「バッグを持ち歩かない人のバッグ」に込めたアイデアとは デザイナー・秋田道夫さんに聞く

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2023年01月31日 21:52  ITmedia NEWS

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軽くて、それなりの高さがあり、一枚革で出来ていて、スマートな外観だが、マチが7cmあって、中身が空でも自立する

 LED式の薄型信号機からJRの駅にある“Suicaチャージ機”、果ては湯飲みやカラトリーまで、多くの人が目にする製品を手掛けてきた著名プロダクトデザイナーの秋田道夫氏。Twitterでは10万人ものフォロワーがいて、“最もバズるプロダクトデザイナー”などと呼ばれることもある。そんな秋田氏が、大阪のカバンメーカー・トライオンとのコラボレーションで作ったバッグ「Nothing」は、そのシンプルな見た目とは裏腹に、中々に複雑な内容を含んでいた。



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 見た目は、いわゆるブリーフケースだ。ただ、上部は開いているし、外側に留め具やポケットなども一切ない。ハンドルも内側から出しているので、表は真っ平らな革だ。構造としてはトートバッグに近いし、A3くらいのボディサイズで総革なのに重さが約750gしかないというのは、ブリーフケースではまず考えられない。



 しかも、ピンと張った板のようにも見える革の硬質なイメージと、実際に触った時のソフトな触感のギャップがかなり大きい。この、固そうに見えて実は柔らかい、秋田氏が名付けた「かたやわらかい」感じこそが、このバッグの最大の特長であり、このバッグの最も面白くも新しい部分なのだ。



 「最初に考えたのは、2枚の革の壁が立っているようなトートバッグでした」と秋田道夫氏。トライオンとのコラボレーションの話が持ち上がる以前から、秋田氏が温めていたアイディアであり、このプロダクトもそこから始まった。



 面白いのは、トライオンがずっと作り続けていたビジネス向きのブリーフケースもまた、基本的にはポケットなどがないシンプルなデザインの、革だけが縫い合わされたようなデザインだったこと。ただ、それは明らかにビジネスバッグであり、決して「かたやわらかく」はない。書類やPCなども入れてラフに使われるバッグなのだから、ソフトブリーフとは云え、スクエアなデザインのものは、それなりに角などがしっかりと補強され、端が足にぶつかったりすればちゃんと痛い。



 ところがこの「Nothing」は、足に当たっても革の方がグニャッと曲がるので、痛くないのだ。しかし、このバッグ、グニャグニャなのに、中身が空の状態でも自立するのだ。だからこそ、ピンと張った緊張感のあるルックスになっている。



 この張り感とエッジの緊張感が、柔らかさと同居しているバッグというコンセプトは、実はいわゆるブラウンバッグと呼ばれる、デパートなどで使われる把手付きの紙袋に近いものだ。あの張り感は、柔らかいけれどエッジが立っている「紙」という素材の特長あってのもの。それを革、しかも柔らかい革で実現したというのが、このバッグの特異な所だ。



 これ、簡単に出来そうで実現はかなり難しかったはず。普通、壁のような2枚の革で出来たバッグといわれたら、厚い革で固く作るだろうし、そうすると当然、重くなる。しかし、このスマホや傘のために両手は空けておきたいし、デジタル機器が入ったバッグは重いというような理由から、手提げバッグの需要が激減している中、大きくて重いブリーフケースを作っても仕方ない。当然、秋田氏のアイデアも、それではない。



 「硬いイメージがあるのは、表と裏の胴面の革を割ることなく、1枚革で仕上げたことで壁のようなスッキリとしたイメージを与えているからでしょう。同時に、柔らかなイメージが持たせられたのは、TOP開口部の折り返した丸みを帯びた縁が、やわらかいなシルエットとなっているからだと思います」と、設計を担当したトライオンのスタッフは言う。



 聞けば、なるほどというか、そうなるだろうなとは思うのだけど、こういう風に作られた革のバッグは、通常、革袋のような、クタッとしたシルエットになる。それが、紙袋的な、シャンとしたシルエットになっているから驚いてしまう。



 「素材に、強度がありキメが細かく柔らかみもある上質なカナディアンキップレザーを採用したことも『かたやわらかい』印象を与える大きな要因だと思います」という言葉通り、革の選択も重要なポイント。



