ど真ん中のスマートフォンを目指して開発されたシャープの「AQUOS sense」は、ミドルレンジモデル台頭の波に乗る形で、世代を経るごとに販売台数を伸ばしていった。日本では、Androidの中でトップクラスの売れ行きを誇る端末といえる。同シリーズの実績はシャープのシェア向上にも貢献しており、トップ争いをするメーカーの常連になった。一方で、ど真ん中ゆえに、どこか物足りなさが残っていたのも事実だ。優等生的な端末だが、一芸がないともいえた。
そんなAQUOS senseシリーズのイメージを覆す1台になりそうなのが、2022年11月に発売された「AQUOS sense7」だ。同モデルは、カメラに最大の特徴があり、ミドルレンジモデルながら、一部ハイエンドモデルが採用していた大型の1/1.55型センサーを採用する。「AQUOS R」シリーズとは異なり、ライカカメラ社の監修は受けていないものの、その開発過程で得た絵作りのノウハウも、同モデルに注入されているという。デザイン面も、AQUOS Rシリーズに近づけ、AQUOSとしての共通イメージを抱きやすくなった印象がある。
AQUOS sense7はなぜ大リニューアルを遂げたのか。シャープでAQUOSシリーズ全体を統括する通信事業本部 パーソナル通信事業部 事業部長の小林繁氏と、AQUOS senseシリーズを企画した商品企画部 課長の清水寛幸氏、カメラのソフトウェアを手掛けた第一ソフト開発部 係長の原竜也氏に話を聞いた。
●AQUOS Rのノウハウを生かして「やりたかったことができる」カメラ
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―― AQUOS sense7を使ってみて、カメラの写りが格段によくなっていたことに驚きました。なぜ、今回、カメラをここまで強化しようと思ったのでしょうか。
清水氏 必要十分、必要十分と何年も言ってきましたが、なぜAQUOS senseをやっているかというと、スマホのど真ん中を前に進めることが使命や役割だと考えているからです。スマホでご提供できる便利さや楽しさの真ん中を、さらに進めていきたい。その中で、22年モデルとしてど真ん中に何が必要かというと、やはりカメラです。
これまでのAQUOS senseは、電池持ちや処理性能、スタイルに取り組んできましたが、世の中初めてのスマホから買い替える人も増えています。「最初だからお手頃価格の端末を買ったけど、次はもっと楽しみたい、自分なりに使いたい」という気持ちが高まっている人も増えています。その用途として、カメラのニーズは高い。それもあり、スタンダードとして、これでいいというぐらい楽しめるものにしました。
―― ハードウェアとして、センサーも1/1.55型になっています。ハイエンドモデルでも採用されることのあるセンサーサイズですが、ここまで変えたのはなぜですか。
清水氏 そこはAQUOS Rの存在が大きかったですね。「AQUOS sense6」のときも画質調整には「AQUOS R6」のノウハウを生かしていました。sense6もsense5Gまでと比べるとすごくよくなってはいるのですが、今申し上げた、やりたかったことのレベルには達していませんでした。AQUOS Rは、R6から1型の大型センサーを搭載し、ライカカメラ社と協業することで、他とは違う存在感が出てきました。「AQUOSはこういうもの」という印象を持っていただきたかったので、スタンダードモデルでもこのカメラをやると決めました。
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●利便性を考慮して「センターカメラデザイン」を採用
―― ただ、AQUOS senseはハイエンドモデルと比べると比較的コンパクトなので、大きいセンサーを載せるのはなかなか大変だったのでは。実際はいかがでしょうか。
清水氏 構造のところで言うと、真ん中にカメラを載せるのは不利になります。左端の上に寄せている端末が多いのも、そういうことです。基板に置くためのレイアウトとして、とにかく効率をよくしようとすると、カメラを端っこに置き、余ったスペースに小さいものを配置していくことになります。
小林氏 本体の端には何も置けない領域があり、カメラの周りにも部品は置けません。ですから、端に置けば、“カメラの周り”が発生しなくなる。テクニカルには、左右のどちらかに寄せた方が効率はいいんです。ただ、カメラはやはり真ん中にあった方が撮影はしやすい。縦撮りがしやすいですし、バーコードを読むときにも読みやすい。私たちはセンターカメラデザインと呼んでいますが、これは撮りやすさだけでなく、メッセージ性を込めることも含めて苦労して作ったものです。
清水氏 (カメラを中央に配置した埋め合わせとして)手っ取り早いのは、バッテリーを減らしてしまうことですが、AQUOSは電池持ちを評価していただいているので、そこは譲りたくない。電池容量はAQUOS sense6をキープし、かつ厚みもなるべく増やさないよう、とにかくレイアウトを頑張りました。
