ゆるめるモ!、作詞家・松本一起さん“最後の楽曲”制作決定「一起さんの思いと私たちの思いを一緒に届けられたら」

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2022年12月06日 19:00  ORICON NEWS

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新曲「ニンニン」の制作発表会に登場したゆるめるモ!(左から)へそ、なに、まつり、ねるん、めあり (C)ORICON NewS inc.
 5人組ニューウェーブガールズグループ・ゆるめるモ!が11月初旬、都内で新曲の制作発表を行った。「ニンニン」と名付けられた同曲は、11月4日に心不全のため亡くなった作詞家・松本一起さんが、死の直前に書き上げた詞をもとに制作された楽曲だという。そこでORICON NEWSは、楽曲が完成した当日に、メンバーを含む関係者たちにインタビューを実施。

【写真】松本一起さんの思いと一緒に…新曲「ニンニン」への決意を語ったゆるめるモ!

 ゆるめるモ!のメンバー5人(なに/ねるん/へそ/まつり/めあり)と、プロデューサーの田家大知氏、作曲家のRYU智秀氏、松本さんのマネージャーを務めていた菅野恵子氏、映像監督の柴田愛之助氏、そして俳優・佃井皆美の言葉から、同楽曲の制作経緯などを聞いていく。

■「夏の日の1993」「不思議Angel」「It's BAD」…ゆるめるモ!世代にも影響を与える詩の力

――はじめに、松本一起さんの楽曲の中で印象に残っている曲や、思い入れのある曲を教えていただけますか?

【なに】私は「夏の日の1993」を聴いていました。ハッキリと覚えていないくらい小さなときだったんですが、車で家族がずっと流していて。「夏の日の1993」を聴きながらみんなで海に行ったことなどが記憶に残っていますし、今でも歌えます。だから、このお話をいただいたときにビックリしました。

【佃井】私も「夏の日の1993」です。初めて聴いたのがいつのことだったのか覚えていないんですけど、大人になってから聴いたときにパッと“この曲知ってる!”って思うくらい、メロディーがもう体に染みついていました。あと、田中裕子さんの「チャイナ・ドール」も好きですね。私はもともと俳優として田中さんが大好きなんですが、松本さんとご一緒することが決まった後、いろいろな楽曲を聴かせていただいてこの曲と出会いまして…。聴いた瞬間に、“この曲好きだ”って思いました。

――ゆるめるモ!のみなさんは、世代的に松本さんの楽曲を聴いてきたという経験が少ないんじゃないかと思うのですが、なにさん以外のみなさんは今回の話を受けて触れたんでしょうか?

【ねるん】はい。お話をいただいた後、聴いてみたら“知ってる!”って思いました。日本人ならみんな知ってるんじゃないかなって。

【へそ】今回のお話を通じて初めて聴かせていただいたんですけど、その中で田原俊彦さんの「It's BAD」に出会ったんですね。そこからTravis Japanさんとか、いろいろな方がカバーしているものも聴いて、すっかりハマってしまいました(笑)。

【まつり】私はTVアニメ『ミスター味っ子』の再放送を観たことがあって、“あの曲を担当された方なんだ”って驚きました。

【めあり】私も今回のお話あっていろんな曲を聴かせていただいたんですが、気になったのが『エスパー魔美』の「不思議Angel」でした。アニメはもともと少し観たことがあったんですけど、小さい頃だったので曲までは覚えていなくて、松本先生の曲だと知ってビックリしました。

■松本さんの願望を形にするべく集まった制作陣 当初のイメージは「女性版のピコ太郎」

――では、新曲「ニンニン」が制作される経緯を教えていただけますか?

【佃井】もともと私が知人から菅野さんをご紹介いただいて、その後一起さんとお会いして進み始めたお話だったんです。

【菅野】一起さんは「歌詞が次々に浮かんできてしまう」と常々言っていて、作品として世に出せずにいることを嘆いていらっしゃったんです。「誰か歌ってくれる人はいないか」と。

【佃井】それで「佃井さん、歌って興味ありませんか?」と、お話をいただいたんです。

――忍者がテーマになった理由は?

