政治をネタにする“タブー”なお笑いに挑むワケ お笑い芸人・ユーチューバー・せやろがいおじさん(榎森耕助)

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2023年02月03日 11:30  AERA dot.

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沖縄県那覇市牧志にあるライブハウス「Output」で。「呼ばれたらどこでもしゃべりに行きます!」
 お笑い芸人・ユーチューバー、せやろがいおじさん(榎森耕助)。赤い鉢巻きに赤Tシャツ、赤い褌姿で政治について弾丸のように語り、最後は「せやろがい!」と海へ飛び込む。せやろがいおじさんこと榎森耕助は、これまで芸人があまり触れなかった政治をネタに、芸人として活動している。なぜ芸能人は政治を語れないのか。なぜ政治を語ると叩かれるのか。榎森の笑いは、もっと自由に語れる社会への道筋になる。


【写真】「せやろがいおじさん」のおなじみのスタイルがこちら*  *  *


 東京・日本橋の線路際の仄暗(ほのぐら)い通りを往くと、地下のライブハウスを指し示すちいさな照明が見えた。スタンダップコメディ「せやろがいおじさん 独吐」ツアーの東京公演。「せやろがいおじさん」こと芸人の榎森耕助(えもりこうすけ)(35)は、同ツアーで全国十数カ所を転戦している最中で、この日は昼の部の公演をこなし、夜の部の公演に備えているところだった。


 本番前にマネージャーに頼み控室へ声をかけてもらうと、スウェット姿の榎森が現れた。下だけ衣装の赤いパンツ。聞けばそのスウェットは沖縄に本拠地を置く強豪のプロバスケットボールチーム「琉球ゴールデンキングス」の限定品らしく、大のバスケファンぶりがうかがえた。郷里の奈良県天理市にある天理中学・高校でキャプテンとしてバスケットボールに没頭し、高校時代は県内でもトップレベルの成績を残した。沖縄国際大学に進学するために沖縄に移住したが、それ以降も続けている。バスケットボールをやっているときが唯一、無心になれるという。


 100人近くが入る会場は昼夜ともに満席状態だった。ある地方公演では数人しか客が入らず、東京で相殺していることをギャグにしていたが、いま勢いがある芸人であることは間違いないだろう。「勢い」と言ってもテレビでよく顔を見るという意味ではない。榎森がよく知られているのは、ユーチューブだ。赤鉢巻きに赤Tシャツ、赤褌(ふんどし)といういでたちの「せやろがいおじさん」キャラとして、沖縄の海岸をバックに、主に政治や社会問題に斬り込んだ動画を配信している。2017年ごろから始め、現在ユーチューブの登録者数は約32万、ツイッターのフォロワーは約34万人。


■母の冗談で薦められた沖縄 ピンときて大学進学を決意


 最近では、衆議院議員の杉田水脈が総務大臣政務官を辞任したとき、「豊富な語彙(ごい)力で差別発言してたやん。あなたに足りないのは、それは違うとつっこんでくれて、爆笑に変える相方や。俺と漫才やれへんか」などと猛烈に批判しながら、挑発とも皮肉ともとれる動画を即座に配信した。東京オリンピック開催のときは、コロナ対策よりも開催を優先しようとする政府や国際オリンピック委員会(IOC)を批判し、中止を訴えた。アスリートも意見表明をするべきだと踏み込んだときもある。



 動画は、新聞や専門家などから知見を得て、エビデンスや多様な意見を紹介しながら、「俺はこう思うけれど、あなたはどう思うのか」を問うものが多い。評論家的ではなく、社会批判とブラックジョークを巧みに混ぜ込みながら、早口の関西弁でたたみかけるようにしゃべる。その語り口は、人を引き込む説得力と、不思議な緊張感がある。すでに100本近くの動画を配信してきた。そのうちの1割ほどは、自らが暮らす沖縄をテーマにした動画だ。


 声が裏返るほどのテンションの高いトークから、同様の人物像を想像していたが、それは表向きで、インタビューにはそっけないほどの態度で、常に内省的に自分の道程を淡々と話す。


