「価値観を押し付けず、結果は問わない」チーム打撃を飛躍的に向上させたオリックス・高橋信二コーチの矜持

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2023年03月21日 07:14  ベースボールキング

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試合前、選手に声を掛ける高橋信二打撃コーチ [写真=北野正樹]
◆ 猛牛ストーリー【第65回:高橋信二打撃コーチ】

 2023年シーズンにリーグ3連覇、2年連続の日本一を目指すオリックス。監督、コーチ、選手、スタッフらの思いを、「猛牛ストーリー」として随時紹介していきます。

 第65回は、2軍担当の高橋信二打撃コーチ(44)です。日本ハムの1軍打撃コーチから昨季、現役を引退した2014年以来、8年ぶりにオリックスに復帰。シーズン途中で1軍担当に配置換えになった小谷野栄一コーチとともに2軍担当の打撃コーチとして、チーム打率を3分2厘引き上げ、本塁打は30本も増やしました。「選手の潜在能力を引き出しただけ。選手が頑張ったのです」と控え目ですが、20歳も年の離れた選手らから「信二さん」と呼ばれ、頼れるコーチの一人です。


◆ 「7度の失敗をどのように成功に変えていくか」

「練習の内容はすごくよかったよ。今日の試合の結果が悪くても全然構わないよ」


 3月18日の2軍の本拠地、杉本商事BS舞洲でのプロアマ交流戦、関西大学戦の試合前、高橋コーチがドラフト4位の新人、杉澤龍(東北福祉大)に笑顔で声を掛けた。

 この言葉に、高橋コーチの指導ポリシーが凝縮されている。

「プロでは結果が大事なのですが、育成が重視される2軍ではプロセスを大事にすることが大事。目の前の結果だけにとらわれることはないよ、と言い続けています」

 就任1年目に挙げた目標は、前年.216にとどまったチーム打率を、最低.250に引き上げることだった。

 2軍は育成の場であり、1軍の勝利に貢献する選手を送り出す教育の場でもある。チーム全体として具体的な数字目標を立てるのは難しいが、全体のレベルアップのためにも打率アップは急務だった。

 それでも、個人ならまだしも、チーム全体で3分4厘も打率を上げるのは至難の業。高橋コーチが取り組んだのは、安打の数ではなく、三振と四球に着目することだった。

「安打の数を増やすのは、なかなか難しい。3割打者でも7度は失敗するのですから、凡打の質を高めることを考えました。7度の失敗をどのように成功に変えていくか。そのために三振の数を減らし、四球の数を増やすことをテーマにしました」

 その結果、三振は819から768に減少。四球は332から125増の457に。試合数は11増えただけなのに、安打も764から1001に急増。本塁打は30本増の54本まで増え、打率を.248まで上げることが出来た。


◆ 「こちらの気持ちをストレートに伝えるのが基本」

 津山工業高校(岡山県津山市)から1997年にドラフト7位で日本ハムに捕手として入団。7年目に105試合に出場し12本塁打を放ち、9年目の2004年には26本塁打を放ったスラッガー。

 ケガや死球禍などもあり、長距離砲の強打者から状況に応じて打ち分ける巧打者に。09年には交流戦主打者に輝き、打率.309をマークし、巨人やオリックスでも勝負強い打者として活躍した。

 自身の経験を指導に生かしているのかと思ったら、「自分の引き出しには入っていますが、それを押し付けたりはしません」

 指導の際に心掛けているのは「より具体的で明確に、そして分かりやすく簡潔に、を意識しています」という。


 打席に臨む選手には、2つのやり方を用意する。

「どちらを選ぶかは選手次第です。『こうしなさい』ではなく、選手本人がどちらを選ぶのか、背中を押してあげる作業です。ここはどのようなケースが多いが、思い切っていくのか、違う方法でいくのかをはっきりとさせてあげるんです。自分で確率が高いと思う方を選べるように、勇気を持たせてあげるのが仕事です。アドバイスはしません。自分の価値観を押し付けることになります」

