あのひとの二足のわらじ 第5回 声優と東大生・佐々木望(中編その2/全7回)〜『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』に馳せる想い

○ハサウェイは今も2つの世界に1人ずついると


──先ほどお話のあった亜久津やヨハンは、発声方法を変えてから出会った役でした。一方で、発声方法を変える前に演じる役を今でも演じる機会があると思います。例えば『カードキャプターさくら』の柊沢エリオル。また、『幽☆遊☆白書』の浦飯幽助もゲームコラボなどで新規ボイスを収録されることがあると思います。



そうですね。幽助もエリオルも、こんなに長い付き合いができて本当にうれしいです。人生、彼らと一緒に自分も成長してきたように思っています。あ、彼らは歳を取らないでしょうけどね(笑)。



──なかなか以前の声を出しづらいとは思うのですが、その中でも意識されていることはありますか?



以前の自分の声にある程度近づけようとはします。でも、昔の自分の声マネをするというふうにはならないようにしたいと思っています。演技者としては、演じること、その役として生きることが第一だと思っていますので、当時の声と演技に気持ちとして寄り添ったうえで、今の演技をしようとしています。最も考えないといけないことは、数十年前の自分の声に外側から似せることではなくて、今この瞬間に、そのキャラクターとして生きることだと思うんです。とはいえ、それは私の考え方に過ぎないので、作品やキャラクターを愛してくださっているファンの方々から「当時と声が違う」と言われると心苦しさも感じます。その方々に申し訳ないなって思うんです。難しいジレンマですよね。



──2021年に公開された『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』でハサウェイ役が変更となりましたが、それを佐々木さんとしてはスッと受け入れられた?



それは……当然、演じたかったですよ(笑)。ハサウェイも、ゲームなども含めて長い付き合いをしてきたキャラクターですから。でも、『逆襲のシャア』と『閃光のハサウェイ』は違う作品なので、声優の変更というよりは作品によって声優が違うということで、逆シャア（『逆襲のシャア』）のハサウェイは今後も佐々木のままで変わらないというお話でした。だから、私としても、今回別の方が演じられたからもう自分の中でハサウェイがいなくなったとか終わったとかは思ってなくて、ハサウェイは今も2つの世界に1人ずついると思っているんです。

○寄り添いたいと思いました



──以前、ゲームで佐々木さんの『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』時のハサウェイの声を聞いたことがあるんです。痺れました。あの感動は今も忘れられません。劇場版は拝見して大変面白かったですし、こんなのハサウェイじゃないとも思いませんでした。ただ、最初にハサウェイ役が変更になると聞いたときはやっぱり衝撃を受けました。



ありがとうございます! ゲームのハサウェイは私もとても印象深いんです。お褒めいただいてうれしいです。キャストを変更するというお話をうかがったとき、正直なところ大変寂しさを感じたんですが、同時に、長くハサウェイを見てきてくださったファンの方々のことを考えましたし、「佐々木はもう演じられなくなったんだ」「この作品にスケジュールを空けてくれなかったんだ」「演じたい意欲がもうそれほどないんだ」のように思われたら、と。



私がハサウェイよりも他の何かを優先して断ったんだともし思われたら、長年ハサウェイを愛してきてくださった方々はどんなに寂しく思うだろう、声優に裏切られたような気持ちになるんじゃないかと思ったんです。大きな作品だけに、そのような憶測が色々と出て混乱を招く可能性があると考えました。それは作品にとっても現役の声優である自分にとっても良いことではないですし、何より、ハサウェイのファンの方々のお気持ちを考えると、そういった内容の憶測が飛び交うことは避けたいと思いました。



──当時、佐々木さんは「ハサウェイ役は自分じゃないの!?」と驚きのツイートをされていましたが、どういうお気持ちからだったのでしょう?



はい。キャスト発表の直前に、私の公式Twitterで、「やる気満々ですよ。えっでもハサウェイは自分じゃないの!?」と呟きました。だいぶふざけた感じに書いたので、おそらくツイートの真意は見えにくかったと思います。


最初、キャスト発表はお客様を集めてのイベントの舞台上で行われるとうかがったので、会場に行かれてその場でショックを受ける方々がいらっしゃるのではないかと心配になりました。それで、制作に口を出すようで心苦しくはありましたが、イベントのせめて少し前にでも、声優が変更になることを告知していただけませんかとお願いしたんです。キャストが変わるというニュースが出た時には、イベントは配信形式になることに決まっていましたが、それでもキャスト発表の当日までファンの方の間で混乱が続く可能性があると思いました。私が発言する機会は公式にはありませんが、先程お話したように、私の思いをハサウェイのファンの方にお伝えしておかなければと考えた末のツイートでした。



──それが、あのツイートの真意だったと。



それと、劇場版の制作が発表されてからずっと、ファンの方や業界内の方から、手紙でも対面でも「佐々木さん、劇場版楽しみにしていますね」という声をとても沢山頂いていたんです。キャストの変更をうかがった時、「ああ……」と思わず天を仰ぎました。それと同時にその方々のお顔が目に浮かびました。気持ちとして、私はその方々に寄り添うべきだし、寄り添いたいと思いました。ただ、立場的には微妙で難しく、サプライズイベントという趣旨の妨害になってもいけないしで、奥歯に物が挟まったようなツイートになってしまいました。



あれでよかったのか、余計なことをしてしまったのか、今も自信はありません。キャストの変更を歓迎される方も当然いらっしゃるでしょうから、私の言葉でかえって嫌な思いをされた方もいらっしゃったかもしれません。とても迷ったんですが、それまでハサウェイを愛してくださった方々に対して、私もハサウェイを愛していることをお伝えしておきたいと思ったんです。それがツイートをした理由です。ただ、私が公的に勝手な発言をすることはできませんから、作品の責任あるお立場の方にあらかじめお話をして、一連のツイートについては内容を全部事前に確認していただいた上で許可をいただいています。


──佐々木さんの口から直接ハサウェイや作品への想いを聞けて、嬉しいです。劇場版『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』では、ハサウェイではなく、ヒューゲスト役として出演されていますね。



はい、映画の本編ではヒューゲストという新しい役を、またBlu-rayの特典CDでは小説版『閃光のハサウェイ』の朗読をさせていただきました。原作の小説を朗読させていただいたことで、これまで分断的に演じてきたハサウェイの人生が、ある意味で貫通した形で自分の中に構築されたようにも感じています。こうした機会をいただけたことに心から感謝しているんです。一方でヒューゲスト役は、「ハサウェイ・ノアくん」とハサウェイと会話したりしてだいぶ頭と気持ちが混乱しましたが(笑)、『逆襲のシャア』やゲームでのハサウェイとはまた違った声と演技をお聞かせできたと思います。



ただ、「この声だとやっぱりハサウェイは無理だったね」と言われるのは、ちょっと心外ですけどね。私たち声優は役によって声と演技を変えているんだと、ここで是非お伝えしておきたいです(笑)!



技術を身に着けたことで、役への向き合い方にも変化が訪れた佐々木。後編では、声優の仕事を続けながらも東京大学受験を決めた理由。そして、就職・転職といった新たな道へ進む人に向けたメッセージをお届けする。

○佐々木望　書き下ろし書籍情報


著者 : 佐々木 望

出版社 : KADOKAWA (2023年3月1日)

発売日 : 2023年3月1日

単行本 : 304ページ



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