「大学から沖縄に住んでいるのに20代のときは、沖縄戦や米軍基地のこと、沖縄が日本で構造的にマイノリティーの立場に立たされている問題なんかにはまったく関心がなかったんです。沖縄戦の組織的戦闘が終結した日で、沖縄の人が大事にしている『慰霊の日』すら知らなかった」


 沖縄国際大学を選んだのは、進学を考える時期に、母親が冗談で「沖縄でマンゴー農家でもやるか?」と言ってきたことだった。榎森は「沖縄いいかも」とピンときたという。大学では教員資格を取って、国語の教員になるつもりだった。高校時代のバスケをやっていた仲間とは将来、バスケ部の顧問になって試合やろうなと誓い合った。


 大学を卒業して、那覇市牧志の公設市場衣料部の2階でイベントスペースの運営に関わっていた時期がある。そこでは戦後、アメリカ占領下の時代の混乱を生き抜いた人たちが現役で働いていた。そこでたわいもない会話をしたり、しょっちゅうお菓子をもらったりして、沖縄の人の気質の温かさをリアルに感じた。


「当時の生活の過酷さについてもたくさん話してくれたんです。そんな戦後復興を経て今の沖縄があるということを知り、感謝とリスペクトの気持ちが宿った気がします。だからこそ、“沖縄終わった”という沖縄を切り捨てるような言葉や、沖縄を再び戦場にするような軍拡については強い抵抗を感じます」


 榎森がお笑い界に飛び込んだのは大学生のときだ。ともに国語の教員の資格を得るためのカリキュラムを履修していた1年先輩で、現在コンビを組んでいる金城晋也(36)が、大学生芸人として活動をしていた先輩のライブに誘ったことがきっかけだ。金城が2年、榎森が新入生のとき。金城は榎森との出会いを、「ふてぶてしい1年生がいるなというのが最初の印象」と笑う。



「関西弁の人にあまり出会ったことがなかったので、ちょっと圧を感じていたのかも。天理高校のジャージを着ていたんです」


 金城は客として先輩のライブに1年以上通っていたが、榎森からすぐに「俺らもお笑い、いっしょにやりましょうよ」と言われたという。もともと榎森は「ダウンタウン」が憧れの芸人で、自分もその世界に飛び込みたいという思いもあった。2人は、コンビニの店員と客、医者と患者といった設定の漫才を、まずはサークル的にやり始め、その後、事務所に所属した。それが、お笑いコンビ「リップサービス」の船出だった。


 大学卒業後もM−1グランプリを目指すが、予選の3回戦進出が過去最高。とはいえ、何千組中の上位300組ぐらいに残ったのだから、漫才コンビとしてはかなりの実力だ。沖縄の放送局が主催する、沖縄ナンバー1のお笑いを決めるバラエティー番組「お笑いバイアスロン」では、14年から17年まで4連覇する。


■18年の沖縄県知事選から 政治をネタに動画を制作


 漫才をやるかたわら、榎森はユーチューブに目をつけた。2017年はすでにユーチューブが全盛期で、沖縄からSNSでコンテンツを広げようと考え、試行錯誤の末、今のいでたちの「せやろがいおじさん」キャラを生み出した。しかし、当初はいかにもユーチューバーにありがちなドッキリ企画や大喜利企画、「うんこ沖縄方言講座」という、本人に言わせると「バカバカしい」企画を「垂れ流してました」。反応は薄かったが、あるとき政治をネタに動画を作ると、ファンから「政治のことを言うなんてがっかりです」と声が寄せられた。


「なんで政治のことがあかんのやろなあと考えてみて、この国の政治や社会のことを語るのは悪くないと、この国に住む人がこの国のことを話していけないわけがない、と結論を出すわけです。とくにネット空間なんかでは、自分の考え方とちがう人とは意見をかわせへん、倒すべき相手みたいにしかならないのは、そのコミュニケーションエラーなんじゃないかと思った。だったら俺はお笑い芸人として自分の意見を言い、それを笑って聴いてくれたら乗りきれるんじゃないかと思った」


