中国政府がIT企業の規制を緩和、大手のIPOへ前進か!?

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2023年01月26日 07:11  ITmedia NEWS

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中国政府によるIT業界規制の緩和が始まった。大手のIPOも前進かと期待が高まっている(写真はイメージ)

 2023年は2年以上続いた中国政府によるIT業界の締め付けが緩みそうだ。



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 中国の新年に当たる春節(旧正月、1月22日)を前に、政府の方針転換を示すシグナルが相次ぎ点灯した。



 アリババグループの創業者ジャック・マー(馬雲)氏が表舞台から姿を消すきっかけになった傘下のアント・グループや配車サービス最大手DiDi(滴滴出行)のIPO手続きも前進すると期待が高まっている。



●アントの上場差し止めから始まった規制



 中国IT業界が何の前触れもなしに冬に突入したのは20年11月。史上最大規模のIPOとして世界中から注目されていたアリババグループの金融子会社「アント・グループ」の上場が、直前で無期限延期に追い込まれたことがきっかけだった。



 10月下旬に公の場で金融規制を“牽制”したアリババおよびアントの創業者ジャック・マー(馬雲)氏は当局に呼び出され、以降ピタッと公の場に出なくなった。22年末には日本に半年滞在していたと、欧州メディアが報じた。



 アントの上場を差し止めた当局の主な言い分は「金融業務を手掛けているのに金融業務のライセンスを取得することもなく、金融当局の監督を受けていない」というものだった。



 アントの前身「支付宝(アリペイ)」は、アリババのECプラットフォームの決済サービスとして04年に誕生。11年にアリババから分社し決済、融資、保険など金融のあらゆる分野を手がけるフィンテック企業に成長した。アリペイのユーザーは10億人を超え、そこから収集する膨大なデータによって個人の信用をスコア化し、革新的なサービスを生み出してきた。10年代半ばに世界中から注目された「キャッシュレス社会」の立役者となったアリペイは、マー氏にとってアリババに続く「第二創業」ともいえる事業だった。



 アントは信用スコアを基に、既存の金融機関が手を出さない消費者や中小零細事業者に低利で融資したり、利回りの高い金融商品を提供し、金融機関のシェアも奪っていった。データやお金の流れをIT企業が独占することに危機感を覚えた中国当局と、経営基盤を浸食された金融機関の思惑が一致し、アントの指導をきっかけに「フィンテック規制」の流れが加速した。



●ほとんどのIT大手に行政処分



 当局の締め付けの対象はその後、IT企業全般に及んだ。より正確に説明すると、「優位な立場を利用して取引先や消費者を囲い込む行為」「データを当局の目の届かない場所に持ち出し、国益を損なうリスクがある行為」「子どもの健全な成長に有害な行為」を主な取り締まり対象とし、ほとんどのIT大手が行政処分を科された。



 数が多すぎてここでは紹介しきれないが、日本でも大きく報じられた代表的なものを挙げると



1. 21年4月、独占禁止法違反でアリババグループが182億2800万元(約3500億円)の罰金を命じられた。独禁法違反では生活サービス大手の美団、学術論文のデータベースを扱う「同方知網北京技術」なども高額な罰金を科されている。



2. 配車サービス最大手のDiDi(滴滴出行)は21年6月末に米国上場した直後、中国当局からインターネット安全法(サイバーセキュリティー法)違反などの疑いで調査を受け、7月初旬から新規利用者の登録が禁じられた。DiDiは22年5月に上場廃止を決定。同年7月にはネット安全法違反などで80億元(約150億円)の罰金を科された。



3. 21年8月末、中国政府が18歳未満のネットゲーム利用を週3時間に制限する規制を導入。また当局は21年7月から9カ月にわたって、オンラインゲームの発売に必要な審査を中断した。ゲーム最大手のテンセントは規制が打撃となり、業績が悪化している。



