SNS上の「闇バイト」の求人(記事とは関係ありません) 1月19日、東京都狛江市の住宅で大塩衣与さん(90)が殺害された強盗殺人事件。犯行の手口が関東を中心に全国で相次ぐ一連の強盗事件とも似ており、同一グループによる事件との見方もある。一方、高額につられ闇バイトに手を出した実行犯たち。取り返しのつかない結果を招いた。
【写真】闇バイトをめぐって発生した2018年の殺人事件 被害者が連れ去られた現場がこちら「一連の犯行は、もともとは振り込め詐欺を手本にして、目鼻が効く連中が手っ取り早くカネにしようと、SNSでバイトを集めてやっているものです。聞いている話では、いくつかグループがあるようです。おそらく一番上はヤクザかそれに準ずる人物。その下に半グレ組織がいて、現場を操っている。そんな構図でしょう」
事件の背景についてそう話すのは、以前、「振り込め詐欺」で逮捕され、服役した過去もある元暴力団幹部の男性Zさんだ。
狛江市の事件は、複数の男が大塩さん方に押し入り、大塩さんを縛り付けたり、殴ったりして、金品を奪ったというものだ。こうした凶悪な手口の強盗が、関東だけではなく広島市、山口県岩国市でも繰り返されている。昨年末からその数は20件を超える。
岩国市であった強盗未遂事件では、犯行グループのうちの一人の裁判が始まっている。
検察側の冒頭陳述から犯行状況や経緯などをまとめると……。
被告の男は、SNSで「日当100万円」などと書かれた「闇バイト」をみつけ、応募した。その後、“担当者”と連絡をとると
「報酬100万円のタタキ(強盗)の仕事がある」「山口で仕事があるのでまず広島に行ってほしい」
と指示されたという。現場に向かう途中の広島県内で、まったく面識のない4人と合流し、車の中で打ち合わせた。
「押し入る家には金庫が二つあり、合計で1億円がある」「人がいれば縛っちゃおう」「金庫の番号がわからなかったら、カッターで脅して聞くだけ」
現場に行き、1人が民家の窓ガラスを割ろうとしたが失敗し、翌日に再度、決行することになった。
再度現場に集まった5人のうち、1人が見張りとして車内に残り、携帯電話で指示役から連絡を受けて、民家の窓から家の中に侵入。家の中にいた1人をカッターナイフで脅し、結束バンドで縛った。
だが、別の家人が大声を出したため、家にいた別の家族が日本刀を持って助けにいき、犯行グループは現金を奪うことをあきらめて逃走。逃げ遅れた被告の男が逮捕され、犯行の状況が見えてきた。
後で捕まった他の4人も、SNSの「闇バイト」で集められた。計5人は、それぞれ北海道、栃木県、愛知県、東京都とまったく違った土地の出身だ。
このパターンは、狛江市や関東圏などの事件と共通している点がいくつかある。
▽SNSで「闇バイト」として集め、知らないもの同士をグループ化
▽犯行前に現場の下見を繰り返す
▽現場では、1人が指示役と電話をつなぎながら実行グループに指示内容を伝え、相手に暴行を加えながらカネや金庫の場所を聞く
などがあげられる。
「現場の実行役は、SNSの応募で集まったまったくの素人。指示役がSNSと携帯電話でそれらを束ね、現場に誘導する。犯行時は現場と携帯電話をつなぎっぱなしにして、次から次へと指示を出していく」(捜査関係者)
SNSで「闇バイト」や「裏仕事」「裏バイト」などと検索すると、怪しい投稿がいくつも出てくる。
<高収入お仕事揃ってます> <高額報酬のバイト紹介できます> <月100万円以上>
なかには、緊急性があるのか、<1人のみ募集、急遽一枠空いた>といった内容もある。
数年前、振り込め詐欺の「受け子」をしたとして逮捕された男性のXさんによれば、
「自分が応募したのは日当10万円とか出ていた闇バイトでした。ツイッターで相手をフォローしてDM(ダイレクトメッセージ)を送信すると、『テレグラムはあるか』と聞かれました。その後はテレグラムで指示を受け、駅のコインロッカーやバス停などで箱などを受け取り、それを車で来た人に手渡すという仕事でした。3回くらいやって捕まりました。どういう人が関係していたのかはわかりません」