 ちょうど、榎森は30代にさしかかろうとしていた。実は選挙にも行ったことがなかった。このまま30代を漫然と過ごし、40歳、50歳になったときに何も政治のことを知らなくていいのか。漠然とした不安におそわれた。そこで、18年の沖縄県知事選のときから、せやろがいおじさんとして、本格的に政治ネタの動画制作に針をふりきるようにシフトしていった。


 動画を作るために、榎森は社会問題を水を吸い上げるように吸収していった。それまでの自分の「笑い」も反省し、漫才からもミソジニー的な要素やルッキズムのネタなどを省いた。20年(開催は21年)の東京オリンピックが商業イベントなのにもかかわらず、「無償ボランティア」を募集した、いわゆる「ブラックボランティア」問題や、我が子の名前をタトゥーに刻んだタレントの「ryuchell(りゅうちぇる)」に対するバッシングに真っ向から反論した動画あたりから、一気に動画再生回数が増えだした。


■ひろゆきとの番組に出演 議論にならず激しい後悔


 榎森はラジオをしょっちゅう聴く。リスペクトしている、評論家の荻上チキ(41)がパーソナリティを務めるラジオ番組は榎森には必聴だという。荻上が沖縄を訪ねたときに榎森に取材したこともあるが、荻上は榎森の「笑い」をこう評価する。


「“相手を単純化して笑う”のではなく、“無視されがちな声を叫ぶ”という姿勢は、冷笑に疲れていた人にも受け入れられやすかったと思います。わかりやすくすることは、時には事実を矮小(わいしょう)化・単純化したり、俗情に便乗したりということがどうしても起きます。榎森さんの動画や言葉回しにも、そうした課題はつきまといます。しかし榎森さんの特徴は、『無敵=無反省』として振る舞うのではなく、『反省』をし続けられること。自らを神格化せず、応答しようとする姿勢は、意固地にならず考えてくれる、という期待がある」


 昨年10月、実業家・タレントのひろゆきが、「ABEMA Prime」の番組で、普天間基地の辺野古移設反対を訴える沖縄の抗議活動の現場を訪れた。たまたま誰もいなかったことから、座り込みをした日にちを掲げる看板の前でピースサインをする写真を撮り、「座り込み抗議が誰も居なかったので、0日にした方がよくない?」とツイートしたことが、ネットや新聞で大炎上した。ひろゆきは、「『座り込み』 その場に座り込んで動かないこと」などともツイート。沖縄県知事も「敬意を感じられない。ちょっと残念だ」とコメントをするほどの「事件」となり、社会問題化する。


 榎森も即座に対応した。座り込みという言葉の定義付けに意味はない。人生を削って何年も抗議している人たちに、お前らの人生全部かけた抗議じゃないと抗議って認めないよってジャッジができるあなたはそんなに偉いんですか……など激しい怒りを表明した。


「辺野古の問題は、沖縄の問題じゃなくて日本の問題だよという言い方がしっくりくるし、マジョリティー・マイノリティーという構造がある問題って、マジョリティー側から変わっていこうとするしか変わる方法がない。自分は本土出身のマジョリティー側という属性を理解することが大前提。その上で、(沖縄の)苦しさをわかろうとしていくのが人間として当然やと思う。ひろゆきさんは、(沖縄の)苦しみを知ろうとしない、わかろうとしない、理解しようとしない、聞こうとしないで、嘲笑という暴力性のあるコミュニケーションをとった」



 その後、この一連の炎上事件をテーマに、ABEMAでひろゆきが出演する番組に呼ばれた。榎森は事前に話をしたいことをA4の紙約20枚にまとめ、リモートでの出演にのぞんだが、思ったことはろくに話せなかった。


 番組出演のあとに動画で「ひとり反省会」を開いた。ひろゆきの土俵に乗ってはいけないと分かっていたにもかかわらず、すぐに乗ってしまい、議論は案の定かみ合わず、激しい悔いが残っていることを吐露した。