●ジャック・マー氏がアント経営から離れる



 この2年、IT企業は規制を恐れ目立たないことに徹してきた。世界でメタバースが盛り上がるなか、同分野に投資を続けるテンセントやバイトダンス(字節跳動)は、公の場では「具体的な事業計画はない」と沈黙を貫いている。しかし今年は、状況が変わるかもしれない。



 23年1月7日、アントグループが資本関係の見直しによるコーポレートガバナンスの刷新を発表した。最大の目玉はマー氏が経営権を持つ実質支配株主から外れたことだ。



 アントの株主構造は、長らく以下の図のようになっていた。詳細な説明は省くが、図にある井賢棟氏(アント董事長兼CEO)、胡暁明氏(前アントCEO)、蒋芳氏(アリババG副再興人事責任者)は実質的支配権を持つマー氏の「一致行動人」として議決権を行使するため、マー氏は実質的にアントの議決権の53.46%を握っていた。



 刷新後(下図)は、創業者のマー氏、アント董事長の井氏のほか、アント経営陣、従業員代表など10人の主要株主の議決権を独立させ、互いに関与しないよう見直した。マー氏の議決権比率は6.208%に下がり、アントを直接・間接的に支配する株主は存在しなくなる。アントは「議決権が透明化・分散化され、健全な成長に寄与する」と説明した。



 アントは21年4月に金融当局から不当競争行為是正措置を要求され、消費者金融事業の切り離しや、アリババとの支配関係の線引きを進めてきた。マー氏が支配権を手放すのは、是正措置の「仕上げ」と解釈できる。



 アントのガバナンス刷新に先立つ22年12月30日も、大きな動きがあった。



 重慶の金融当局が、アントの消費者金融事業を継承するために設立された「重慶●蟻消費金融会社(●は虫へんに馬)」の資本金を80億元(約150億円)から185億元(約3550億円)に増資する計画を承認したと発表したのだ。



 増資では杭州市人民政府が実質的な経営権を持つ杭州金投数字科技集団が18億5000万元(約355億円)を出資し、10%の株式を保有する第2株主になる。国有会社が出資し大株主になることは、アントと当局の関係正常化を示すサインと受け止められた。



●政府に手綱握られたIT企業



 1月7日には、もう1つ重要なシグナルが発せられた。



 中国銀行保険監督管理委員会主席と中国人民銀党委書記を兼務する中国の金融監督トップ、郭樹清氏が中国プラットフォーマー14社の金融業務について「基本的に是正が完了した」との見解を示した。具体的な企業名は出さなかったものの、アントのガバナンス刷新と同日に報道されたことから、投資家はIT企業規制の緩和を期待し、テンセントやアリババなど中国最大級のIT企業株の一部は、約半年ぶりの高値をつけた。



 さらに1月16日、配車サービスのDiDiが「国家サイバーセキュリティの審査を受け改善を進めた結果、(1年半ぶりに)新規ユーザーの登録が認められた」と発表した。



 当局に上場を止められ、IT規制の象徴的存在だったアントとDiDiの状況が動いたことで、市場はIT企業への締め付けが緩むと期待している。ただしそれは、「当局の管理の下」という前提になる。ジャック・マー氏は姿を消す20年10月以前もたびたび国の規制や非効率を批判していたが、当時は問題にならなかった。



 マー氏のような直言型のIT企業家は、当面中国には現れないだろう。市場は政府に姿勢の軟化を歓迎しつつも、政府に手綱を握られたIT企業がかつてのようにイノベーションを起こし続けられるのかを懸念している。



●筆者:浦上 早苗



早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社を経て、中国・大連に国費博士留学および少数民族向けの大学で講師。2016年夏以降東京で、執筆、翻訳、教育などを行う。法政大学MBA兼任講師(コミュニケーション・マネジメント)。帰国して日本語教師と通訳案内士の資格も取得。最新刊は、「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。twitter:sanadi37。


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