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●Rシリーズよりはややビビッド寄りに画質を調整
―― AQUOS Rの画質調整のノウハウも生かしたということですが、センサーとソフトウェア、それぞれの画質向上効果を割合で表すことはできますか。厳密は話でなくても構いません。
原氏 体感ですが、6:4ぐらいの割合でセンサーの力の方が大きいですね。最初にこれを入れるというのが決まったとき、直感的に「いける」と思いました。このセンサーを生かすにはどうすればいいかというところから、開発をスタートしています。
やりたかったのはディテールをしっかり出すことです。(過去のモデルは)暗所が弱かったのはもちろんですが、明るいところでもディテールが出ていなかったのが悔しかった。ただ、解像感を出しすぎるとエッジが強調されてすぎてよくない。ここに、AQUOS Rシリーズで培ったノウハウが生きています。R6、R7はライカカメラ社の目指す画質を理解しながら、やりすぎないところを目指しましたが、こういう絵はいい、こういう絵は悪いというノウハウはシャープにも蓄積されています。
―― ただ、AQUOS sense7の画質は、AQUOS R7と比べると“スマホっぽさ”があるような気もしました。
原氏 ミドルレンジのユーザーなので、よりビビッドな色が好まれます。画質は意識しながらも、Rシリーズよりはややビビッド寄りに調整しました。海外メーカーの端末だとかなりキツめにやっているものもありますが、そこまではいかず、色にはこだわっています。
清水氏 スマホらしい画質を目指しました。Rはよりカメラらしくという微妙なすみ分けをしています。
●デザインをRシリーズに近づける意図があった
―― 先ほど、小林さんがセンターカメラのお話をする際に「メッセージ性」ということをおっしゃっていましたが、デザインをRシリーズに近づける意図があったのでしょうか。
清水氏 それは大いにありました。“AQUOSっぽさ”を作りたかったからです。そのために、Rシリーズから始めた、カメラを特徴とする使いやすいセンターカメラデザインにしました。今までのシャープは、シリーズごとにコンセプトが違うということをやりがちでしたが、それだとイメージが分散してしまいます。そこを統一し、senseもRに歩調を合わせることにしました。
―― 一方で、端末の構造はこれまでのsenseシリーズと同じで、バスタブ型の金属ボディーで、フレームにガラスをはめたRシリーズとは異なります。
小林氏 エッジを出しているので、(Rシリーズのようにパーツを)組んでいるように見えますが、基本はバスタブのユニボディー構造です。
清水氏 この構造だと、ひねりと曲げに強くなります。プラスチックだとパキッといってしまうような力をかけてもびくともしない。ずっとやってきた、MIL規格の耐衝撃性にも対応しています。見た目もアルミで、高級感が出せたと思います。
―― ただ、金属素材は電波と干渉するため、ガラスの方が設計しやすいようにも思えます。5Gに対応し、周波数も増えていますが、この点はいかがでしたか。
清水氏 ぶっちゃけてしまうと、バスタブ構造は、ミリ波をやろうとすると苦労することになります。ただ、今のsenseにはそこまでのニーズはないので、5GもSub-6までにしています。であれば、LTEとSub-6、あとはWi-Fiを今のフレーム内に入れ、効率よく成り立たせることはできます。バスタブを始めたのはAQUOS sense2のときですが、そのときはどうしてもアンテナが太くなってしまい、塗装で隠していました。それを繰り返すことで効率を上げることができ、だんだん目立たなくなってきています。これは、継続のたまものですね。
小林氏 Sub-6だけであれば、例えば3.5GHz帯はもともと4Gで使っていた周波数なので、5Gに対応したからといって、難易度が上がることはありません。どうしてもできないのは、清水がお話ししたミリ波ですね。あとは非接触充電。これは、金属だと基本的にはできません。
―― 今後、ガラスを採用することはあるのでしょうか。
清水氏 今後のことはまだ考えていないので分かりませんが、耐衝撃という点では、まだガラスより金属の方が優れています。また、ガラスだと重量も上がってしまいます。取り回しの良さや、気軽に使えることを考えると、今はアルミが最適だと思います。確かにガラスだと仕上げはキレイになるのですが。
―― AQUOS sense7を持ったとき、デザインテイストがAQUOS R7に近いこともあって、軽いと感じました。
清水氏 185gでそこまで軽いわけではないので、そういう反応があるとは思ってなかったですね。
●ミッドレンジのチップで高度な画像処理をする難しさ
―― 端末で気になったのは、チップセットです。Snapdragon 695は、4月に発売された「AQUOS 6s」と同じですが、据え置きになった理由はやはり半導体不足でしょうか。