 東京でのライブでも、その「経験」を爆笑に変えながら、こう聴衆に語りかけた。


「ひろゆきさんのああいう嘲笑や冷笑に『いいね』が23万以上もつくことがこわいんですよね。でも、あの人の人格がはっきりしたことがよかったと思うんですよ」


■政治だけを語るのではない もっとギリギリを見極める


 榎森とともにABEMAの番組にリモート出演した沖縄タイムスの記者・阿部岳(48)は、榎森らと綿密な打ち合わせをしてのぞんだが、やはり作戦は予定通りに運ばなかったと振り返った。それでも榎森の活動には期待を寄せる。


「エモヤン(榎森)は、異色だし貴重な存在だと思う。私のような新聞記者が届かないところに届く言葉を持っている。それは素直な人柄からくる笑いの力だと思うんです。せやろがいおじさんは演じられるものじゃなくて、誠実で真面目な人柄からきている。沖縄のお笑いはこれまで、笑ってはいけないとタブー視していた自分たち自身の現状を笑う方向性に人気があったけれど、エモヤンは外向けに理論を組み立てながら発信していく笑いなのではないでしょうか」


 榎森がマネジメントを委託するウェブ等の制作会社の社長・堤玄太郎(40)も、「自分の想像や発想を超えた度胸と努力で、傷つきながら乗り越えていく」と評価し、仲間として支える。


 日本では、「権力」を笑いの対象にする芸人は敬遠され、地上波などの番組には呼ばれない傾向が強い。それは、スタッフがスポンサーや番組にクレームが入ることを懸念して、思い切った番組を作れないということもあるだろう。榎森は当然そこを気にかけつつも、ネットの最前線でこの問題については熟考と分析をしてきたはずだ。



「政治をネタにするスター芸人がおらず、そもそもモデルケースがいないんです。そうすると目指す人が出てこないですよね。特に考えもせず、政治ネタは避けるべしとの暗黙の了解の中でやってる、というのが多い気もします」


 政治の話をする人に対して「面倒臭(めんどうくさ)い人」という世間のイメージがあるのではないか、とも考える。さらに、社会に対する知識がないことに、うっすらとしたコンプレックスを抱える人や、罪悪感を覚える人は案外多いのではないか、とも。


「政治のことを話す人が出てくると、『社会や政治に知識と興味のない自分がダメな存在になってしまう』というような不安から、『政治の話をする奴らのほうが、空気読めてない面倒な奴らだ』と嘲笑し、そうすることで自分たちを“マトモな側”であると思いたいという心理作用もあるのかもしれません」


 これまでにも、顔の見えない相手からバッシングを受けたこともあるし、離れてしまう客もいた。ネット社会の特性を身をもって知っても、躊躇(ちゅうちょ)はない。しかし──「たぶん、ぼくは政治を語る人になってしまっているんですよ」。


 そう榎森は自分を客観視するように呟(つぶや)いた。「政治の人」でイメージが固定されると、政治のことに関心や興味のある人にしか聞いてもらえない。それは榎森の望んでいる姿ではない。「面白いことを言う人の話を聞いたら、政治のこともしゃべっていた」と、そんなふうに自分をもう一回ブランディングしないといけないと考える。


 そこで今、力を入れるのが、「スタンダップコメディ」なのだ。スタンダップコメディは、コメディアンが基本的には一人で観客の前に立ち、社会や政治など、さまざまなことを風刺しながら話をするお笑いだ。海外では主流の話法で、家族やシモネタなど、何でもネタにする。


「自分の笑いの世界は、まだまだタブーと言われていることの際(きわ)や隙間、ギリギリのラインを見極めて攻めてないと思うんです」


 コメディアンや芸人は自由に語ることが大事で、社会派的なことしか語れないと芸人としておもしろくないと思うんですよね──と自身の伸びしろを見据える目は冷静だ。(文中敬称略)


(文・藤井誠二)

※AERA 2023年2月6日号


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  • 長い・・・反米反辺野古という結論ありきの人とマトモな対話など出来るはずがない。政治とは妥協すること。それが出来ない原理原則・感情論者が
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