鈴木邦男さん 愛国とは何か、人間とは何かを問い続けた鈴木邦男さんが亡くなった。思想や信条を超え、左右両派の言論人と交流する「現場」の人だった。
最初にお会いしたのは2018年2月。拙著『新聞記者』を読んだ鈴木さんから対談を申し込まれた。「武闘派から新右翼に転じた論客」と聞いていたので、おっかない人を想像していた。
【写真】民族派右翼「一水会」代表の木村三浩氏 現れたのは、拍子抜けするほどソフトな空気をまとったおじさん。「あなたの本には、人間がいかに生きるべきかが書かれている」と評価してくれた。
この対談の少し前に放送された、NHKスペシャル「未解決事件File.06<赤報隊事件>」のなかで、鈴木さんは実行犯とおぼしき男から電話がかかってきたと語っていた。事件では警察が重要参考人として約7千人をリストアップ。右翼9人も含まれ、そのトップが鈴木さんだった。
何か接点があったのだろうか。さすがに怒られるだろうかと数秒迷ったが、やっぱり聞いた。
「赤報隊事件の犯人をご存じなんですか?」
「僕のところに電話してきたのは、実行犯だと思いますね」。穏やかなまま答える鈴木さん。
根拠をたずねると、「口調が堂々としていた。後から分かったことですが、その男がしゃべった次の犯行予告が、ことごとく実際に起きたんです」「右翼が犯人だったら名乗って手柄にしないと意味がない。だから右翼じゃないと思う」。
笑顔を絶やさず、若輩者の私の話にも興味を欠かさず、聞き上手だった。懐の深さがあった。
話の流れから、ネット右翼の話に。「反日」のレッテル貼りの危うさを批判した。「『憲法改正』とか『反日』とか、彼らがデモで掲げる内容は、みんな赤報隊が言ってたこと。ろくでもない。『赤報隊化する日本』だなぁ」。自著タイトルになぞらえて笑った。なお、赤報隊事件での警察のリストには、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の信者二十数人も入っていた。昨夏の安倍晋三元首相銃撃事件では、宗教2世の男が殺人容疑で逮捕された。ここ数年、体調を崩して言論活動から遠ざかっていた鈴木さんだが、もしお元気だったら、さぞ深い論考を残しただろう。残念でならない。
鈴木さんは柔軟なのに、芯が通っていた。購読紙はずっと産経だけだったが、「情報によって人間が変わるなんてあまりない。だから産経を読んでいても、私のようにリベラルになるんです」。
憲法に対する考えも明確だった。産経新聞が創刊80周年にあわせて提言した「新憲法」の前文で、国家の目標を「独立自存の道義国家」と書いたことに、「国家がそんなことを決めるんだったら、共産主義や社会主義を批判できない」と指摘していた。
安倍元首相の改憲論にも、9条改正にも反対だった。「改正論議で、人権問題を強調しようという人が誰もいない。国家の力を強くしろ、北朝鮮を許すな、核武装しろ、徴兵しろ、みたいな方向ばかり。人間そのものの自由や平等をないがしろにしては危ない」という理由からだ。
排外的で自慰的な「愛国」こそ、日本の良さを失わせる。時代が極端な方向に流れるいまこそ、愛国の本質が問われる。(望月衣塑子)
※週刊朝日 2023年2月17日号