小林氏 どちらかといえば、AQUOS sense6sがイレギュラーな商品で、急きょ、もともとAQUOS sense7用に作っていた設計をsense6に入れています。sense7が先にあったというのが背景です。今はQualcommも含め、サプライの問題は解消に向かっているので、以前のようにおかしな状況ではなくなってきています。
―― ミドルレンジモデルの採用が多いSnapdragon 695ですが、AQUOS sense7は、コンピュテーショナルフォトグラフィーの処理もかなり入っているように見えます。処理能力は十分だったのでしょうか。
原氏 そこはだいぶ苦労したところです。センサーはいいものなのですが、組み合わせるチップがハイエンドと比べるとだいぶ貧弱でした。CPUの処理能力はもちろんですが、ISP(Image Signal Processor)もハイエンド向けのものに比べると低スペックで、いいセンサーと組み合わせるのが難しかったですね。
―― 処理を減らして軽くするというようなことはやっているのでしょうか。
原氏 本当はそのように軽くしたかったのですが、ナイトモードを改善したので重くなっています。RAWレイヤーで合成するようにしたので、CPU負荷が増加しましたが、バックグラウンドで処理をするようにして、何とか形にできました。
小林氏 センサーをよくするのはくっつければいいだけですが、センサーから入ってきた光を仕上げるための演算を、ミドルレンジのチップでどうやるのかは大変です。特にSnapdragon 695は、部分的に690よりスペックが落ちているところもありました。HDR表示がなかったり、動画は4Kが撮れなかったりします。商品として仕上げるにあたり、致命的に前モデルより悪いところはないようにしていますが、チップの世代ごとの特性はどうしても出てしまいます。そこをすり合わせていくのが肝でした。
―― ナイトモードの処理が重くなった理由はRAW合成でしょうか。
原氏 RAW合成にしたのが大きいですね。ただ、AQUOS sense6sが同じチップだったので、先にそちらに載せることで、早い段階から開発を進められました。早い時期から、ああでもない、こうでもないとできたのが大きかったですね。今までのsenseの中では、一番開発期間が取れた端末だと思います。
―― RAW合成すると、具体的にどう画質が改善されるのでしょうか。
原氏 YUV(輝度信号、輝度信号と青の差、輝度信号と赤の差を組み合わせたデータ)という、JPEGの直前の段階で合成すると、合成に至るまでの間に情報がだいぶ欠落してしまいます。センサーから出た瞬間に残っている情報が、合成段階で消えてしまうんですね。特に小さいものだと、ノイズなのか本当に写っているものなのかが判別できず、消えてしまうことがあります。そのディテールをRAWだと残すことができます。画像を重ね合わせながらノイズを除去することでディテールを残せますが、その分、処理量は大きくなります。
小林氏 具体的な写真の写りで言うと、暗部が残るようになりました。今回の夜景は、ここがかなり残るようになりました。言葉にすると「ふーん」という感じかもしれませんが、夜景をキレイだと思わせるための要素は数点しかありません。光のボケが玉になっているかだったり、暗いところが見ているかだったり、全体的なノイズ感だったりといったりで決まります。その2つ、3つを改善すると、夜景の見え方が劇的に変わります。
―― 重いというと、ポートレートモードの処理で待たされるようなことがありました。
原氏 2つのカメラを動かしているので、そこがまず重い。それプラス、ビューティー処理をかけつつ、HDRをしているので、とんでもない処理量になってしまいます。それでも、ちょっとずつ省けるところは省いています。
小林氏 ただ、連続で撮らない限り、そこまで遅さは感じません。連続で撮りたい方は、ぜひAQUOS R7を使っていただければ(笑)。
●オンラインでの売れ行きが特に好調、価格上昇はミッドレンジの中心点が動いた影響
―― ディスプレイは、先代のAQUOS sense6からIGZO OLEDになりましたが、やや残像が目立つような印象があります。これは60Hzだからでしょうか。
小林氏 OLEDは駆動方法が液晶と違います。液晶はパパっとバックライトがついて明るさを表現していますが、OLEDは自発光なので、光る時間の割合で明るさを表現しています。その違いもあり、液晶からOLEDになると残像が見えやすくなるのは事実です。「AQUOS sense7 plus」では、その残像を、黒挿入で消しにいっています。
清水氏 リフレッシュレート競争も徐々に始まっているので、今後、検討しなければいけないところだと思っています。
―― 発売後の反響はいかがですか。
