妻のひと言で始めた料理 増えてきたレシピのひとつで猝樵阿里覆て薛瓠屮リジナルでは作れない」けれど

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2023年02月08日 07:10  ウィズニュース

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ここ数年で料理をするようになったという須賀典夫さん(右)。妻の井上荒野さんの「ひと言」がきっかけで、少しずつ家事を分担するようになったといいます=写真はいずれも白央篤司撮影

みなさんはどんなとき、鍋を食べたくなりますか。
いま日本で生きる人たちは、どんな鍋を、どんな生活の中で食べているのでしょう。そして人生を歩む上で、どう「料理」とつき合ってきたのでしょうか。
「名前のない鍋、きょうの鍋」をつくるキッチンにお邪魔させてもらい、「鍋とわたし」を軸に、さまざまな暮らしをレポートしていきます。
今回は、長野の山あいに暮らしながら、ネットで古書店を営む男性のもとを訪ねました。(フードライター・白央篤司)

<須賀典夫(すが・ふみお)さん:1951年、山形県米沢市生まれ。小学3年生のとき神奈川県横浜市に転居し、その後相模原市で20歳までを過ごす。高校卒業後、ガラス工場や新聞配達、印刷工場、着物図案制作、書店員を経て、30歳で古書店経営者として独立。現在はネット通販専門の『古書 古群洞(https://kogundou.exblog.jp/)』を営み、長野県茅野市に暮らす。妻は作家の井上荒野氏>

【画像】鍋の具材「ケジャン」はこちら。カニと野菜のうまみを味わう猝樵阿里覆て薛

「きょうは暖かいですよ、いい日においでになった。山もきれいに見えて。あれ、八ヶ岳連峰です。4時過ぎにまた見てほしいです、夕映えが絶対にきれいですよ」
白髪頭のタクシー運転手さんは弾む声で言って、最後にまた「いい日においでになった」と独り言のようにつぶやいた。

長野県のJR茅野駅からタクシーに乗り、私は須賀典夫さんの家を目指していた。だんだんと標高が上がって、雪の積もったところも増えてくる。

住所のあたりに到着すると、すっかり葉を落とした林の合間にロッジ風の家が点在していた。どこだろう……と探していたら、グレーのセーターを着た須賀さんがひょっこりと現れる。

「道がアイスバーンになっているから、気をつけて」
「はーい」

最初の会話だった。聞けばここは標高1500メートルとのこと。お宅に招き入れてもらうと、薪ストーブからの暖気が迎えてくれる。何よりの歓待だ。
玄関の隣がすぐキッチンで、どうやらお鍋の準備が始まっていたようである。

「ケジャンって知ってるかな。生で食べるものだけど、鍋に入れてもうまかろうと思ってやってみたら、おいしくてね。きょうはケジャンを入れたキムチ鍋を作ります」

コンロの隣とうしろに窓が取られ、光のよく入るキッチンがうらやましい。
須賀さん、まずはにんにくをおろし始めた。次に人気ソムリエの顔が印刷されたキムチを冷蔵庫から取り出す。これ、結構おいしいんだよな。

土鍋にキムチを入れてごま油で炒め、先のにんにくを加える。水を足して、味つけはコチュジャンと味噌で。大さじできちんと計量される。味噌を溶かした後の大さじで、そのまま味見。

「うん、うまい」
朴訥な感じで、ボソッと言葉がもれた。

ベースができたら具材の準備だ。豆腐、ほうれん草、長ねぎを『グローバル』の包丁で切っていく。
ゆっくりめではあるが危なげのない手つきで、動きに無駄がない。土鍋の隣には『ストウブ』の鍋が。須賀さん、料理にはかなり思い入れのある人らしい。

「いや、全然。そういうのは全部妻の趣味。料理するようになったのはここ数年のことだし、今でもレシピがないとできない。オリジナルでは一切作れません」

ネット通販専門の古書店を営む須賀さんは今年72歳になる。料理にはずっと興味がなかった。

「ひとり暮らしの頃なんて、インスタントラーメン買い込んで1か月過ごすような生活で。そもそも私が小さい頃は、男が食に関してあれこれ言うのはみっともないという空気があったし」

男は家事に無頓着で「普通」という時代があった。別の角度からいうと、料理をはじめ家事的なことに興味があったり向いていたりしたとしても、そこに近づきにくい時代だったともいえる。