テレグラムとは海外のメッセージアプリだ。一般的なメッセージアプリだと、送信した内容が受信者に残ってしまうことがあるが、テレグラムは、設定次第では受信したメッセージを10秒ほどで消去することができ、送信者が受信者のメッセージを消すことも可能だという。つまり、証拠が残りにくいのだ。
Xさんは昔の仲間から昨年12月、闇バイトに勧誘された。メッセージには、
<日当100いくこともある> <大きく稼ごう、そんなにやばくない>
などと書かれていた。
「振り込め詐欺の『昔の仲間でやっているから確実だ』『本当にもうかっているから一緒に』『UDよりはるかに稼げる』とも言っていた」(Xさん)
ちなみに、UDというのは「受け子」「出し子」を示す隠語だという。
Xさんは「100万円」という額に一瞬迷ったが、「タタキ」「脅す」などの言葉が出ていたので怖くて断ったという。
このように、SNSの「闇バイト」の求人で集められた現場の実行役と、それを動かす指示役がいる。
前出のZさんも、「犯行グループ」に加わらないかと昨年、誘われたという。
「今度捕まれば実刑でかなり長くなるし、今は仕事が見つかりましたから。誘ってきたのは刑務所で一緒だった元ヤクザです。私が刑務所にいた数年前は、出所したらどうやって振り込め詐欺で捕まらずにもうけるか、という話題ばかりでした。刑務所の雑居房の半分くらいが振り込め詐欺で実刑というヤツばかりでしたからね」
Zさんは刑務所の中での話題についてそう振り返り、振り込め詐欺から今回の強盗につながる話としてこう続けた。
「振り込め詐欺で、なぜあちこちに電話ができるのかといえば、名簿があるから。例えば訪問介護を受けている一人暮らしの高齢者だとか、高額納税者や高級な宝石購入者、スポーツジム会員とかね。名簿は裏社会ではよく流通しています。新しいものは何十万円もしますね。刑務所では『振り込め詐欺は面倒。家に押し入れば手っ取り早くカネになる』と怖いことを言っていた受刑者もかなりいました。そういう考えのヤツが振り込め詐欺を応用し、日当をアップして人を集めてやらせているんです」
結局、振り込め詐欺と同様に、実行役などが捕まっても指示役などの上の犯行グループには影響が及ばない仕組みになっているとみられる。
「一番頂点にいるヤツにはまず届かない。私が怪しいと思っている人物もコロナ禍なのにずっと東南アジアの国にいました。携帯電話での指示役も、おそらく半グレが連れてきた人間で、事情はよくわかっていないはず。実行役は、素人の知らないもの同士を組ませると手柄を競うようになる。暴行するにも、ケガをさせる程度でいいのにやりすぎて殺してしまった、というのが狛江市の事件では」(Zさん)
振り込め詐欺の受け子の場合、逮捕・起訴されると執行猶予判決となる場合もある。指示役に近い立場でも、立件金額によっては5年程度の実刑で終わることも。しかし、狛江市の事件は強盗殺人という凶悪な事件だ。
元東京地検検事の落合洋司弁護士は
「全国で起きている連続強盗事件は計画的で、悪質性が高い。強盗殺人は当然ですが、相手に少しでもケガをさせれば強盗致傷で裁判員裁判となります。狛江市の事件だと強盗殺人ですから死刑求刑されてもおかしくない」
と話す。さらに、こうした凶悪事件が頻発することで、捜査やその後の裁判にも影響が出てくるようだ。
「治安維持の観点から警察の捜査のスピードは早くなり、起訴されると検察の求刑もより重くなる。裁判所も社会不安や予防的な見地を考慮し厳しい判決になる。犯行は知らない者同士が複数でレンタカーを使っている。防犯カメラ、携帯電話やカーナビの位置情報などから逃げ切るのは無理でしょう。割に合わないので、高額報酬につられて闇バイトに参加するようなことは絶対にやめてほしい」
(AERA dot.編集部 今西憲之)