清水氏 正直、かなり評判がよく、売れ行きは順調です。特筆すべきは、オンラインでの売れ行きで、これは倍になっているところもあります。われわれもすごく驚きましたが、いろいろな情報を得てから選ばれる方にきちんと届いているのではないかなと思っています。ITmediaにも「スマートフォン・オブ・ザ・イヤー」に選んでいただけましたし、レビューサイトの評価もsense6に比べて大幅によくなっています。ご評価いただけているということは、われわれも感じています。
―― ただ、価格が徐々に上がっています。もともとAQUOS senseは3万円台というイメージでしたが、AQUOS sense7は今や5万円台です。物価高や為替相場が原因でしょうか。
清水氏 いくつかの要因があります。初号機は3万円ちょっとで買える端末でしたが、そこから5年、6年と続け、真ん中を進めていくために必要なことをやると、価格のポイントも少しずつ上がってきます。真ん中の価格が上がり、そこに合わせているというのが1つです。もう1つは、昨今の経済状況で、おっしゃっているように、円安などの影響も少なからずあります。
小林氏 マーケットサイドからは、2つのトレンドの変化がありました。1つ目が19年の電気通信事業法改正で、これによってスマホの売り方が大幅に変わりました。一気に高いものが売れにくくなったこともあり、真ん中の中心点が少しずつ動き始めました。その後、キャリアの残価設定型プログラムが始まり、ある程度長い間端末を使ったあと、お返しして新しいものを買うという販売形態になり、また中心点が動きました。初代senseが出た17年と比べると、中心の位置が動いているということはあります。
●AQUOS sense7 plusはオープンマーケット向けには投入しない?
―― AQUOS sense7の上位モデルとして、AQUOS sense7 plusがありますが、どういう経緯で企画された端末なのでしょうか。
清水氏 sense7はど真ん中というお話をしましたが、plusがつく端末はいつも1つチャレンジをしています。今回、そのチャレンジになるのが動画視聴です。なぜ動画かというと、スマホを買い替えたとき、もっと楽しみたいというニーズがあるからです。その最たるものは最初にお話ししたカメラですが、もう1つが動画だと考えています。
―― 具体的に、どういったplusをしたのでしょうか。
清水氏 こだわったのは画面表示と音です。黒挿入を含めた240Hzの高速駆動ができるディスプレイを搭載した他、専用ICを積み、動画のフレームを補間することもできます。最大で5倍、24fpsを120fpsまで補間します。例えばサッカーだと、カメラを振ることが多いですが、その際のガクガクした動きが黒挿入とフレーム補間ではっきり見えるようになります。
もう1つの音は、ステレオスピーカーにするのは当然として、ボックス構造で2つのスピーカーが干渉しないよう中で空間を切り、臨場感のあるサウンドにしています。それ以外の機能は、AQUOS sense7と共通です。
―― 今回、plusはソフトバンク限定です。オープンマーケット版の予定はないのでしょうか。
小林氏 今のところ、予定はしていません。AQUOS sense7 plusは、ソフトバンクが戦略的に扱う商品としてご提案しています。ソフトバンクも、戦略的な商品を開拓したいという意思をお持ちでした。AQUOS sense7はいい商品なので悩まれていましたが、もう少しアクティブに使うお客さまに持っていただきたいということもあり、こちらになりました。AQUOS sense7は中心点ですが、もっともっと使ってもらう方向にシフトしている状況においては、動画をどうやって見てもらえるかが重要です。その思惑は、ソフトバンクと一致しています。
●取材を終えて:ミッドレンジにもシャープらしさが波及してAQUOS Rへの注目度も上がるか
ど真ん中を求めてきたAQUOS senseだが、インタビューにもあったように、その中心点は徐々に上にシフトしているようだ。確かに、最近はミドルレンジモデルのカメラ機能も、以前より向上している。AQUOS senseといえども、カメラには力を入れなければならないというわけだ。その際に生きてくるのが、フラグシップモデル開発のノウハウだ。シャープはAQUOS R6に1型センサーを採用するとともに、ライカと協業。画質を大きく底上げすることに成功した。この技術の一部を落とし込んだのが、AQUOS sense7になる。
あわせて、デザインもAQUOS Rシリーズとそろえることで、“AQUOSとしての一体感”が出るようになった。かつてのAQUOS senseは、AQUOS Rとは別路線の端末だったが、これだとイメージが分散してしまいかねない。デザインをそろえることで、AQUOS Rの購入を断念したユーザーをAQUOS senseで受け止められるのと同時に、より高機能な端末が欲しいユーザーがAQUOS Rに目を向ける可能性も出てくる。フラグシップモデルでシャープらしさを出せた効果が、AQUOS senseにも波及し始めているといえそうだ。
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