野茂英雄の「珍記録」完投勝利、高校野球での執念の2スイング……。ベテラン実況アナが仕事中に見入った試合ベスト5

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2022年12月09日 11:11  webスポルティーバ

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実況アナウンサー 上野智広氏インタビュー

 スポーツ中継において状況や情報を伝えるだけでなく、解説者の言葉を引き出し、会場の雰囲気や熱気も感じ取りながら言葉を重ねていく実況。過去のスポーツの名シーンを、実況アナウンサーの言葉とともに思い出すことも多いだろう。

 1991年にラジオ局の文化放送に入社し、30年以上前から実況の世界に身を置く上野智広氏は、『文化放送ライオンズナイター』などプロ野球をはじめ、オリンピック競技などのスポーツの実況を担当。2014年にフリーアナウンサーとなって以降も、さまざまなチャンネルで野球を中心に実況やリポーターとして活躍している。

 そんな上野氏が、思わず仕事中に見入ってしまった試合があるという。上野氏は「もう記憶が曖昧なところもありますが......」と前置きしたうえで、「名・珍」試合のベスト5を選んだ。




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【5位】1997年5月7日 NPB 西武×ダイエー 21−0

 西武が福岡ドームで、毎回得点を記録した試合です。西武打線が重ねた安打は29。それだけ打ったのに、ヒーローインタビューが2安打完封勝利を飾った豊田清さんというのも面白かったですね(笑)。

 ダイエー側の1本目のヒットは、試合中盤の湯上谷隼屬気鵑離察璽侫謄ーバント。実況席も「これで1安打だったらどうする?」と微妙な雰囲気になっていたので、終盤に2安打目が出た時は、なぜか私も安心しました(笑)。

 勝負は早めに決しましたから、実況する側としては西武の「まだヒットを打っていない選手」が気になってくるんですよ。代打も含めてその日に出場した野手のなかでヒットがなかったのは、河田雄祐さん(来季ヤクルトの一軍外野守備コーチ)、高木浩之(現ライオンズアカデミーコーチ)さんだったと記憶しています。

 ちなみに、変な記録が出た試合でいうと、当時のパ・リーグ史上最長試合(5時間19分)になった1999年9月3日の近鉄vs西武、それを5時間32分に更新した翌年8月29日の西武vsロッテでも実況をしていました。どちらも12回制になってからの試合だったんですけどね。私が実況する試合は長くなる傾向があると自覚していましたが、アナウンサーによって「あいつの試合ではこうなる」といったジンクスもけっこう生まれるものなんです。

【4位】1994年7月1日 NPB 近鉄×西武 8−3

 これも珍記録系なんですが、野茂英雄さんが16四球を出しながら191球を投げて完投勝利を飾った試合です。毎回ランナーを背負って、「いつ打ち崩されるか」と思っていたらいつの間にか最終回まで投げきってしまった。15残塁の結果に、当時の西武の主砲だった清原和博さんも「あれだけ荒れていたら狙い球が絞れない」と困惑していたようですね(笑)。




 私はこの日、近鉄側のベンチレポーターだったのですが、「近鉄の守備の時間が長いなぁ」と我慢して試合を見るような感じでした。回を追うごとに、「これは現実なんだろうか」と目の前の光景が信じられなくなっていくんです。なにせ105球がボールで、ストライクの86球より多かったですから(笑)。

 ただ、ボールのキレやフォークの落差はすごかった。ランナーを出してからはギアが一段上がった感じもありましたし、いくら強力な西武打線とはいえ大量得点は難しい。それでも、さすがに交代していいくらい荒れに荒れていましたが、ブルペンで他の投手が準備する様子もありませんでしたね。当時は「点をとられなければ先発投手は交代させない」という時代。しかも監督は、現役時代に340完投した鈴木啓示さんでしたから。

 野茂さんは鈴木監督と"いろいろ"あって、翌1995年にロサンゼルス・ドジャースと契約し、日本人2人目のMLB選手になります。同じ年にボビー・バレンタインさんが1度目のロッテの監督になったんですが、ある試合前の囲み取材の時に野茂さんの話題が出て。バレンタインさんは、「野茂はいい投手だけど、日本人で1番の投手だったわけではないでしょ?」と逆に聞いてきたんです。そこで「球速は速いけどコントロールが......」という話になって、私がこの16四球完投勝利の話をしたら、「本当か? 勝ったの?」と驚いていましたね(笑)。

