
家族に対しては「完璧」な妻、母
結婚して14年、12歳と10歳の子がいるタクロウさん(45歳)。1歳年下の妻のミエさんはパートをしながら、家事育児もそつなくこなしてきた。「僕や子どもたちはスーパーママと呼んでいるくらい。完璧なんですよ。いつも、そんなに頑張らなくていいよ、たまにはデリバリーでもとろうよと言うんですが、週末、どこかにみんなで遊びに行っても帰宅して手作り料理を出してくれる」
タクロウさんは、以前から少し心配していた。ミエさんが完璧を目指しすぎるからだ。子どもたちにもそれを押しつける傾向がなきにしもあらずだった。
「長男はスポーツ万能ですが、勉強が嫌い。まあ、人並みであればいいんじゃないのと僕は思っているけど、妻は『努力が足りない』と言う。ただ、妻は子どもをガミガミ怒るタイプではないんです。もうちょっと努力しようよと少しずつ子どもの背中を押していく。でもきっと彼女の中ではストレスがたまっているのではないかと感じていました」
妻のストレスは、たまに家の中でも表れていた。子どもたちが言うことを聞かなかったり、タクロウさんが子どもたちとふざけていて、「早くお風呂に入って」という妻の言葉を無視したりしたとき、妻は意味不明の「キーッ」という叫び声を上げるのだ。
「ママの『キーッはヤバい』と子どもたちは言っていました。ごくまれにですが、そういう声を上げる。そのときは言葉が続かないんですよ。叫ぶだけ。それが妙に怖くてね。すぐにいつもの穏やかな妻に戻るんです。自分でも妙な叫び声を上げたことに気づいていないのかもしれないという感じ。だからこそストレスマックスになっているのではないかと思っていた」
週末、たまには友人に会ったりしてゆっくりしておいでよと促すこともあったが、ミエさんは、惣菜を作り置きしなくちゃとか、いつもはできない窓拭きをしなくちゃとか、常に家のことを優先させる。そんなのは今度やればいいと言うと、「いいのよ、私がやりたくてやっているんだから」とあしらわれた。
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夫は言葉を失った、完璧な妻の「裏の顔」
昨年、ふたりの子が同じ小学校に通っていたときのこと。タクロウさんは運動会に行くと子どもたちと約束していたのに、急に仕事が入って行かれなくなった。「でも思ったより早く仕事が片付き、慌てて学校に駆けつけました。急いでいたので妻にも連絡できないままでしたが、とにかく子どもたちの姿を見られればいいと思って。保護者席まで行くと、なにやらもめごとが起こっている。ふと見ると、輪の中心は妻でした。妻ががなり立てているんです。
『あんたが先に私を押したくせに、何被害者ぶってんのよ』『だいたい、あんたはいつも態度が悪い。新参者なんだからでしゃばるんじゃないよ。そんなことじゃ子どもがいじめられる』と、すさまじい罵倒でした。もっとすごいことも言ってたけど、怖すぎて覚えてないくらい」
タクロウさんが少しだけ近づいていくと、ミエさんは急に黙り込み、競技に集中しているように振る舞った。タクロウさんには気づいたはずなのに、振り向くことはなかった。
「人を罵倒している姿を僕が見たとわかっているのかいないのか……。僕は保護者たちを割って入る気にはならなかったので、後ろのほうで見ていました。場の雰囲気がおかしかったので、近くにいた人に何かあったんですかと聞くと、『あの人が、場所を取られたと言って大騒ぎになって』と妻を指さした。『責められていたのは最近、この近所に越してきた方なんです。いたたまれなかったんでしょう、ほら』と顔を向けたところには、うなだれて帰っていく女性の後ろ姿があった。
『彼女、また怒ってるの?』『いくらなんでも言い過ぎよね』とささやき合う声が聞こえた。いやあ、恥ずかしかったです。僕が夫ですとも言えないし」
タクロウさんの知らないところで、妻は「危険人物」扱いされていたようだ。そこまでされるのはよほどのことだろう。
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それ以来、タクロウさんは学校行事にはなるべく参加するようにしている。妻に自覚がないのだから、自分が前に出ていくしかないと考えたのだ。
「家の中で我慢しているストレスを外で発散させているとしたら、それは妻にとってもなんだか気の毒な話ですから。僕にストレートに話せない何かがあるのかなと考えちゃいますね」
今ならまだ修復ができるはず。タクロウさんは妻の様子を注意深く観察している。
亀山 早苗プロフィール
フリーライター。明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(恋愛ガイド))