八村塁がレイカーズで受け継ぐ「マンバ・メンタリティ」。コービーは今もみんなのなかで生き続けている

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2023年01月27日 06:41  webスポルティーバ

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 コービー・ブライアントがヘリコプター事故でこの世を去ってから、早くも3年の年月が経った──。

 事故の直後には深い悲しみに覆われていたNBAも、気づけばみんな前を向き、新しい時代に進んでいる。今でも時々、この試合をコービーが見たらどんな感想を持つだろうか、あの選手の活躍に対してコービーならどんな言葉をかけるだろうかと、頭をよぎることがあるが、以前に比べるとコービーの名前を口にすることも減ってきた。

 それでも、彼は間違いなく、今もNBAのなかで生き続けている。若い頃のコービーが見せたダンクのような、派手で目立つ存在ではないが、数々のスーパープレーを支えていたフットワークのように、注意深く見ればあちこちに見つけることができる。




 たとえば、この数年で成長著しく、今季はMVP候補にもあげられるようになったジェイソン・テイタム(ボストン・セルティックス)のなかにもコービーはいる。

 子どものころからコービーに憧れて育ったテイタムがNBAに入ったのは2017年、コービーが引退した1年後だ。だから、NBAのコート上での対戦は叶わなかった。それでも、テイタムにはコービーとの大事な思い出がある。

 はじまりは、テイタムがNBAに入って1年目のプレーオフを戦っていた時。当時、コービーはESPNで『The Detail』という分析コーナーを担当しており、プレーオフでのテイタムのプレーを取り上げた。

 テイタムがそのことを知ったのは、分析動画が公開になった時だった。テイタムは、その時のことを後にJ・J・レディック(元オーランド・マジックなど/2021年現役引退)のポッドキャスト『ジ・オールドマン・アンド・ザ・スリー』でこう語っている。

「練習を終えて、ロッカールームでスマホを見たら、コービーが自分宛にツイートしていたんだ。そのまま、そこで(コービーの分析動画を)20回ぐらい繰り返し見た」

【コービーが伝えたかったこと】

 その後、テイタムはコービーから「夏にLAに来ることがあって、もしワークアウトをしたいようなら連絡をくれ」というメッセージをもらったという。この頃のコービーは、次世代の若手選手たちに自分が学んだ細かなスキル、知識、メンタリティなどを伝えようとしていたのだ。

 憧れの選手からの誘いにテイタムが乗らないわけはなかった。夏にロサンゼルスに着くと、すぐに連絡したという。

「小さい時にテレビでコービーを見て『彼のようになりたい。だからバスケットボールが大好きなんだ』と思っていた。20歳になった自分が、その彼と1対1で交流することになるとは思いもよらなかった。あの時、彼と練習していろいろなことを学んだ時間は、息子が生まれた時に次いで人生のなかで最高の日だったと言える」

 テイタムはコービーが亡くなったあと、左足に"ブラックマンバ"(コービーのあだ名)が24(コービーの背番号)をかたどったタトゥーを入れている。コービーからの数々の教えのなかでも『マンバ・メンタリティ』は、今のテイタムにも大きな影響を与えたのだ。

 別のポッドキャスト番組(『ビヨンド・ザ・プラス』)でテイタムは、コービーから学んだメンテリティについてこう語っている。

「ある日、彼から『それは君にとって、どれだけ重要なことか?』と聞かれた。そう言われたことで、広い視野で考えることができるようになった。グレートであること、あるいはチャンピオンになること、それが自分にとってどれだけ大きな意味を持っているのか」

「(それを実現するために)何をあきらめることができるのか? 何を犠牲にできるのか? そういったこと、すべてを教わった。彼はそういった生き方をしていた」

 テイタムはどちらかというと物静かで、コービーのように内なる自信や主張をガンガンと外に出してくるタイプではない。それでも、内面での思いは同じように熱く、自信も揺らぎない。そういった気持ちを持ち続けていいのだ、ということをコービーから学んだ。

「チャンピオンになりたい。MVPになりたい。史上最高の選手のひとり、殿堂入りする選手になりたい。そういった目標に向けて、今、努力しているところだ」

【コービーに会った八村の印象】

 コービーが現役時代20年すべてを過ごしたロサンゼルス・レイカーズは、個々の選手だけでなく、フランチャイズ全体にコービーの息吹が宿ったチームだ。

 オーナーのジーニー・バスはコービーが現役引退したあとも、何かあるたびに意見を求めていた。それだけに、今でもコービーならどう考えるか、どんなアドバイスをくれるかを考えるという。

 ロブ・ペリンカGMは現役時代のコービーのエージェントで、親友でもあった。アシスタントコーチのひとり、フィル・ハンディは2011-2013にレイカーズの育成コーチを務めた時以来コービーとの結びつきが強く、若手相手のミニキャンプをコービーとともに開催したこともあった。

 レブロン・ジェームズやアンソニー・デイビスは、レイカーズに加わる前からアメリカ代表のチームメイトとしてコービーとのつながりがあり、多くの影響を受けてきた。コービーが亡くなった年にふたりが主力としてレイカーズを優勝に導いた時には、プレーオフを通してコービーに捧げるために戦っていた。

 この頃、レブロンは「パープル&ゴールドのユニフォームを身に着けるたびに、コービーのレガシーについて考える。彼がこのフランチャイズにとって20年以上の間、どんな意味を持っていたのかを考える」とも言っていた。

 そんなチームに1月23日、八村塁がトレードで移籍加入した。

 実は、八村は一度だけ、コービーに会ったことがある。ゴンザガ大1年の時にチームがNCAAファイナル4に出場した際、コービーがナイキ関係者とともにチームミーティングを訪れ、話をしてくれたのだ。

 当時、八村は「印象では思ったより(身体が)小さかった。もっとでかいのかなと思っていたら、こっちのガードの人たちと同じ。手を見ても小さかった」と語り、アメリカ人選手のなかに入ると小柄に見えるコービーが、NBAであれだけの実績をあげたことに感嘆していた。

 レイカーズのフランチャイズにとって、コービーがどれだけ大きな存在なのかは、八村も追々気づいていくことだろう。レブロンやデイビス、ハンディらから間接的にコービーの『マンバ・メンタリティ』を学ぶ機会もあるかもしれない。

 コービーはそうやって、これからもレイカーズのなかに、NBAのなかに、そしてバスケットボール界のなかに脈々と生き続けていくのだろう。

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