってみてほしい。そして、ティペット監督に、「大丈夫、ストップモーションアニメは、まだまだ作られるし、すごい作り手がいるよ!」と声をかけてあげたいのだ。
(ヒナタカ)
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