ポール・マッカートニー“プロとして最大のリスク”語る

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2023年03月24日 09:46  ナリナリドットコム

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ポール・マッカートニー(80歳)は、ザ・ビートルズの解散後、音楽を作り続けるべきかどうか迷ったという。1970年にビートルズが別々の道を歩むことになった後、亡き妻リンダ・マッカートニーとバンド・ウイングスを立ち上げたことが、プロとして最大のリスクだったと考えており、初期の頃に受けた評価に「傷ついた」そうだ。

ファンからツイッターで、プロとしてとった最大のリスクについて質問され、ポールは自身のウェブサイトでこう答えている。

「ザ・ビートルズの後で続けるのかどうか、それが一番の問題だった。あれに似たようなことをするのは難しい、いや不可能だとも言えるからね」
「ザ・ビートルズはとても個性的な素材が揃っていたよ。どんなグループだって輝かせることができるジョンがいた。それからジョージとリンゴの才能、そして僕」
「あのバンドが終わってしまって自分でもどうしていいかわからなくなったし、新しいことに挑戦するのはとてもリスクがあった」
「もちろん、リンダが『ミュージシャン』ではないのにウイングスに参加したこともリスクを伴った。レビューが届き始めて、多くの人が彼女に注目し、『彼女はバンドで何をしているんだ?』と聞いてきた。あれは傷ついたよ」
「だけど、ビートルズを始めたときも誰もコードを知らなかった事を思い出して合理的に考えた。僕らはやって行くうちに徐々に覚えていったからね」

ウイングス初期の頃には、大きなライブをするのではなく、バンで高速道路を走り、大学で学生向けに突発の小さなライブを行うなど、振り出しに戻ることにしたというポールはこう続けている。

「僕はバンドに所属する1人の男という、ほとんど無に等しい存在に戻ったから、再び名声を勝ち取ることになった。70年代半ばに大きなアメリカツアーを行う頃には、それが証明されたよ。僕たちはとても緊密で一緒に上がってきたようなもの。リスクは報われたんだ」

そんなポールは、自分は普段からリスクを冒すタイプではないそうだ。

「普段はかなり慎重なんだ。でも、人生には何度か危険を冒さざるを得ないときがある。僕にとってビートルズの後がその状況だった」

また自身と「正反対」なジョンは、リスクを取ることを厭わない「そばにいるととても刺激的」な人物だったと明かしている。


元記事はこちら:https://www.narinari.com/Nd/20230378278.html


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  • 大麻所持で逮捕されなければ、YMOと共演していた可能性も…。また「ナイス・エイジ」も生まれなかった。この曲の中でポールと親しい福井ミカがニュース速報という体でポールの妻リンダのメッセージを読んでいる。
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