◆ 猛牛ストーリー【第50回:平野佳寿】
リーグ連覇を達成し、昨年果たせなかった日本一も成し遂げたオリックス。監督・コーチ、選手、スタッフらの思いを「猛牛ストーリー」として随時紹介していきます。
第50回は、日米通算250セーブまであと「29」と迫る守護神・平野佳寿投手(38)です。12月20日に母校である京都府立鳥羽高校で在校生約160人を前に講演。プレッシャーの克服方法や、ケガで練習ができない時の気持ちの持ち方など、発想を転換して柔軟に対応することの大切さを説きました。
◆ 高校時代に培った「一所懸命」の精神
日本一の高さを誇る木造建築・五重塔で知られる京都の東寺の近くに、平野の母校・鳥羽高校はある。
平野も2度甲子園に出場した強豪であり、高校野球の全国大会の第1回大会(全国中等学校優勝大会)で優勝した京都二中を受け継ぐ名門。応接室で迎えてくれる「大正4年 第1回優勝」と記された深紅の大優勝旗からは、歴史と伝統を紡いできたことがうかがえる。
野球の最高峰を極めた平野だが、高校ではエリートではなかった。
腰痛もあり、背番号は2ケタに甘んじた。身長は約180センチあったが体重は60キロもなく「ガリガリだった」という。そんな時、担任の田中英一先生(現・府立朱雀高校副校長)の言葉に出会う。
「お前たちは、途中で遊んでしまうから一生懸命にはできない。クラブ活動をする時はクラブ活動、勉強するときは勉強、遊ぶときは遊ぶ。一つのことを懸命にやればいいんだ」
「一生懸命」から「一所懸命」に。「カッコいい」(平野)と憧れたエースナンバーを付けることはできなかったが、一つのことに打ち込むことで、「一つだけ誇れることは、あきらめないこと」という強い心を身に着けた。
大人になっても、一つのことに集中するという平野。「ご飯を食べに行くときは野球のことは考えない。野球をする時だけ野球に集中する」と言い、座右の銘は田中先生から学んだ「一所懸命」だ。
◆ 「人と人のつながりは大切」
質疑応答でも、平野が後輩たちに繰り返し伝えたのが“柔軟な考え”と“発想の転換”だった。
ケガで練習ができない陸上部員が訴えた不安や焦りについては、「ケガをしても、少し休めてラッキーだと思うこと。全部が全部、一生懸命では体がもたない。休んでいる期間に力を蓄えていると思えばいい。休めてよかったと思うことがプラスになる。これだけ志が高いと、ケガは乗り越えられる。気張らずに、ゆっくりと」。
メンタルが弱く、本番で緊張してしまうと悩む相撲部員には「僕もメンタルは強くない。ブルペンの電話が鳴り『次、平野』と告げられるとメチャクチャ緊張する。でも、マウンドに登れば緊張は忘れている。二軍の試合で調整登板する時でも緊張するし、緊張しないようになった時は引退する時」と自身の知られざる胸の内を明かしながら、「緊張を抑えようとせず、一回行くところまで行ってしまえばいい。緊張する舞台に立っていることがすごいこと。緊張は今しかできない。抑えずに楽しんで」。
大きな壁を乗り越える方法を聞いた野球部員には「やり切ったら(努力は)実る、やれば夢は叶うともいうが、絶対ではない。でも夢がかなった人は、努力をした人。試練だと思って乗り越えるしかないが、壁ばかりを見て越えようとするのではなく、くぐってみたり近道をせず横から行ったりするなど、柔軟に考えるのが一番。一本鎗にならないように」。
ピンチのマウンドでの心理状態についても「0点に抑えることに集中するが、他のプラスの力が出ることを望んでいるのか、日々ゴミがあったら拾うとか、そこに頼っているのも事実。能力だけで抑えたいが、そういうことも(投球に)つながると意識してやっている」と吐露。
リリーフについては「(救援を失敗しても)『あまり動じていない』『ケロッとしている』と言われるが、そうではない。ピンチで行って打たれるとガクッとなり、引きずりまくっている。何回も失敗してきたが、失敗しても気持ちは切り替えられない。次の日に抑えたら前日のことが忘れられる。それでこの世界で生きてこられた」と、抑えの矜持を語った。
また、大きな決断をする際に大事にしていることを問われると、「僕の場合、運があり人との巡り合いもあった。中学3年の12月まで鳥羽高校のことは知らなかったし、大学でも(指導者との)出会いがあった。人と人のつながりは大切だと思う。出会いをもっと大切に考えてほしい」と、今につながる自身の経験を基に、後輩たちに呼び掛けた。
母校で在校生に話をするのは約10年ぶり。悩みの多い高校生の心に響く言葉の連続に、田中先生は「前回より様々な経験を重ねて、話に厚みを増している。性格が素直で柔軟。吸収する力を持っている。彼の活躍が私たちの刺激になっており、1年でも長く現役でいてほしい」と教え子の成長に目を細めていた。
39歳で迎える2023年シーズンは、リーグ3連覇と2年連続の日本一がかかる。
「強いオリックスをいま築きあげないと、この世界いつ落ちるか分からない。(連覇と日本一が)まぐれではなく、2度あることは3度あることを証明したい。250セーブは通過点。優勝するためには超さなくてはいけないハードル」と後輩たちに誓った。
取材・文=北野正樹(きたの・まさき)