 独特のフォーム、規格外の投球、歩んだ野球人生......野茂さんのスケールの大きさを感じさせる試合でした。

【3位】2008年8月20日 北京五輪 女子ソフトボール3位決定戦

日本vsオーストラリア 4−3

 決勝トーナメント初戦でアメリカに1−4で敗れ、ここで勝てば決勝でもう一度アメリカと対戦、負けたら銅メダルが決定という試合。私は会場ではなく北京のスタジオでの実況でしたが、そこまで現地の緊張感が伝わってくるようでした。

 みなさんの記憶にも強く残っていると思いますが、上野由岐子投手がとにかくすごかった。同日のアメリカ戦で延長タイブレークの9回147球、この試合も12回をひとりで投げきって171球。合計318球を投げましたからね。

 基本7回までのソフトボールで、1日で投げる球数としてはかなり多い。その時の代表選手には、予選で3勝0敗と好投した坂井寛子投手などもいましたが、決勝トーナメントに進出した時点で「決勝まで上野でいく」という雰囲気がチームに漂っていました。

 野球ではよく「エースを投げさせずに負けたら悔いが残る」とも言いますが、首脳陣には「上野が投げたほうがいい流れがくる。ゲームが壊れてもしょうがない」という強い意志があったんじゃないかと。しかも、2戦ともかなり競った試合になったので、途中で交代させることも難しくなりましたね。

 私もオーストラリア戦は球数を数えながら実況しましたが、試合が進むにつれてどんどん熱が入ってしまって。延長11回に1点を取り合い、3−3で迎えた延長12回、西山麗選手がサヨナラヒットを打った時は思わずガッツポーズしてしまいました(笑)。

 決勝は実況に入ってはいませんでしたが、「やはり上野投手でいくか」と。7回95球、前日の疲れを感じさせない、金メダルを引き寄せた気迫はさすがでした。2日で413球。あらためて、とんでもないです。

 上野投手は昨夏の東京五輪でも活躍し、日本の女子ソフトボールリーグ (JD.LEAGUE)のビックカメラで現役バリバリ。当時のアメリカの主要投手だったモニカ・アボット投手もトヨタレッドテリアーズでプレーしていますが、あれから14年後に2人が日本でプレーを続けていることは、まったく予想できませんでしたね(笑)。

【2位】2010年代 全国高校野球埼玉大会 浦和学院高校vsA校

 まず、この話はさまざまな意見をいただくことになるかもしれないので、対象となる高校の名前は伏せさせていただきます。

 そのA校は、県内では実力があるチームではあるものの、浦和学院は"東の横綱"とも称される全国屈指の名門校。浦和学院の有利が予想される一戦を実況したんですが、そこで思わぬ光景を目にしたんです。

 試合前のオーダー用紙の交換と先攻・後攻を決めるじゃんけんを見ていた時に、A校のメンバーのなかに、左腕に添え木をして布で釣っている選手がいて。私も「折れているんじゃないか?」と違和感を抱かざるを得ませんでした(笑)。

 高校野球の地方大会では、各野球部の関係者が放送席に来て解説をする形になることもあります。その試合もA校の関係者の方がいらっしゃったので試合前に事情を聞いたところ、本来は外野のレギュラーの選手だったのが、「直前の練習でスライディングキャッチをした際に、地面に手を引っかけて折ってしまった。でも、2回だけスイングできるように練習してきました」と言うんですよ。

 その選手は骨折を隠して「試合では外します」と説明したようで、試合はスタートしました。そして浦和学院のリードで進んだ終盤、ベンチに控えていたその選手が代打で登場。当然、もう腕は釣っていませんから、相手の浦和学院バッテリーからすれば「A校の代打の1番手が出てきて流れを変えにきた」と思ったでしょうね。

 注目の1球目はフルスイングの空振り。2球目もフルスイングしてファールになり追い込まれました。事前に聞いていた「2回だけのスイング」はその時点で終了。「これで終わりかな」と思っていたら、スイングの迫力にバッテリーが警戒したのか、そこからフォアボールを勝ち取ったんです。

 それによるベンチや観客席の盛り上がり方はすごかったです。明らかに空気が変わったんですよ。試合は結局、浦和学院が勝利するんですが、ワンサイドゲームの様相だったのがすごく競ったいい試合になりました。負傷していた選手がチームにもたらした"力"に鳥肌が立ちましたね。

