
マリファナの急性効果と区別される慢性効果
薬物としての大麻、すなわちマリファナは、法律で厳しく規制されていることから、多くの人が「体に良くない」というイメージをもっていると思います。一方で、実際にマリファナを使用した場合に、体や心にどんな変化が起こるのか、どんな点が有害とみなされるのかについて、正しく理解している方は少ないのではないでしょうか。マリファナの摂取が身体や精神に及ぼす影響としては、さまざまなことが報告されていますが、一般に薬物の効果には、一回の使用で速やかに現れる「急性効果」と、繰り返し使用を続けることで現れる「慢性効果」があり、両者は成り立ちが違います。
今回は慢性効果についてわかりやすく解説します。
マリファナの長期使用で起こる、呼吸器系に対する慢性的な悪影響
マリファナの長期使用による身体的影響として、まず挙げられるのが、呼吸器系への悪影響です。マリファナは、喫煙による摂取が一般的であり、そもそも喫煙は肺に有害です。マリファナに限らず、物を燃やしたときには有害物質が発生するので、それを吸い込むと、のど、気管支などの気道や肺に良くないことは、誰でも分かるはずです。しかも、知らないで煙を吸い込むのとは違って、積極的に体に取り込もうとマリファナを吸っている人の場合、煙を長く深く吸い込みますから、より多くの有害物質に暴露されることになり、咽頭炎や気管支炎が起こりやすくなます。
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生殖機能に対する慢性的な悪影響
男性と女性がそれぞれもつ、特有の生殖機能は、脳下垂体から分泌されるホルモン(卵胞刺激ホルモン:FSH、黄体形成ホルモン:LH、プロラクチン)によって調節されていますが、マリファナには、FSH、LH、プロラクチンの分泌を抑制する作用があり、長期使用によって男性ホルモンならびに女性ホルモンの分泌低下が続けば、男性における精子数の減少や女性における月経異常を引き起こして、不妊の原因となると考えられています(NIDA Res Monogr 44: 82-96, 1984)。また、女性が妊娠中にマリファナを使用した場合には、2つの懸念があります。1つは、流産のリスクが高まることです。マリファナによってもたらされるホルモン分泌異常が、妊娠の維持を妨げるためと考えられます。もう1つには、マリファナの成分は、脂溶性が高く、胎盤を容易に通過して胎児に移行するので、母がマリファナを吸うと、お腹の赤ちゃんも同時にマリファナにさらされることになります。催奇形性や胎児毒性に関する研究データは十分ではありませんが、赤ちゃんの成長を妨げる可能性が指摘されています。
免疫機能に対する慢性的な悪影響
マリファナを長期使用すると、免疫力が低下するという指摘もあります。細菌やウイルスなどの病原体から私たちの体を守る「免疫」のしくみにおいて中心的役割を果たすのは白血球ですが、マリファナに含まれる成分には、白血球の一種である、Tリンパ球の働きを低下させる作用があると報告されています(J Neuroimmune Pharmacol 10(2): 204-216, 2015; Int Rev Neurobiol 118: 199-230, 2014)。免疫力が低下すると、感染症にかかりやすくなったり、がんの発生率が高くなる恐れがあります。
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脳や精神に対する慢性的な悪影響
マリファナの長期使用が脳の構造や機能に変化をもたらす危険性を指摘したさまざまな研究結果が報告されているものの、見解は必ずしも一致していません。また、その変化には、男性と女性で差があり、また性周期に伴うホルモンレベルの違いによっても影響されることが示されています(Curr Addict Rep 3: 323-331, 2016)。マリファナには精神毒性があると指摘されており、長期使用した場合に見られる、具体的な精神的影響については、次のように、さまざまなことが言われています。
・毎日ゴロゴロして何もやる気のない状態から脱することができなくなる。
・ちょっとしたことでも刺激されやすく、すぐに怒ったり、興奮しやすくなる。
・幻覚や妄想が現れる。
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・社会に適応できなくなる。
ただし、これらの変化は、マリファナを使用するたびに現れる急性効果の積み重ねか、それとも繰り返し使用するうちに脳や体に不可逆的な変化が起きた結果なのかは、明確ではありません。たとえば、意欲が著しく低下した状態は、「無気力症候群」とも呼ばれますが、マリファナは一回の使用でも精神抑制作用を示しますから、それが続いた結果とみなすこともできます。
また、マリファナ常用者に見られる症状を記述するだけでは、それが本当にマリファナの作用によるものとは限らないというのも解釈をややこしくしています。
そもそも、マリファナを意図的に使用しようとする人の精神状態は、マリファナを嫌う人とは違うのかもしれません。マリファナ常用者は、もともと精神障害をきたしやすいだけかもしれません。したがって、マリファナの長期使用と精神障害の関係を実証したいなら、もともと精神的に問題がない正常な人に、マリファナを長期間繰り返し吸引してもらう実験を行い、どのような変化が起こるかを客観的に解析する必要があるのです。
しかし、少しでも有害性の疑われる薬物を使ってそんな実験をやることは、人道的に許されないから、もちろん行うことができず、明確な結論が得られていないのが現状です。
なお、マリファナ常用者にみられる精神障害を総称して、「大麻精神病」という用語が用いられることがありますが、これは医学的に認められた正式な疾患名ではありません。米国精神医学会が作成し、国際的に広く用いられている精神疾患・精神障害の分類マニュアルとして、DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders;「精神疾患の診断・統計マニュアル」)がありますが、この中では、「大麻関連障害」(Cannabis-related disorder)という分類が設けられているのみです。
いずれにしても、長期的な悪影響によって、心身の不調が元に戻らない状態になることもありますから、「少しくらい」と考えるべきではないでしょう。また、「平気だ」と言う人がいたとしても、個人差があることを考えると、自分も平気だとは思わない方が賢明でしょう。
阿部 和穂プロフィール
薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))