 打席を待つ短い時間に「どっちを取る?」「こっちでいきます」「よし、それでいってこい」という会話が交わされているのだという。

 もちろん、どちらを選択しても結果は問わない。

「本人が決めたことを認めてあげる。ダメだと否定することは絶対にありません。結果がダメだったからといって否定すれば、選手のやる気は起きないし、どうしていいのか分からなくなり、バットが振れなくなってしまいます。次に同じシチュエーションが来た場合にも同じ方法を選ぶのか、チャレンジをするのかを自分で考えれば、失敗してもマイナス思考にはなりませんから」

 そうしたことの繰り返しで、選手との信頼関係も築けるのだ。

「選手も、最初はこのおじさん、何を言っているのだろうと思っていたかもしれません。でも、こちらの気持ちをストレートに伝えるのが基本です。そこに嘘や偽りがあってはなりません。そこは大事にしてきた部分です」

「選手に本音を言ってもらいたいのです。コーチに気を遣ったり、怒られたくないという言葉はいらないんです。手を差し伸べることが出来なくなりますから」


◆ 打撃投手で若手選手と“会話”

 昨季、三振を61も減らし、打率を.138から.239に上げた元謙太は高橋コーチについて「修正の仕方が分からなくなると、信二さん(高橋コーチ)に聞きにいくんですが、背中を後押しするような答えが返ってきます。決めつけてくることはなく、いろんな引き出しを増やしてもらっています。結果以上に、1球1球のスイングなど内容を見て下さっていますから、どれだけ打席で自分のスイングが出来るかだけを考えることが出来ます」と感謝する。

 佐野如一は「選手一人ひとりに合った練習方法などをアドバイスしてくださいます。悩んだ時にも相談しやすく、普段からよく見てもらっているのですごく頼れる存在です。相手投手にどのようなアプローチをしたらいいのか考えさせくれ、迷いなく打席に入れます」という。

 元は、試合前などに高橋コーチのホームランシーンをまとめたYouTubeの「高橋信二 2004年全26ホームラン集」を観てイメージトレーニングにするのをルーティーンにしているという。

 高橋コーチの“勤務時間”は長い。試合を終えた選手の多くが着替えることなく、合宿所に隣接した室内練習場で打撃マシンに向かう。それを見守る高橋コーチの姿が遅くまである。

 大切にしているのが、打撃投手として登板するマウンド。

「打者と“会話”が出来るのが打撃投手なんです。調子の良し悪しも分かりますし、『ホームランを打ってみろ』と言って投げ込んで打者の反応を楽しんでいます。調子が悪い時に、眉間にしわを寄せて練習してもダメ。楽しくやらないと」


◆ 「今季のチーム打率の目標は.270」

 私生活では、五感を意識することに取り組んでいる。

「仕事に追われ、今を分析して悪いところを見つけるだけでなく、自分の感覚を大事にするようなトレーニングをしています。プロ野球の世界だけでは狭くなってしまう視野を広げながら、五感を大事にしています。人を教える前に、まず自分の人間力に気付こうと思って」

 昨年末、先祖の墓参で帰省したが、故郷・津山の良さを再認識したという。

 小、中学校や高校までの通学路をトレーニングを兼ねて走ったが、これまでと景色が違って見えたそうだ。

「城下町で、市内には古い建物がたくさん残り、古民家をホテルに改装したりもしています。自然が豊かで建物にも風情があります。食べ物もおいしくて人柄もいいんです。新鮮で故郷の見方が変わりましたね。視野を広げることはすごく大事だと感じました。視点を変えれば視野も広がる。若い選手にも野球だけでなく、視野を広げてほしいですね」と願う。

「今季のチーム打率の目標は.270。とんでもない数字ですが目指します。来田涼斗、元謙太、池田陵真に新人の茶野篤政、内藤鵬、杉澤龍らにオリックスの将来を担う選手になってもらいたいですね」

 長女のたかはしまおさんは、吉本興業発のガールズレビューカンパニー「少女歌劇団ミモザーヌ」の1期生。「音楽関係で頑張っています」と目を細める。

「現役時代から、開幕時に行事はありません。2月1日から準備はしていますから。特別に構えると緊張しちゃうでしょ」

「長くプロで活躍し、ユニホームを脱いでからの人生でも活躍する選手になってほしい。そのためにも、最後まで一生懸命にやる選手を育てたいですね」

 オリックスの2023年ウエスタン・リーグは21日から本拠地で中日を迎えて開幕する。


取材・文=北野正樹(きたの・まさき)

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