東京大学の赤門 高学歴を目指すほどお金がかかるご時世。親の収入が低くて大学進学をあきらめる人も少なくない。だが、努力と工夫しだいで、夢をかなえられる。
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「東大に入るまで、蛍雪の功を体現するような学生が多くいるイメージを持っていましたが、全然そんなことはなくて、入学当初は戸惑いました」
そう語るのは、文学部4年の布施川天馬さん(25)だ。世帯年収が300万円台の家庭で育ち、苦学して東大合格を勝ち取った。だが、いざ入学してみると、お金で苦労してきたような学生はほとんど見かけなかった。
それもそのはず。東京大学が2020年度に実施した学生生活実態調査によると、保護者の世帯年収が850万円以上ある人が4割を占め、1150万円以上は2割にのぼる。布施川さんのように450万円未満の人は1割にも満たない。
勉強が得意だった布施川さんは、東京都内の私立中高一貫校に学費免除の特待生で入学した。当初は大学受験を意識することはなく、吹奏楽の部活動に打ち込んでいた。
東大進学への思いが芽生えたのは、高校2年生のときに進路指導で「東大を目指してみないか」と勧められて。母校からは過去に2人しか東大合格者は出ていなかったが、家計を助けるためには国公立大への進学しかないと考え、目標を固めた。
夏の東大模試では、数学が80点満点中3点しか取れず、焦りがあった。3年生の秋、これから追い込みというところで、ただでさえ裕福ではない家庭状況が一変する。父が勤めていた会社の業績が思わしくなく、独立するもなかなか軌道に乗らない。そして、母が病に倒れた。かなり進行した乳がんだった。
「父は日雇いのアルバイトを掛け持ち、帰りは夜遅く。通院や入退院の付き添いなど、母の世話はすべて僕が引き受けました。勉強する時間はあまり取れなかったですね」
その結果、東大は不合格。試しに受けた早稲田大学やMARCHにも落ちた。全敗に落ち込むかと思いきや、布施川さんはすぐ切り替えた。
「東大は不合格者に対して、合格までどのくらい足りなかったかのランクを教えてくれるんです。僕は不合格者の中で真ん中くらいのランクでした。夏の時点で東大合格の圏外も圏外で、予備校や塾に通っていなかったので、あと1年あれば行けるんじゃないかと、逆に勇気づけられました」
浪人させてほしい、予備校にも少し通わせてほしいと頼み込むと、両親は借金をして費用をかき集めてくれ、足りない分は祖母が工面してくれた。ただ、生活費は自分で稼ぐしかない。
「毎日の食費に予備校までの交通費を稼ぐために、週3日、ドラッグストアでアルバイトをしました。朝から夕方まで8時間働いて、終わったら予備校に行くというような生活でした」
周囲の受験生に比べれば、勉強に充てる時間は圧倒的に少ない。母の病室で看病の合間に勉強することもあった。このハンデをどう克服するか。そこで考え出したのが、無駄を省く勉強法だ。
「自分に合わないと思った参考書や勉強法はすぐやめました。どんなに評判がよくても、自分の身にならなければ効率が悪い。実践して取捨選択を繰り返していきました。そして、満点を目指すのではなく、合格ラインの少し上を目指しました」
短い時間でいかに効率よく学力を向上させるか。ハンデと捉えられそうなアルバイトも、勉強時の集中力の維持という意味で息抜きになった。
1浪の末、見事合格をつかみ取った布施川さんは、同じような境遇にある受験生にこうエールを送る。
「あきらめないことが一番大事です。『自分はだめそうだ』と周囲は勝手に折れていきます。自分を見限ることなく、信じ続けなければ勉強に身も入りませんから」
一方で、塾や予備校に行くのもままならないという学生もいるだろう。それでも学びたい、という学生を支援する取り組みもある。無料塾だ。
■学ぶ意思を尊重 無料の学習支援
NPO法人「八王子つばめ塾」(東京)は現役大学生や社会人がボランティアで講師を務める無料塾。1〜2週間に1度、各科目の個別指導をしている。運営費は企業や個人からの支援や寄付などで賄っている。理事長の小宮位之(たかゆき)さんはこう語る。
「塾に来るのは、アルバイトで学費や生活費を稼いでいる困窮世帯の高校生です。入塾の相談には親や本人が来ますが、いずれでも学生本人が『学びたい』『塾に行きたい』という思いを持っています。当塾も学生本人の意思を大事にしています」
実は小宮さんも貧困家庭で育った。高校2年生のときの世帯年収は100万円前後。親からは「高校を中退してくれないか」「進学はあきらめてくれ」と言われた。それでも学びたかったし、教師になりたかった。
そんな小宮さんはアルバイトで学費を稼ぎ、祖父母の支援も得て、何とか大学進学を果たす。だが、入学後も苦労が絶えなかったという。
「入学しても教科書が買えないなど、お金がなければ勉強できないんだ、ということを肌身で感じたんです」
教員免許を取得した後、私立高校の非常勤講師を経て映像制作の仕事に従事した。そのとき、東日本大震災が起きた。取材の過程で被災者にも会った。何かできることはないかと考え、仕事の傍ら、2012年につばめ塾を始めた。「ただより高いものはないと言いますが、困窮家庭にとって無料ほどいいものはないんです。能力もやる気も夢もあるのに、お金を理由に学ぶことをあきらめてほしくない。選択できる社会であるべきなんです」
前出の布施川さんは、昨今聞かれるようになった、生まれ育った家庭環境によって自身の人生の“当たり”“はずれ”が左右されるという意味の“親ガチャ”を引き合いにこう話した。
「親ガチャは関係ないと言いたいところですが、実際にはあると思います。でも、その言葉に甘えて自身の道を閉ざしてしまうのはもったいない。だからこそ自分を信じ続けることが大事なのです」
(本誌・秦正理)
※週刊朝日 2023年2月3日号