【佃井】お会いする前に、一起さんが私のアクションPVを観てくださったそうなんです。「アクションがすごいですね」と言ってくださって、そこから忍者のイメージやアクションダンスが浮かんだみたいですね。

【菅野】あと、「女性版のピコ太郎を作ってみたい」ともおっしゃっていました。

【RYU】僕には「和の感じを全面に出したい」というリクエストもありましたね。音楽的にピコ太郎=ヒップホップというイメージが強かったので、最初はヒップホップ風のビートに和モノの楽器をいろいろと組み込んで作っていったんです。でも、「もっと和の感じを」と言われてしまって…。

【田家】松本先生が言っていた“女性版ピコ太郎”というのは、要するに海外でもバズるような音楽だったんですよね。曲調だけじゃなく、ダンスや映像も含めた総合的なコンテンツと言いますか。その点で、日本らしく「和を全面に出したい」とおっしゃっていたんです。

【RYU】そうだったんですか!?それは今初めて知りました(笑)。

――リクエストの真意を知らない状態にもかかわらず、松本さんを納得させる曲に仕上げたことも十分すごいですが…(笑)。

【RYU】確かにそうですね(笑)。何度も松本先生とやりとりを繰り返しながら、試行錯誤していきました。

■2年間におよぶ制作期間 その中で、ゆるめるモ!の活動スタイルも大きく変化

――制作は2年前からスタートしていたそうですが、作業を進める上でコロナ禍の影響も大きかったのでは?

【佃井】はい。なかなか直接お会いすることができなかったですし、レコーディングなども進められなくて。制作を始めたときには、すでにコロナが始まってしまっていたんですが、2年間で舞台業界でも音楽業界でもいろいろなことが起きて、一起さんの中でも「“コロナに負けるな”というメッセージを届けたい」という思いが強まっていったんだと思います。

――ゆるめるモ!のみなさんは、コロナ禍の影響をどのように感じていましたか?

【なに】私が研修生から昇格することになった頃からコロナが流行りはじめてしまったんです。当時はライブに行きたくても行けないっていうファンの方も多くて…。だから、せっかくゆるめるモ!のメンバーになれたのにって気持ちでした。

【へそ】私もゆるめるモ!に昇格して、お披露目のライブはマスクありで何とかできたんですけど、それ以降はまったくできなくなってしまったんですね。ずっとYouTubeライブやツイキャスを中心に活動していて。自分自身もコロナにかかってしまいましたし、思うように活動できないなって感じ続けた2年でした。あと、ファンの方たちとの距離が離れてしまって寂しいなという感覚も強かったです。

【ねるん】私も2回コロナにかかってしまいましたし、決まっていたイタリアでのライブも2回延期になって、まだ振替公演をやれていないんです。近くの証明写真機に駆け込んで、急いでパスポートを取ったのに…(笑)

【まつり】誰がかかってもおかしくない状況になっていましたし、グループの活動も滞ってしまっていたので、みんな『ここで自分がかかったらゆるめるモ!が終わっちゃう』っていう気持ちでした。それが長く続いていたので、結構負担でした。

【めあり】私が初めてゆるめるモ!としてライブをしたときには、もうコール&レスポンスがNGになっていて、今まで客席から歓声を聞くことができていなかったんです。最近はちょっとずつ前みたいにライブができるようになってきているので、早く私たちもお客さんも自由に盛り上がることができるようになるといいなって思っています。

――自粛中は制作作業も通常通りには進められなかったわけですよね?

