
みなさん、「スワッピング」をご存知ですか? 夫婦や恋人が複数組でそれぞれのパートナーを交換して性行為をすることです。ある日、女友達から「相手を交換してみない?って夫に言われたんだけど、どう思う?」と聞かれた森さん。今回は、新型コロナウイルスによってあぶり出される不倫関係のお話です。
*本記事は『cakes』の連載「アラフィフ作家の迷走性(生)活」にて2020年6月27日に公開されたものに一部小見出しなどを改稿し掲載しています。
世の中の規律がじょじょに普通に戻りつつある今、しかしいったんコロナ禍にハマった私達(今もコロナ禍ではあるが)の基準は、以前とはどこか異なっている。仕事柄、私はビフォーコロナから在宅勤務が主で、ひとりでコツコツ仕事するのはさほど苦ではない。されど、会社勤めを何年も経験している人がいきなり軟禁状態になるのは耐え難いと見え、縁遠くなっていた友人知人から連絡が入るようになった。
え、それってコロナスワッピング?私としては単純によろこんでいたのだが、雑談というよりは愚痴を聞いたり相談されたりが多い。おそらく、既婚者だが子供はおらず会社員でもない、自宅での自由時間が多い(一応仕事しているのだが…)といった私の立場が吐き出し口としてちょうどいいのだろう。
コロナ離婚だコロナDVだ、と物騒な話題ばかりが際立っているが、私が久方ぶりの友人にLINEで告白されたのが、
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「相手を交換してみない? って夫に言われたんだけど、どう思う?」
である。え、それってコロナスワッピング?
友人夫婦は結婚して20余年。大なり小なり危機はあったが、夫婦で乗り越えここまでやってきた。ふたりの子供もめでたく社会人になって、肩の荷が下りた。セックスレスの時期もありつつ、最近夫婦ふたり暮らしになったことでお互いが歩み寄り、そういう雰囲気になってきたのだという。
「へー、いいじゃん。でもなんで、いきなりスワッピングなわけ」
と掘り下げてみた。スワッピング、という単語が刺激的だったのか、友人からはしばらく返信がこなかった。スマホの向こう側で躊躇してるんだろうなと思い、辛抱強く待った。数分後、長文LINEがきた。かいつまんで言うと、こうだ。
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友人、まどろっこしいのでR子とする、R子夫婦には、夫の元同僚であり家族ぐるみで付き合ってきたSさん夫婦がいる。共に同世代でのアラフィフ、子供の年齢も近く、手が離れた時期も似ていた。セックスレスからのセックス復活の時期もほほ同じらしく、しかしここにきてSさん夫婦は「誰かほかの人とやってみたい。もしくは3Pとか4Pとか」などと話し合うようになったというのだ。そこへやってきたのが、コロナウイルスである。つまり、不特定多数の人とやれなくなってしまった。さあ、どうする?