私は須賀さんよりもっと下の世代、1975年生まれだが、小さい頃お正月に祖父母の家へ行って台所に入ったら「男がお勝手に近づくんじゃないの」と追い出されたことを思い出す。逆にいとこの女の子は遊んでいたくても調理の手伝いに駆り出される……。

ああ、話が逸れた。須賀さんと家事の話に戻ろう。

「妻と暮らし始めたのが48歳のとき。家事一切をやってくれていたけど、だんだんと彼女の仕事が忙しくなって、あるとき『一緒に住んでいる家のことを、どうして私だけが何もかもしているの?』と言われてね。それもそうだな、と思った」

根が素直なんです、とは10歳年下の妻さん談。作家として活動されている井上荒野氏である。

家事への参加は洗いものから始まった。だんだんと増えて、現在では階段と2階の掃除、猫トイレの管理、まき割り、ごみ袋の取り換え、そして週3回の夜ごはん作りを受け持っている。

6年ほど前、「なんとなく……やってみようか」と妻さんの誕生日に料理を作った。

「そしたらおいしい、すごいよと、ひたすら褒めてくれる。“育て方”がうまかったね。食に貪欲な妻と一緒にイタリアンやらスペイン料理を食べに行ってみたら、うまいもんだな……ってね。腹に入ればなんでもいいでずっと来たのが、刺激を受けて」

少しずつ、意識が変わっていった。

「料理は面白いね。レシピのとおりにやれば、自分なんかでもそれなりにおいしいものが作れる。プラモデルを作るような楽しさがありますよ」

真っ赤な汁が土鍋にたぎる。
いただいてみれば、汁は見た目ほど辛くなく刺激はおだやか。カニと野菜のうま味が素直に味わえて、食べ飽きない。

しかし須賀さん、質問したことには答えてくださるが、無駄なことは話されない。
小さい頃から静かな性分だったのだろうか。
「いやいや、そんなことは(笑)。私は山形の生まれだけど、米沢の言葉で“きやます”ってのがあって。ちょっと悪いニュアンスなんだ、お調子者で、ウケ狙いをするような。そんな子だったよ」

親の仕事の都合により、6歳のとき一家で神奈川県の横浜市に越すことになる。須賀さんは6人家族、上に姉が3人いる。
「今の東神奈川のあたりで、家は六畳一間。昭和30年代ですよ。まだ防空壕に住んでる人もいたし、水上生活者もいた。想像もつかないでしょう」

山形では納豆売りをしたり、神奈川でも新聞配達をしたりして家計を助けていた。
「働いてはいたけれど……子どもらしい時代を過ごせたね。あの頃は」

中学を卒業したら働こうと思っていが、級友たちに「高校は行ったほうがいい」と強くすすめられ、工業高校に進む。
サッカーやラグビーにのめりこむが、3年生になって引退してからは「やることがなくて」図書室にある本をあれこれと読むように。
読書は性に合い、のちに本は人生の仕事ともなる。

「当時よく読んでいたのは……吉本隆明やボーヴォワールとか。卒業してからは、うちに居たくなくてね。でも何やっていいか分からない。とりあえず上京するかと」

工場勤務やスポーツ新聞の配達をしつつお金を貯め、絵に興味を持つようになりシルクスクリーン製作や着物の図案制作などの仕事にも就く。

23歳からは長らく高円寺で過ごした。
「高円寺、当時は古本屋がいっぱいあってね。店主を見てるといつも座って好きな本を読んで、いい商売だなあ……と思ったんだ」

憧れに似た気持ちはいつしか夢となり、30歳のとき西荻窪に古書店を開く。以来ずっと古書店のあるじであり、現在は通販専門にして続けられている。
「古本商売は仕入れる喜び、値段をつける面白み、売れたときの達成感、この3つがいいね。たまにとんでもないお宝に出合えることもある」

室生犀星の詩集の初版本を仕入れたときの話を興奮気味に教えてくれつつ、「食べてる? もっと入れようか」なんて気遣ってもくださる。

キッチンにはネットで気になったというレシピのプリントアウトが束になって置かれていた。レパートリーは今後、ますます増えそうだ。

<取材・撮影/白央篤司(はくおう・あつし):フードライター。「暮しと食」、日本の郷土料理やローカルフードをテーマに執筆。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『ジャパめし。』(集英社)『自炊力』(光文社新書)などがある。ツイッターは@hakuo416>

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