【ねるん】はい。田家さんが家で曲を作ってくれていて、私たちも家で歌を録って送っていました。リビングとかだと響いてしまうから、タンスの中で洋服に挟まりながら歌ったりしていましたね(笑)

【田家】通常のリビングとかだと反響してしまうんです。その点、タンスやクローゼットは大きさも反響の少なさも一番レコーディングブースに近い環境で(笑)。そんな風に、メンバーにデータを送ってもらって作っていました。

■コロナ禍での制作難航を経て、奇跡的なめぐり合いで加わったゆるめるモ!というファクター

――どのような経緯で、ゆるめるモ!とのコラボレーションにつながっていったのでしょうか?

【田家】もともと、ゆるめるモ!で別の楽曲制作を進めていく中で、柴田さんにいろいろと相談をしていたんですね。柴田さんには「ネバギバ酔拳」のMVも撮っていただいて以降、普段からいろんな話をするようになっていたんですよ。で、「ニンニン」の制作にも携わっていた柴田さんからあるとき、「松本一起さんとの楽曲制作がコロナで難航しているんです」と聞いて。で、「何か一緒にできたら面白いですね」と提案したところ、そこから、奇跡的なタイミングでいろいろなものがつながっていったんです。

【柴田】僕は映像監督というよりも、ただの忍者映画オタクとして携わっていた感もあるんですが(笑)、そんな僕の話にゆるめるモ!さんも乗ってくれて。その後僕と田家さんで松本先生に会いに行ったんですけど、そのときに松本先生が「ニンニンっていう言葉はすごくいい言葉なんだよ」としみじみおっしゃったことを覚えています。「ニンニンは人と人、“人人”でもあるんだ」と。そこで田家さんがゆるめるモ!でやってきたことと、松本先生のコンセプトが合致したんです。

【田家】あの瞬間は鳥肌が立ちましたね。ゆるめるモ!はずっと“窮屈な世の中を緩める”というコンセプトで、生きづらさを感じている人たちに寄り添うアイドルグループとして活動してきましたから、おこがましいですけど、同じことを考えているんだなと感じたんですよ。お会いしたのは亡くなる3週間前の10月10日だったので、きっと体調も悪かったと思うんですね。でも、話しているうちにどんどん言葉に熱がこもっていって、「言葉で命が救えるんだ」と強くおっしゃっていたんです。

【柴田】あと覚えているのが、「ニンニンという言葉を広辞苑に載せたい」ともおっしゃっていて、僕はその言葉を聞いたときに“こんなにカッコいい大人っているんだ”と思ったんです。

【田家】それに「どうしてもこの曲だけは世に出してください」とも。これは少し怒りもこめられたような言葉でした。というのも、先ほど菅野さんがおっしゃっていたように、松本先生は次々に浮かんでくる詞が作品として残らないことをすごく気にしていらっしゃって、「傷つくんですよ…」とこぼしていたんです。

【柴田】はい。だから、みなさんの力をお借りして、何とかこの曲を形にしたいと思いましたし、その言葉を聞いていたからこそ、多くの方に知っていただきたいんです。

■1コーラスからフルコーラスへ方針変更 死の直前に書き上げられた松本さん渾身のメッセージ

――2年という制作期間、そしてゆるめるモ!の参加というファクターも得て、「ニンニン」のテーマや曲調は変化していったのでしょうか?

【柴田】佃井さんがおっしゃったように、「ニンニン」はもともと“コロナに負けるな”というコンセプトを持った曲だったんですが、松本先生がさまざまなニュース…もっと具体的に言えば、コロナ禍で自殺を選んでしまう人が増えている状況などを見て、コンセプト自体が徐々に変わっていったんです。それに伴って、曲も大きく変化しました。当初は1コーラス分だけ作る予定だったんですけど、松本先生が「やっぱりフルコーラスにしようよ、詞を書くから」とおっしゃったんです。

