一度インターネットに掲載すれば、仲間内に発信した投稿もデジタルタトゥーとして残る。それは、「ネット私刑」の投稿も同じだ(撮影/小黒冴夏) SNSに投稿した動画によって誹謗中傷を受けたり個人情報を晒されたりする事態が後を絶たない。未成年者が標的になるケースも。「ネット私刑」の問題点とは何か。AERA 2023年3月27日号より紹介する。
【写真】炎上した男子生徒の通う学校が掲載した謝罪文はこちら* * *
東日本大震災が発生してから12年を迎えた3月11日。ツイッターで1本の動画が物議を醸した。
<東日本大震災のこれを観て生きている方、とても嬉しいです。また死んでしまった人はお墓で聞こえないと思うが、ほんとに悔しいです(原文ママ)>
被災者をやゆするような発言を動画に収めて投稿したのは、埼玉県内の高校に通う男子生徒だった。動画はわずか30分ほどの間に40万回以上再生。瞬く間に炎上した。さらに、男子生徒の実名や学校の電話番号が晒され、批判や誹謗(ひぼう)中傷が殺到した。
事態を受け、男子生徒が通う私立高校はホームページに謝罪文を掲載。震災の犠牲者や遺族、被災者を傷つけたことを謝罪し、生徒指導を強化するとした。
動画が日本中に広まったのは、あるインフルエンサーの“告発”がきっかけだった。
<こんにちは!○○高校サッカー部の生徒さんがインスタで東日本大震災を生き抜いた方、亡くなった方に哀悼のメッセージを公開されていますが、炎上しそうなので消させた方がいいかもです!>(○○は学校名)
■ネット界の情報屋
同校の公式ツイッターに向けて、動画とともにそうツイートしたのは、「滝沢ガレソ」を名乗るインフルエンサー。170万人を超えるフォロワーを有し、“ネット界の情報屋”として知られている。
SNSで影響力を持つインフルエンサーは、ファッションやコスメ、グルメ情報などさまざまな分野に存在する現代のアイコンだ。そのなかに、いつからか「暴露系」「告発系」のインフルエンサーが目立ち始めた。
「暴露系インフルエンサーの存在感は日に日に増しています」
そう指摘するのは、ネットの誹謗中傷問題に詳しい国際大学GLOCOM准教授の山口真一さんだ。連日ワイドショーをにぎわせていた大手回転ずしチェーン「スシロー」でしょうゆボトルや湯飲みを舐め回すといった迷惑行為を追及したのもガレソ氏で、告発系のなかでもトップクラスの拡散力を持つ。山口さんは言う。
「数百万回表示されているものも多く、へたなメディアよりも影響力がある。告発情報がたくさん集まるのは、警察やメディアよりも暴露系インフルエンサーのほうが身近な存在で、告発しやすい相手だからです」
過去には、老舗和菓子店の元社長が交通事故を隠蔽しようとしたことや飲食チェーンの衛生問題など、企業の不祥事を告発。いずれも謝罪に追い込まれた。
■「ネット私刑」に発展
「企業内部の不適切な言動などが明らかになり、是正されるという点では社会的意義があると思います。ただ、犯罪性がなかったり、エンタメ性が高かったりするものは微妙なラインです」
と山口さん。たとえば、著名人にまつわる「暴露動画」で人気を集めて政治家に転身、15日に除名処分を受けた前参議院議員のガーシーこと東谷義和(ひがしたによしかず)氏(51)の告発動画は、エンタメ性を意識したものが多いという。一方で、ガレソ氏の場合は「企業の不祥事告発など意義があるものとそうでないものが地続きになっている」と山口さんは指摘する。
「今回の震災をやゆする動画を含め未成年者の顔がわかる状態で公開することは、青少年保護の観点からも問題があります。自分自身が持つ影響力の大きさを意識することが大切だと思います」
告発系インフルエンサーが一度“炎上”ののろしを上げれば、SNS上には数え切れないほどの批判が殺到する。誹謗中傷や個人情報の拡散といった「ネット私刑」に発展し、当事者や周囲の人たちの生活をままならなくさせることもある。
■「制裁」への疑問も
実際、ガレソ氏の告発の影響は本人の手を離れたところに広まっている。
「ひっきりなしに電話がかかってきて、何件きたのか数えられません」
冒頭の男子生徒が通う学校の教頭は、そう打ち明ける。騒動以降、同校には苦情の電話が鳴り響いた。動画を見て傷ついたという声や、教育方針を批判するものなど100件以上にのぼり、なかには、
「当該生徒を出せ」
「学校に行くぞ」
などと脅迫めいた電話もあった。実際に来校したケースや生徒への直接の危害は確認されていないが、地元警察に相談し、在校生には下校時は複数名で帰るように指導もしたという。
「社会道義的に物議を醸すような発言をし、動画にしたという点を問題だと考え謝罪文を掲出しました。当該生徒はまだ学校に来ていませんが、『大変なことをしてしまった』とショックを受けています」(教頭)
男子生徒がアップした動画は、不快ではあった。視聴した多くの人を傷つけもした。だが、法律を犯したわけではない。はたしてこれほどまでの「制裁」を受ける必要はあったのだろうか。
公立高校で教員として働く20代の女性は疑問を投げかける。
「SNSに安易に載せる側にも問題はあり、内容的に批判されても仕方がないことかもしれません。ただ、生徒個人の情報をネットに晒したり、脅したりする行為は、これからいろんなことを学んで大人になっていく高校生に対して社会があまりに攻撃的すぎて、教育的ではない」
ネット上でも、犯罪性のない未成年者の行動を糾弾するのはおかしいとの指摘が相次いだ。それを受け、ガレソ氏も「未成年者に関するニュースは特に慎重に取り扱います」と運用方針の見直しを表明。アカウントの運用ポリシーについて取材を申し込んだが、返答はなかった。また、ガレソ氏の方針変更に対しても「つまらなくなる」「晒された子は良い経験になったと思って頑張ってほしい」などのリプライがつくなど、“私刑”は収まりそうにない。
■やっていることは同じ
一連の晒し行為に問題はないのか。ネットの中傷問題に詳しく、ガレソ氏による告発の相談を受けたこともある清水陽平弁護士はこう指摘する。
「そもそもネット上に投稿されたものなので、それに意見すること自体は違法ではありません。ガレソさんはどこまで情報を書くのかを相当に配慮して投稿しているようで、権利侵害にあたるかと言われれば難しいものが多い。ただ、投稿を見た人が誹謗中傷をしたり、氏名や住所などを晒したりした場合はプライバシーや平穏生活権の侵害にあたる可能性があります」
前出の山口さんも言う。
「動画を投稿した本人が気軽にやったように、告発を見て誹謗中傷している人も深く考えずにやっている。同じ穴のムジナで、やっていることは同じです」
男子生徒の通う高校には、今も「お叱り」の電話が続いている。そんななか、福島第一原発事故による避難指示を受けた福島県双葉町に住むという人から、こんな電話もあったという。
「子どもを責めないで。当時4、5歳だったのなら、わからないこともあるでしょう。私が案内するから、折を見て親子で双葉町に来てください」
(編集部・福井しほ)
※AERA 2023年3月27日号