BBCのジャーナリストが混乱しながらも日本社会に一石を投じた問題 波紋は広がるか

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2023年03月22日 16:00  AERA dot.

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写真はイメージです(Getty Images)
作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、英ジャーナリストが日本社会に問題提起したことについて。


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 故ジャニー喜多川氏による子供への性虐待疑惑を報じたBBCドキュメンタリーは、衝撃だった。イギリスのメディアがなぜ、日本の芸能事務所の問題に関心を持つのかわからなかったのだが、目の離せない重たい約1時間を経て気が付かされるのは、BBCの関心は日本の芸能事務所のスキャンダルなどではなく、「なぜ日本社会は沈黙しているのか」という一点にあるということだった。この問題を報じてきた「週刊文春」のページをめくるような感覚でBBCのドキュメンタリーを見ると、胃が重くなるような不快感と居心地の悪さにいたたまれなくなる。あのね、これはジャニーズ事務所のスキャンダルじゃないですよ、日本のスキャンダルですよ? わかってます? そんなストレートな批判に突き刺されるのだ。


 そもそもは1999年、週刊文春がジャニーズ事務所の元少年ら、十数人の証言を元に書いた記事にさかのぼる。成人した男性たちは、過去を語るときに手が震え、泣き出すこともあったという。語られた被害は詳細で酷似していたことから、週刊文春の記者は男性たちの話は真実だと確信し、14週にわたってジャニーズ事務所の問題を掲載した。当時、ジャニーズ事務所は記事を全否定し、ジャニー氏と事務所は1億700万円の名誉毀損の損害賠償を文藝春秋に求めた。裁判は4年にもわたる長いものだったが、元少年が証言をする場面もあり、結果的に裁判所は性被害の信憑性を認め、記事の重要な部分のほとんどを真実と認定した。


 BBCのドキュメンタリーは、この裁判結果をもってしても、警察も、メディアも、世間も完全無風であったことに疑問を投げかける。被害者がいるのに、なぜ事件化されなかったのか? メディアはなぜ報道しなかったのか? なぜジャニー氏はその地位も名誉も奪われることなく芸能界に君臨し続けられたのか。


 ドキュメンタリーには、元ジュニアだった男性が4人登場する。


 なかには語りながら言葉につまり、こみ上げてくるものを抑えられなくなる男性がいた。彼は自らジャニーズ事務所に応募し、スターを夢見る男の子だった。未来への夢が一瞬にして壊れた15歳の「あの日」は、彼の人生を決定的に変えた。


「合宿所には大人はジャニーさんしかいなく、相談できる人はいなかった。売れてる人に限っては、ジャニーさんのおかげで人生が変わっていると思うので感謝の気持ちはあると思うんですけれど、それと性犯罪は別です」


 一方で、「あれは虐待ではなかった」と考える男性もいた。彼は、仲間との古い共通の思い出のように、ちゃかす感じで被害をこう語った。


「小学生や中学生で、初体験はジャニーさんだったと、今でも笑い話です」


 70代のジャニー氏に性的なマッサージを強要されながらも、ジャニー氏への愛情を口にする男性もいた。


「やってることは悪いことなんですが、ジャニーさんのことが嫌いじゃない(笑)。(略)僕にとってはそこまで大きな問題じゃないんで、こうやって笑ってしゃべれてるのかなと思います」


 さらに被害は受けていないが、ジャニー氏が亡くなる2019年までジュニアとして事務所に所属していたある男性は、もし取引が提示されていたなら「(僕は)有名になるのが夢なので、受け入れると思う」と言い、BBCのジャーナリストを本気で驚愕させていた。


「正直な答えには感謝するが、落ち込みました」


 BBCのジャーナリストが追った被害者の大半は、自分を被害者とは考えていなかった。「失礼ですが理解できません」と、ジャーナリストが本気で頭を抱えるシーンは何度も出てくる。また、街中でのインタビューもインパクトがあった。「ヒー・イズ・ゴッド!」と浮かれたように繰り返す若い男性もいれば、「彼が亡くなられた今、触れたくない」と“いい人風”に語る年配の女性もいた。「僕はゲイなんでよ」という若い男性は「LGBTという言葉すらない時代において、(同性愛者であることは)アイドルを育成する上ではマイナスのイメージだったかもしれない」と楽しげに日本社会を説明したりもする。さすがに、「セクシュアリティーの話はしていない、性暴力の話だ」とBBCのジャーナリストが口を挟むのだが、「(性暴力は)表だって追及する問題ではないのかな」と彼は微笑むだけなのだった。


 若いイギリスの男性ジャーナリストは衝撃を受ける。虐待のうわさは多くの人が知っている。それなのになぜ、誰も声をあげないのか? なぜ、社会はここまで無関心なのか? 来日前、こんな結論を彼は予想していただろうか? ジャーナリズムの使命に基づき、真実を追いかけ、不正義を告発し、大企業に責任を問い、社会への問題提起を目指していたはずのドキュメンタリーが、次第にジャーナリスト自身が日本の無気力と無関心にのまれていくような、不穏で不気味な空気に支配されていく。


 大人が、その地位と権力を利用し、圧倒的に弱い立場の子供を性的に利用する。その大人は怒鳴ったわけでも、暴力を振るったわけでもない。ただ優しい言葉で、マッサージをしてあげる、と多数の中から、一人を選ぶ。自分の運命を握る大人から「選ばれた」ことは、ただの恐怖体験ではなく、性的な快楽も含めたとしても、複雑な混乱を子供にもたらすだろう。だからこそ、あれは被害だった、あれは暴力だった、と言語化ができない時間はあまりにも長い。たとえ被害を訴えたとしても、訴えたことで得るよりも失うもののほうが圧倒的に多いとしたら。というより、そもそも誰もそんな話を聞きたがらないとしたら。何よりも大きな問題は、私たちの多くが性虐待の疑惑を知りながら、目を背けてなかったことにし、アイドルたちが見せる美しい夢の世界をただ享受し続けたことだろう。


 BBCのジャーナリストが混乱しながらも日本社会に一石を投じたこの問題。これからどの程度の波紋を日本社会にもたらすのか、それが今、問われる。



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  • 「大人が、その地位と権力を利用し、圧倒的に弱い立場の子供を性的に利用する」←mixiのゲイ是が非でも擁護が殴られているな。
    • イイネ!17
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