スワッピングしたがる男性の本音「そうか。知り合い同士ならリスクは少ない、って結論なわけね」
と私は返信した。
「ええ。Sさん夫婦もリモートワークだし、ほぼ100%感染していないと思う。勿論うちもね。場所も、お互いの自宅を行ったり来たりすればいいわけでしょう」
「まあ、そうだけど。でもセックスレス解消からのスワッピングって、なかなか激しいね」
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「だって、私達いつ死ぬかわからないじゃない? これから夫以外の人とやれる機会がおとずれるとも思えない」
「逆はいやじゃないの? ご主人がR子以外の女性とやるのは。そっちが目的で応じようとしたのかも」
スワッピングは、だいたいが男性側の希望だと聞く。一般論かもしれないが、男性は多くの土壌に種をまきたい生き物で、それは性というか習性なのだからしかたない。通常は理性で押しとどめているだろうが、本音はきっとたくさんの魅力的な女性と交わりたいだろう。片や女性は、有能な遺伝子を残すべく相手を吟味するのだ。それがたとえ無意識でも、男性を選んでいる。だから、まあ、誰彼かまわずやっているのではない(と思う)。
「最初は、男ってしょうもないなってあきれたけど。でも、よくよく考えたら、夫公認で浮気ができるってわけなのよ」
「浮気? え、R子まさか」
「そうなの。私、実はSさんと……」
……、で濁すな! とスマホに向かって怒鳴りたくなった私だが、冷静に問いただすと、なんでも10年前に数回、R子とS氏は関係があったというのだ。
すべてはタイミングのいたずら「あの頃、夫も多忙だし、子供達は反抗期だし、私、随分と悩んでいて」
とR子は弁解するが、不倫する人はだいたいが弁解する。あれはしかたのないこと、と自分を庇護するのだ。まあでも、すべてのタイミングがしかたのないこと、なので本当にしかたがない。
「それでS氏に相談したんだ」
「うん。Sさんも転職したばかりで、悩んでいたのよ」
なるほど。転職してR子のご主人と同僚でなくなったから、都合がよかったのか。
「からのー、10年後のコロナスワッピングかよ」
S氏もなかなかの策士というか、確信犯ではないか。
「うん、だから、私コロナに感謝しているの」
感謝しているの、じゃないよ、まったく。あきれ半分で、私はLINEを終了した。
アラフィフになって、性的に夫ないし妻に惚れ直すのは容易ではない。肉体的には衰えを隠せず、酸いも甘いも知った間柄といえば聞こえはいいけれど、秘めたものが明らかになる、もしくは、その人を失くしそうになる(亡くしそうになる)危機感でもない限り、初々しい愛おしさ、みたいなものは復活しないかもしれない。人間的には強固な絆で結ばれていても、セクシャルな行為からは遠ざかる、というか、超越してしまう。
R子の中では、10年前に起こったS氏とのささやかな不倫が凍結され、輝かしいものとして残っている。S氏の中でも、そうなのかもしれない。R子にとってS氏が、S氏にとってR子が、唯一無二の存在、とは正直思い難い。すべてはタイミングのいたずらで、特定の人じゃなくても、過ごした時間そのものは光っていたと思う。たまたまR子であり、S氏であっただけなのだ。
あの頃のときめきなんてこれっぽっちもないだろうにR子は、不倫している自分(しかたのないことに巻き込まれた自分、一時の愛欲に翻弄された自分)しか見えていなかっただろうし、S氏には、元同僚の妻に手をだしてしまった自分(思い悩む人妻を救済している自分、妻にはできない行為に溺れている自分)しか見えていない。自分勝手な者同士がうまく融合しているのが、不倫たる不倫だ。R子もS氏も、まったく離婚を視野に入れていないのだもの。それがお互い、空気でわかっているのだもの。ある意味で正しい不倫だ。
10年前よりも、R子もS氏も老けているだろうし、あの頃のときめきなんてこれっぽっちもないだろう。それでもまたR子に会いたい、やりたいと切望したS氏は、過去の自分(働き盛りだった自分、あっちの方も誇れた自分)を再び見つめてみたいと思ったのかもしれない。R子を通して、可能性を見出そうとしたのかもしれない。10年後の熟しきったR子の姿など、たぶん目に入らない(老眼も進んでいるだろうしね)。S氏にとっては、美しい思い出の中のR子なのだろう。同僚や友人の妻を奪い、乱れさせるというのに優越感を覚える男性って多いのだな。なぜか。
気の毒なのは、R子のご主人とS氏の奥様なのだが、これを機にそっちがリアルに不倫沼に落ちるのもありなのかな、と思ったりする。あるいはもともとR子のご主人とS氏の奥様がデキていた、とか。
R子と私は、それこそ10年以上は会っていない。SNSで見る写真では、貞淑な妻、という言葉がぴったりで、結婚20年にしてその雰囲気は変わらない。こんな話を暴露されてしまうと、貞淑って何だよ? とか、リアル昼顔? とか、ひとりで悶々としてしまう。
ある意味で、R子もS氏もコロナウイルスの被害者だ。コロナウイルスってヤツは、人々の生活や心を、こんなにもあぶり出してしまうのだ。