 さらに、強度を最小限に抑えた思い切った設計なのが、紳士用カバンの常識を超えている。あまり重いものは入れられないし、ラフに使うのには向かないのだ。しかし、手提げカバンだから、最初から大して重いものは入れられないし、上部が開いたトートバッグ構造だから、放り投げたり、網棚に乗せたりといった使い方も想定されていない。つまり、機能とデザインが見事に合致しているのだが、ここまで思い切ったことが出来るのは、このバッグがメーカーのオリジナルではなく、プロダクトデザイナー秋田道夫氏とのコラボレーションだからこそだろう。



 一見固そうで、実は柔らかくて、しかし、このバッグ、自立するのだ。これもまた「紙袋」的な特長になるだろう。実際、実物を見て、自分で立ててみるまで、自立することが信じられなかった。だって、芯材が入れられていないように見えるのだ。



 この不思議については「新品の状態だと、革本来の肉厚さと、7cmのマチで十分自立します。ただ、ここで使っている革は、使用していく度にクッタリとしてきますから、ハンドルの下にバンド(写真06参照)を仕込ませることにより、型崩れがしにくい構造となっています」と、トライオンの設計スタッフからコメントを頂いた。



 '90年代あたりに、ファッションブランドや化粧品メーカーのショッパーをバッグ代わりにするのが流行ったことがあった。形も、ちょっと横長いものとか、正方形のものなど様々で、全面に写真がプリントされていたり、ロゴがエンボスで箔押しされていたりと、凝った仕様のものが多かったこともあって、ファッショナブルな方々が、ショッパーに手回り品だけを入れて持ち歩いていた。今でも、友人の画家などは、お気に入りのドルチェ&ガッパーナのショッパーをバッグ代わりにしていたりする。



 多分、この「Nothing」は、そういった使われ方が向いているように思うのだ。必要最小限、例えば、手帳とスマホ、バッテリーとケーブル、あと小ぶりの水筒に筆記具くらいだけを入れて遊びに行く。そういう使い方がとてもカッコよくキマる。ポケット沢山の機能優先のバッグにはない、持って歩いていること自体が目的になるようなバッグなのだ。



 秋田氏は、「バッグを持ち歩かない人のバッグ」を作りたいと思ったそうだ。実際、秋田氏自身が手ぶら派であり、持ち歩くとしても、エコバッグのようなものに、必要最小限のものだけを入れて出掛けるそうだ。



 つまり、これはファッショナブルなショッパー的なルックスを持ちながら、昭和のおじさん達が手放せないまま、リニューアルされず、ダサいアイテムとして一部で細々と使い続けられている「セカンドバッグ」の、未来的な展開でもあるのだ。このバッグの軽さとスマートさは、セカンドバッグ的に使われることで、機能性も発揮する。従来、セカンドバッグに入れていたようなものだけを入れて、行きつけの飲み屋に行けば、昭和のおじさんは、一挙にダンディなおじさんになる。このバッグの大きくて存在感はあるのに邪魔にならない感じが、セカンドバッグ的なポジションをリニューアルするのに似合うのだ。



 セカンドバッグであると同時にショッパーでもあり、しかもそれが革製なのに柔らかいということは、かさ張るものを突っ込んでも、それなりに入ってしまうということでもある。もちろん、そういう使い方をすると形は崩れる。いつもそういう使い方をすれば、大きく型崩れして自立しなくなったり、革に変なシワやクセがつくかもしれない。



 しかし、この使い方はデザイナーの秋田氏も実際に行っている使い方なのだ。そんな風に気軽に、フレキシブルに使って欲しいと秋田氏は言う。ただ、これだけキレイな革で、直線が美しい端正なバッグを、エコバッグみたいに使うのは、中々抵抗がある。



 「使う人に、少しだけ緊張感を持ってもらいたいというのは、私のデザイン全般に言えることです。『品』というのは、そういうところから生まれると思うんです」と、秋田氏も言っているのだけど、その上で、道具として、好きに使って欲しいとも考えているそうだ。



 緊張感のあるデザインで、エッジが立っているように見えて、しかし柔らかくて軽くて、エコバッグやセカンドバッグ的に使える。革のブリーフケースとしてオーソドックスにも見えるルックスなのに、本質は紙袋的で、暑い日に着ていたパーカーを詰め込むような使い方も出来る一方で、きちんとケアしないと型崩れしやすかったりもする。



 この相反する要素がギッチリと詰め込まれたバッグが、とてもスマートでおとなしい佇まいだという不思議。多分、こういうバッグは、メーカーのレギュラー商品としては出てこないと思う。この面白さが分かる人が沢山いるといいなあ。


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