【田家】最初は曲先行で作っていこうということで、一度持ち帰られたんですね。でも、10月23日に菅野さんから「書き上げられました」とご連絡をいただいたんです。

【柴田】完全に違う詞になっていました。

――取材当日のきょう昼頃まで、RYUさんは作業を続けていたそうですね。

【RYU】松本先生の詞がガラッと変わったこともあって、メロディーからまったく別のものに作り変えていったんです。

【佃井】さっき聴かせていただいて、全然知らないメロディーになっていてビックリしました!でも、すごく印象的ですし、ゆるめるモ!さんらしい可愛らしさもありつつ、今っぽいカッコよさもあって。

【田家】RYUさんがゆるめるモ!の曲もたくさん聴いてくださって、ゆるめるモ!に寄せていってくれたんですよ。

【RYU】松本先生からいただいた“和”や“海外でもバズらせたい”というリクエストを受けつつ、ゆるめるモ!さんの個性も活かそうとした結果、EDM風のトラックに和楽器やかけ声を入れ込む形になりました。

――当初は違う曲調だったのですか?

【RYU】もっと和を押し出した曲でしたね。ただ、フルコーラス分の尺となると、和風のテイストだけでは間延びしてしまうように感じたんです。あと、バズらせるのであれば、若い世代に響く音楽の要素も入れ込みたいなと思って、EDMやトラップビートを採り入れるアプローチに切り替えたんですよ。松本先生からもOKをいただけて、良かった〜って安心しました(笑)。

【菅野】即OKでしたよ。

■遂に完成した楽曲「ニンニン」 メンバー5人の思いは「世界中の人に聴いてもらいたい」

――「ニンニン」はもともと映像を含めた作品像のもとで制作されていったということでしたが、ゆるめるモ!のみなさんは完成した曲を聴いて、どんなふうに届けていきたいと感じましたか?

【なに】今は人と人が離れがちな時代だなと感じているんですけど、この曲を聴いてまたつながって、仲良くなれればいいなって思いました。ハッ!っていうかけ声があるので、MVではハチマキを巻いた人とかが何人も出てくれたらいいなって勝手に思っています(笑)。あと、最近は振り袖ギャルとかも流行っているので、そういう衣装も合いそうだなって。

【ねるん】私は「ニンニンニン」って歌うところが「ケン・ケン・パ」のリズムに聴こえたので、そういう振り付けがいいです。裸足でやりたい。それに、水平に張った縄を渡る芸があるじゃないですか。あれもやってみたいです(笑)。手始めに、幼稚園とか小学校で使われるお遊戯の曲…例えば「ソーラン節」とかの代わりになるように、この曲を広めていきたいです。

――そのためには筋トレも必要ですね。アクションと言えば、佃井さんの出番でしょうか?

【佃井】任せてください!(笑)

――へそさん、まつりさん、めありさんはいかがですか?

【へそ】松本一起先生をはじめ、いろんな方の思いが詰まっている曲だなと思ったんです。これからライブとかで歌うときにも、そういった思いを自分の中にしっかり入れて、本気で届けていきたいですね。MVでも松本先生の“忍者”っていうイメージを活かせたらと思うので、シンプルですけど、私たちが忍者の格好をして踊るっていうのが面白いのかなって思いました。

【めあり】水の上を忍者走りでバーっと走り抜けるやつとか、いろんな忍術を採り入れたりしても面白そうですよね。世界中の人に聴いてもらいたいので、そういう映像にすれば海外の人にも興味を持ってもらえる気がします。もちろん、日本のファンの方や身近な人たちにもぜひ聴いてもらいたいから、みんなでいろいろ相談して考えていきたいですね。

【まつり】私は、日本の伝統もありつつ新しい感じもある曲なので、バーチャル空間とかでやるのも合いそうだなって思いました。この曲の制作にゆるめるモ!は最後に参加させていただいたんですけど、歌詞を読んだときに“私たちの曲っぽい”って思うことができたんです。なので、そういう部分でも私たちらしい面を出せたらなって思いますね。そして何より、私たちも音楽でいろんな人を助けたいと思っているので、一起さんの思いと私たちの思いを一緒に届けられたらいいなと思っています。

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