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産休・育休中の「リスキリング」を後押しする――1月27日、岸田文雄首相が国会の答弁で行ったこんな趣旨の発言が物議をかもしている。
「リスキリング」という言葉。このニュースで初めて知った読者も多いのではないか。筆者もその一人として「動物のリスの、虐殺……?」などと思っていた。
「国会で物騒なことを言っているなあとびっくりした」――FPSゲームファンからはこんな反応もあった。FPSで「リスキル」といえば、「リスポーン地点(敵の復活地点)で敵をキルする(倒す)こと」(リスポーンキル)なのだ。
●リスキリング=学び直し? DXと深い関わり
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今回、話題になったリスキリングは、動物のリスともゲームとも無関係だ。
リスキリングは英語で「reskilling」。re=再び、skilling=スキルをつける、という意味で、リス・キリングではなく、リ・スキリングだ。日本語では「学び直し」と訳されることも多い。学び直しといっても、一般教養などではなく、「仕事のための」スキルを新たに学ぶことを指す。
英和辞典「英二郎 on the WEB」による訳は「〔失業者向けの〕技能再教育」。ケンブリッジ ビジネス英語辞典では「違う仕事ができるよう、新しいスキルを習得するプロセス。または、別の仕事をするように人々を訓練するプロセス」(the process of learning new skills so you can do a different job, or of training people to do a different job)と定義されている。
ポイントは、新しいスキルを習得する、という点。既存のスキルをさらに熟練させる「upskill」と異なり、新しいスキルを学び、従来とは異なる職業や職種にも就けるようにする、というイメージだ。
●発祥は米AT&Tか Amazonも大規模投資
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DX化の進行とともに、働き方が劇的に変わってきている。AIの発達も著しく、既存の仕事の一部がなくなって失業者が出たり、より高度なスキルを持つ人材が不足すると予想されている。
リスキリングは、そのような変化に対応するための手段だ。企業が従業員の学び直しを支援したり、個人が自ら新たなスキルを学び直すことで、新しい環境に適応したスキルを身につけ、仕事・雇用を維持したり、生産性を向上させる、といった意味で使われる。
先駆者としてよく挙がるのは米AT&Tだ。1800年代に電話事業者として創業したが、その後、ネット通信回線大手となり、100年以上の歴史をつないでいる。
CNBCの記事(2018年3月付)によると、同社は08年当時、25万人の従業員のうち「半数は会社の将来に必要なスキルを持っていない。10万人は、10年後には存在しないであろうハード関連のスキルしかない」 と推定。従業員に将来必要なスキルを学んでもらうため、10億ドルをかけて研修やオンラインコース、大学との連携プログラムなどに投資し、再教育を進めてきたという。
「同社はこれを『リスキリング』と呼ぶことを好んでいる」(the company prefers to call it “reskilling” )と、リスキリングをカッコ付けで表記している。必要なスキルが転換する時、新しいスキルを持った技術者を新たに雇うよりは、既存の従業員を再教育した方が、トータルコストが下がる、という考え方が背景にある。
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同様な取り組みは他の米企業でも行われている。米Amazon.comは19年に行った発表で、25年までの間に12億ドル以上を投資し、世界の従業員30万人に、大学の授業料を含む無料のトレーニング プログラムへのアクセスを提供するとした(ただAmazonは「resklling」ではなく「upskilling」というワードを使っている)。
●「5年で1兆円」 リスキリングというビジネスチャンス
「リスキリング」がバズワードとして広がったきっかけとして、世界経済会議(ダボス会議)が挙げられる。20年から「リスキル革命」と題し、「第4次産業革命に伴う技術の変化に対応するために、30 年までに、10億人により良い教育、新しいスキル、より良い仕事を提供する」ことを目指した活動を推進。PwCコンサルティングやLinkedIn、オンライン教育の米Coursera社など、人材企業やオンライン教育を進める団体などがパートナーとして、資金やプログラムを提供している。
日本でもリスキリングへの注目が高まっている。富士通は20年の経営方針説明会の説明資料に、DX化に向けた人材獲得のため、社内人材へのリスキリングを行うと明記。日立製作所も22年に公表した人材戦略で、スキルベースで採用する「ジョブ型」雇用への転換と並行して、従業員に研修などリスキリングの機会を提供すると発表している。
日本政府もリスキリングに本格的に取り組むことを表明した。22年10月の所信表明演説で、岸田首相が「個人のリスキリングの支援に5年で1兆円を投じる」と述べたのだ。リスキリングを行った中小企業に政府が助成金を支払う制度もある。
リクルートグループやパソナグループといった日本の人材企業は、これをビジネスチャンスととらえているようで、リスキリングを銘打ったサービスを始めている。
●育休中のリスキリング できる人はできる
国会答弁に話を戻そう。1月27日の国会では、22年10月の岸田首相の所信表明を念頭に、「育児のための産休・育休が取りにくい理由の一つは、仕事を休むことで同期から後れを取ることだといわれている。リスキリングでスキルを身につけたり学位を取ることを支援できれば、逆にキャリアアップが可能なのでは」と、自民党の大家敏志参院議員が質問した。
これに対して岸田首相は、「育児中などさまざまな状況にあっても主体的に学び直しに取り組む方々をしっかりと後押しする」と答えている。
筆者はフリーランスとして働きながら2人の子どもを産み、育てており、産休・育休はなかった。子どもを保育園に入れるため、会社員の育休期間中にも働いていたのだが、夜泣きと授乳で睡眠・栄養不足の中での労働にゴリゴリ削られ、心身を壊した。
仕事ではなく勉強なら、できただろうか。ちょっとしたスキマ時間にできる簡単な勉強なら可能だったかもしれないが、リスキリングと呼べるような、新しい分野のスキルを身につけるのは難しかったと思う。
ただ、筆者の知り合いには、育休中に勉強して資格を取ったり、論文を書いたりしていた人も、ごく少数ながら、いる。同じ乳児の育児といってもその負担感は千差万別で、もともと体力があったり、子どもがよく寝る子であまり手がかからなかったり、家族のサポートが受けやすかったりする場合は、育休中に無理なく勉強できるケースもある。
岸田首相は「育児中などさまざまな状況でも」リスキリング支援の対象に含める、と言っていた。それを否定する必要はないと筆者は感じる。企業や政府は、産休・育休中でも、病気・介護休暇中や休職中、失業中であっても、どんな状況の個人のスキルアップも支援してほしい。やれる人を“あえてサポートしない”理由など、ないと思うのだ。
(岡田有花)
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