三井海上火災保険(写真/米倉昭仁)「育休を取得した社員の同僚に最大10万円の一時金」。読売新聞オンラインが3月12日、三井住友海上火災保険が新設する「育休職場応援手当」に触れ、冒頭のように題した記事を配信すると、掲載された「Yahoo! ニュース」などで制度に賛同するコメントがあふれかえった。育休をとりやすい職場環境づくりの一環としての新制度だが、驚くべきことに、同社はたった数日でこれらの声を吸い上げ、制度内容を改善。この短期間で大きく動いたのだ。同社人事部部長の丸山剛弘さんに立案に至るまでの経緯と、社内での反応を聞いた。
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賛同の嵐「育休で同僚に10万円」の三井住友海上 ネット記事の「至極真っ当」な書き込みで即改善も>>から続く
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社員が育児休業を取った際に職場の同僚全員に、最大10万円の一時金を給付する「育休職場応援手当」という制度をつくったきっかけは、舩曵真一郎社長が以前から抱いていた課題意識だった。「社会問題の一つとして少子化が大きな課題となっている。その解決に貢献するような、イチ企業としてできる人的投資、制度改定を考えてほしい」という指示が出ており、年明けに人事担当役員と人事部メンバーで、ブレストを行うことにしていた。
丸山さんが言う。
「1月6日、福岡の実家からリモートで会議に参加し、参加メンバー全員で、それぞれが考えたアイデアを持ち寄って論議しました」
リモート会議の出席者は人事担当役員や人事部長ら5人。しかし、これ以上何ができるのか、頭を抱えた。というのも、すでに同社は育児についての支援をかなり充実させていたからだ。
「例えば、男性社員の育休1カ月取得を21年6月から義務化しています。男性社員に対して育休取得を推奨している企業は多い。なので、取得率100%の会社はそれほど珍しくありません。ただ、対象者全員が1日でもとれば取得率は100%になります。しかし、それではあまり意味がない。社長の舩曵は、少子化対策などとともに、産後うつ防止についても気にかけていました」
産後の女性の死因の1位は自殺である。その大きな要因は産後うつだ。出産に必要な女性ホルモンは子どもを産むと急激に減少し、ホルモンバランスが大きく崩れ、うつが引き起こされる。産後うつのピークは出産後2週間から1カ月といわれる。
「そこで夫が休業をとって妻をしっかりと支える。なので、男性社員が育児休業をとるのは当たり前で、産後できるだけ早い時期に連続して休業をとることが重要だと伝えてきました」
実は、育休の取得日数が少ない、いわゆる「とるだけ育休」が特に横行しているのが金融・保険業界である。なので、こうした取り組みはかなり珍しい。さらに社長が産後うつの問題にまで言及して育休取得を進めるのは異例のことである。
それより人を増やしてくれよ リモート会議に話を戻そう。
「これまでさまざまな育児支援の仕組みを充実させてきましたから、これ以上、産育休者本人に手当などを増やしてもあまり効果は見込めないかな、という話になりかけたときに、じゃあ、本人ではなく、まわりの人に一時金を支給するのはどうでしょうか、と言ったんです」
筆者は、思わず言葉が出てしまった。「そんなアイデアがよく出ましたね」と。
「いや、たぶん人事を長くやっている人だったら誰でもそういうことは考えていると思います」
丸山部長は謙虚にそう指摘し、さらに、続けた。
「なぜ、育休をとりにくいかというと、休む人は職場の人に迷惑をかけてしまうので、申し訳ないとどうしても思ってしまいます。まわりの人は、おめでとう、と祝福するのが普通ですが、心のどこかに、ああ負担が増えるな、とモヤモヤした気持ちも抱えてしまいがちです」
ちなみに、ヤフコメには「手当を支給するよりも人を増やしてくれよ」という声もあったが、同社は代替要員の配置を以前から行ってきた。
「でも、そう簡単ではないんですよ。すべての産育休のケースで代替要員を配置できるものではありません。部支店の要員計画とも関連がありますし、また、特に業務内容が高度になればなるほど難しい。同等のスキルや経験を持った人材が見つからないとか、見つかっても仕事を教えるのが大変とか。そういう不満はなかなかゼロにはならない。なので、数字のうえでは育休の取得率も取得日数も問題ないように見えても、本当に気兼ねなく育休をとれているか、周囲も心から快く応援できているかといったら、改善の余地が大きいよねと。そこで、本人ではなく、職場を支えるまわりの人にも一時金を支払い、会社全体で育休を応援していこう、という案を出した。そうしたら、『それ、いいね。それでいこう』という話になった」
丸山部長は人事部の課長とともに、制度を設計した。勘案したのは職場の規模と、実際の育休の取得日数である。
「今は男性と女性の育休の期間がかなり違います。女性は平均約17カ月(産休を含む)、男性は平均37日(法律上の育児休業取得日数[現在平均6.4日]と併せて取得する連続休暇やそれに続く土日・祝日を含めた暦日ベースでの育児休業・休暇等の平均日数)。その実態を踏まえて、女性が休んだときには多く支給するほうが本人の気兼ねが軽減できるし、まわりの社員の納得感も得られると思いました。それで最初は男女で支給金額に差を設けた」
冒頭で触れたように、この案が報道されるとインターネット上に賛同の声が一気に広まった。その一方で、「男女別でなければもっといいのに」という声も上がった。
「現状、男性の育休取得日数は女性に比べて短いですけれど、なかには子どもが1歳になるまで休みたい、という人もいるわけです。そういう声を聞いて、なるほど、と思った。今は少数派ですが、そういう男性を応援していかなければならない。そこで、性別ではなく、育休取得予定期間が3カ月以上か、3カ月未満かで区切って支給金額を変えることにしました」
なぜ、3カ月で区切ったのか?
「数は少ないですが、キャリアの断絶をできるだけ少なくしたいと、出産後、育休をとらない女性もいます。当社の場合、産前・産後休暇は約3.7カ月です。そこで、職場に早く復帰したいという女性の妨げにならないように、3カ月を基準にしました。また、産前・産後休暇の期間も育休取得予定期間に含めて判定するルールとしました。そうすれば、産後すぐに職場復帰してもまわりの人に10万円が支払われます(職場規模13人以下の場合)。また、男性社員の育休取得日数は、今は平均37日ですが、3カ月以上の取得を目指しやすくなります。今は少ない長期取得者も周囲からより受け入れられやすくなるでしょう。男性、女性、どちらの少数派に対しても背中を押せるような制度にしました」
経営陣に恵まれた 丸山部長は「本当に経営陣に恵まれたと思います」と語る。
「これまでに同様な仕組みを考えた人事担当者はたくさんいると思うんです。でも、そのような意見を下から上げたとき、変な制度じゃないか、とか言われてしまう可能性がある。ところがそれを、やろう、と言ってくれた。そんな『経営陣がすごい』というコメントがありましたが、確かにそうだな、と思いました」
社内の反応は上々という。
「お子さんのいる女性から『安心して2人目をもうけようという気持ちになれる』という声を直接聞きました。そのとき、ああ、これは本当に少子化対策にも貢献できるんじゃないか、と思いました。非常に嬉しく感じました」
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)