 あまりに印象的だったので、約半年後、私は出演したラジオ番組でその時の話をしました。そうしたら、その放送が選手のご両親の耳にも入ったらしく、翌年に私がある試合を実況する時に放送室を訪ねてきてくれて「息子のことを話していただき、ありがとうございました」と伝えてくれたんです。

 本人も、その試合にかけていたようですね。嬉しかったのは、ケガを治して大学でも野球を続けていることがわかったことです。野球を嫌いにならず続けていたと知って、思わず目頭が熱くなりました。

 決して美談として語りたいつもりではなく、監督や、私も含めた周囲の人間が出場を止めるという判断が必要だったというご意見もあるでしょう。選手たちの試合にかける思い、生徒でもある選手の未来を見据えた判断の必要性をあらためて考える試合でもありましたが、そんな選手が生み出した力の大きさにただただ驚かされました。

【1位】2022年4月10日 NPB ロッテ対オリックス 6−0

 2022年の野球界の大ニュースになった、ロッテ・佐々木朗希投手が完全試合を達成した試合です。私はこの試合、実況ではなくベンチレポーターだったのですが、あまりに衝撃的な試合でした。

 当初、放送する側としては、佐々木投手とオリックスの宮城大弥投手の投げ合いをクローズアップしていました。同じ2001年生まれで、U−18日本代表ではチームメイトでもありましたからね。佐々木投手は、前年は登板間隔を長く空けるなどして11試合に先発し、3勝2敗。本拠地のZOZOマリンスタジアムで、今年の2勝目をかけたこの試合は、宮城投手を相手に「プロの投手として勝てるピッチャーになっていくのか」が試される試合でもありました。

 佐々木投手は1回2死から奪三振を続け、まず放送席としては連続奪三振記録「9」を抜くか?とザワザワします。結局は5回まで13連続奪三振と記録を大きく更新。「このまま全部三振でいくかも?」とワクワクしてしまうほど、この日のピッチングは圧倒的でしたね。

 6回の先頭打者で記録は止まって少し球場のザワつきも落ち着いた感じがありましたが、三振の記録に気を取られていた人たちが「アレ、そういえばひとりもランナー出してないよね?」と再び色めき立ちます。

 これは放送する側の"あるある"なんですが、大記録がかかった時に「前に達成されたのは......」といったことを調べて実況アナウンサーが話した次の瞬間、それが途中で止まってしまうというジンクスがあって。「いつ言う?」という探り合いというか、別の緊張感が張り詰めた感じになりました(笑)。

 幸いレポーターだった私は試合を楽しんでいたんですが......いよいよ8回までパーフェクトで終えた時に、「ヒーローインタビューで何を聞けばいいんだ?」という不安が頭をよぎりました。コロナ禍の前までは、リポーターは試合終了が近づくとベンチ横やカメラマン席などに待機していたんですが、今は感染予防でそれができない。グラウンドや選手たちの雰囲気などはインタビュー内容のヒントにもなりますからね。

 実際にロッテのベンチ横に降りられたのは9回表のギリギリ。「ここで完全試合が途切れたら聞くことを変えないと......」とドキドキしながら試合を見守っていましたが、ベンチの(ブランドン・)レアード選手や(レオネス・)マーティン選手が嬉々としてペットボトルを用意しているなか、最後は代打の杉本裕太郎選手を三振に打ち取り、1試合奪三振数日本記録タイ(19奪三振)も達成しての完全試合。記録がかかった9回に飄々と投げる姿も印象的でした。

 それで、いざヒーローインタビューとなったわけですが、あれだけの力投をした疲労は感じました。だから会場は盛り上がるけど答えやすいような質問にしようと。素直に「思っていることを話してもらおう」と意識しましたが、ファンの方のなかにはもっと長く、突っ込んで聞いてもらいたい方もいたかもしれませんね(笑)。

 翌日も大騒ぎで、ヒーローインタビューをした私もメディアに取材されるという珍しいことも起きましたよ(笑)。その思い出や、試合中の私たちのドキドキ感も含めて、やはりこの試合が1位になりますね。

【プロフィール】
上野智広(うえの・ともひろ)

1967年4月15日生まれ、千葉県出身。フリーアナウンサー。早稲田大学卒業後、1991年に文化放送に入社。同局『ライオンズナイター』、北京五輪の実況も務めた。2014年に文化放送を退社し、フリーアナウンサーに。現在は野球を中心にアメリカンフットボール、バスケットボールなど幅広い競技を担当している。

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