ウクライナ戦争は「惑星全体の環境の危機」 ジャーナリスト・国谷裕子と経済思想家・斎藤幸平が語る緊急事態

1

2023年03月20日 07:00  AERA dot.

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

AERA dot.

攻勢をかけるロシア軍に破壊された、ウクライナ東部ドネツク州バフムートの街(ロイター/アフロ)
 ジャーナリストの国谷裕子さんと経済思想家の斎藤幸平さん。環境問題に詳しい2人が、ウクライナ戦争を気候危機の視点から読み解いた。戦いが長期化する中で、私たちはいま何をするべきなのか──。AERA 2023年3月20日号の記事を紹介する。


【写真】バフムートで戦死した息子の墓の前で涙を流す77歳の女性*  *  *


国谷:世界の分断についても、ウクライナ戦争前までは世界共通の気候危機に一緒に立ち向かうことが協調への「窓」の役割を果たしていたと思うんです。プーチン大統領も21年に「60年までにカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること)をめざす」と宣言しました。森林などによる吸収量を差し引いた温室効果ガスをということで、どこまで本当の意味での脱炭素になるか疑問ではありましたが、一応協調の姿勢は見せていたわけです。それが今回の侵攻で世界に敵対する行動を起こし、他の国も巻き込む形で「気候危機解決に向けての国際協調」が後退するのではないかという懸念があります。


 一方で、ロシアからの天然ガスや化石燃料への依存が非常に大きかった欧州ではエネルギー安全保障の課題、つまり自分たちの脆弱(ぜいじゃく)性が浮き彫りになり、ロシアからの依存脱却、再エネ拡大が一大目標になっています。


 ロシア産の化石燃料依存からの脱却計画「リパワーEU」では最終エネルギー消費における再エネの比率目標を全体の40%から45%に上げました。また、ロシアからガスを送る海底パイプライン「ノルドストリーム」に頼っていたドイツも30年までに電力消費の8割を再エネにして、35年には100%近くにするという目標を発表しました。IEA(国際エネルギー機関)も「ウクライナ戦争後、前例のない再エネ化の加速が起きている」とリポートしています。


 ただ、「慢性的な緊急事態」が続くことによって、それぞれの国が目の前のことに振り回されて短期的な思考が強まり、未来への選択肢に向けた議論を深めないという弊害も出ているとの懸念もあるのですが。


斎藤:本当にそう思います。再エネを増やしてエネルギー自給率を高めていこうという方向性と、相反する方向性が出てきています。世界的なエネルギー危機に対応するため、各国が化石燃料への補助金を積み増しているんです。エクソンモービルなど石油メジャーは過去最高の利益を上げるようになりウハウハというのが現状です。また、中東は、このウクライナ危機を「使って」増産にも応じず、自分たちの影響力を高めようとしています。


 例えば、ドイツはカタールと15年の天然ガス供給の契約を結びました。そうやって存在感を増している中東の国も、欧米の基準で言えば、非民主的な独裁国家です。これはダブルスタンダードではないのでしょうか。



 そして、今年の国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)第28回締約国会議(COP28)の議長国はアラブ首長国連邦になりました。脱炭素化の国際会議さえも、産油国に乗っ取られている現状は、これまでの脱炭素化のやり方が根本的に間違っていることを示唆しているように思えるのです。


 また、国谷さんがおっしゃった急速な再エネ化の動きも、私はそれがまた新たな格差や分断を生むことを危惧しています。ドイツはロシア以外の国から天然ガスを買える。でもその結果、天然ガスの価格はどんどん上がり、グローバルサウス(主に南半球にある南アメリカやアフリカなどの新興国や発展途上国)の国々は買えなくなってしまいます。そうなるとロシアなどからの石炭に回帰せざるを得なくなる。でも、その石炭の価格さえも上がり始めているので、結局、ドイツは自分たちの生活を維持したまま、自分たちの掲げた脱炭素目標を達成するために他の貧しい国の人たちを踏みにじっていくことになる。これまた、グローバルサウスの人たちからすれば「何なんだ?」という気持ちをますます高めることになるでしょう。


■ロシアと敵対できない、実はグローバルノース側


 生きていくためには、ロシアと敵対することはできない。そんな構造を作っているのは、実はグローバルノース(主に北半球にある先進国)の側なのではないか。そこで連帯もできないようでは、世界が「気候変動対策で脱炭素を」と言うことも難しいのではないか。むしろこのままだと、先進国が脱炭素に向けた自分たちの目標を達成するために、土地を収奪したり資源を独占したりする傾向が強まり、資金力で対抗できないグローバルサウスの国々から「彼らの言う『脱炭素』なんて地球のためと言いつつ、資源を奪っていくだけの新しい形の帝国主義戦略じゃないか」というふうにますます信頼を失っていく。


 だからこそ私は『人新世の「資本論」』で「脱成長」という言葉をあえて使いました。先進国の側が成長ありきの方向性や過剰な大量生産・大量消費を抑制していくライフスタイルを示していく形でしか、グローバルサウスからの信頼を取り戻す説得力を持ちえないのではないかと思うんです。


国谷:そこは私が取材しているSDGs(持続可能な開発目標)の実現においても一番難しいところです。デカップリング(一定の経済成長や便利さを維持しつつも、エネルギー消費を減らしていく、すなわち両者を切り離す)を可能にしていくためにはどうすればいいのか、議論が続いています。



斎藤:SDGsに関しては、私は「大衆のアヘンだ」と指摘していて。


国谷:はい、強烈なキャッチコピーとして独り歩きしている感があり、私としては大変迷惑しております(笑)。


斎藤:(笑)。「言い過ぎではないか」という声もあります。私はSDGsの理念自体にはすごく共感します。ただ、日本ではSDGsがブーム化してしまい、もともとグローバルサウス主導で出てきた理念であるにもかかわらず、いまの日本ではグローバルノースである私たちに都合の良いお題目になっているところに違和感があるんです。


 本来、SDGsで問われているものとは自分たちが行ってきたことに対する深い反省であり、そのうえでこの地球の富をどうしたらもっとシェアできるか、環境をはじめ人権や平和も含めて、どんな新しい社会を作っていけるかだと思うのですが、なかなかそうなっていない。むしろ、資本主義をドライブさせるもうけの道具になっている。


国谷:日本はSDGsの認知度が8割を超える稀有(けう)な国です。ただ、たとえば企業にしても、自分たちはこういうSDGsに資する活動をしていますと言いながら、一方でSDGsに合わない部分については目をつぶるという傾向はまだまだあります。自分たちが得意なところだけを声高に宣伝するのではなく、「ここはやってはいけない」というところにこそ誠実に向き合わないといけないとは思います。


 ただ私は、SDGsは「変革をもたらすツール」として有効だと考えています。先日、国連総会議長のチャバ・コロシさんと対話をしたのですが、さまざまな規制やルールの中にSDGsの目標と矛盾するものが多く、早急にこうしたルールを変えるべきとして、いま国連では10を超える交渉や検討が行われていると話していました。たとえば今後訪れる水危機や、地球環境を汚染しているプラスチック問題について、パリ協定で作られた「温暖化の1.5度目標」にあたるようなルールや、法的拘束力のある規制を作ろうとする動きがあると。このままでは危機に直面するとして設定されたSDGsの目標に矛盾するルールと規制は変革していかなければなりません。私はSDGsをさまざまな変革のための武器にしてほしいなと思いますね。


■これまでのやり方なら文明も平和も不安定化


斎藤:私もそこは同感です。ぜひ武器にしてほしいです。飾りではなく。


国谷:「30年までに」というSDGsの目標達成はコロナパンデミックやウクライナ戦争で厳しい状況です。SDGsが国連で採択された15年以前の状態に戻ってしまったものもある。これまでのやり方を続けていたら地球環境も、私たちが作ってきた文明も平和もますます不安定化していくという認識を、すべての人たちが共有しなければならないと思います。


 15年に1.5度目標を定めたパリ協定もSDGsも、目標はともに「30年までに」。いまがちょうど折り返し地点です。そういった喫緊の課題があるのに、侵略などしている場合かとプーチンに叫びたい気持ちです。


 ただ、この戦争で資源価格が上がったり、サプライチェーン(供給網)の混乱で食料が高くなったりで「食料安全保障もエネルギー安全保障も簡単にいまのあり方で確保されるものではない」ことに私たちが気づく「目覚ましコール」にはなったのかなと思います。


 戦争が人の命を奪い、人権を踏みにじるものであることはもちろんですが、ウクライナ戦争は「気候変動を何とかしなければ」と叫ばれる状況で起きたことで、「戦争とは人命のみならず地球そのものを破壊する行為である」ことを深く考えさせる初めての戦争になっているとも思います。


斎藤:ロシアとウクライナにおける限定的な戦争であるにもかかわらず、グローバル資本主義の下でさまざまなものがつながり、影響も地球全体に及んでいく。そのことを実感します。世界全体の社会的な弱者にとっての死活問題ですし、この惑星全体の環境にとっての危機になってしまったこの戦争をとにかく一刻も早く、私たちが終結させられるかどうか。突きつけられているのは本当に逼迫(ひっぱく)した緊急の課題です。


(構成/編集部・小長光哲郎)


※AERA 2023年3月20日号より抜粋


このニュースに関するつぶやき

  • 地球と言う大きな問題の前では全ては些細なこととでも言いたげだな。全体の中の一つでも一つからしたら全てなんよ。
    • イイネ!0
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(1件)

前日のランキングへ

ニュース設定