前田敦子(まえだ・あつこ)/1991年7月生まれ。2005年から12年までAKB48で活躍。07年4月、映画「あしたの私のつくり方」で俳優デビュー。映像、舞台他各方面で活躍中(撮影/今村拓馬) 3月24日に放送・配信がスタートする「連続ドラマW−30 ウツボラ」で、前田敦子自身初となる一人二役に挑戦した。朱と桜というミステリアスな女性を演じている。AERA 2023年3月27日号から。
【前田敦子さんの写真をもっと見る】* * *
――ある日、謎の死を遂げた美しい女性、朱(あき)。入れ替わるように、人気作家・溝呂木の前に現れたのは、朱の双子の妹を名乗る桜だった。実は、溝呂木はスランプに陥っていて、朱の書いた小説『ウツボラ』を盗用していた……。
中村明日美子のカルト的な人気を誇るサイコサスペンス漫画『ウツボラ』が、前田敦子主演で連続ドラマ化された。前田はこの作品で初めて一人二役に挑戦。朱と桜というミステリアスな女性を演じている。
前田敦子(以下、前田):脚本を初めて読んだ時は、絵がなくても漫画の世界がまったく崩れていなくて驚きました。『ウツボラ』はこうでないと成立しない、と。原作ファンを裏切らないような脚本になっていたので、「すごい!『ウツボラ』の原作そのままのドラマに息を吹き込めるような気がする」と思いました。
――朱と桜という二役を演じるために必要なことは何だったのだろうか。
■どっちがどっちなのか
前田:原廣利監督と最初に話し合った時に、「演じ分けを意識する必要はないのでは」とアドバイスをいただきました。人間の核のようなものの「ある」「なし」は多少あっても、微々たる差異でいいのではないか、と。私にとってそれが大きなヒントになりました。「声や仕草などは変えないでほしい」と言ってくださったのですが、確かにそうで、「二人は一体何者なんだろう」というところがこのミステリーの大きな肝になってくるんです。彼女たちと向き合う溝呂木先生をはじめ、目の前にいる人たちそれぞれが受け取る「どっちがどっちなんだ?」という印象が、正解なのかなと思いました。
――漆黒の長いまつ毛に大きな瞳、艶やかな黒髪、品の良い黒いワンピース……。全身を黒で固めたミステリアスな雰囲気が印象深い。二人のキャラクター作りでは、「髪形と目元と服装が重要だった」という。
前田:原作では、二人が黒いワンピースを美しく着ています。それが彼女たちのイメージになっているのかなと思ったので、衣装合わせの時に朱と桜っぽい洋服を探しました。
髪形にもかなりこだわりがあります。桜の「パッツンボブ」は地毛で、実際に切りました。色染めも真っ黒は少し浮いてしまうので、紫ベースなんです。映像では黒く見えても透明感が出るそうです。美容師さんが一生懸命考えてくださいました。朱のロングヘアは、その場でシールエクステをつけて、自然に見えるようにしました。
目元は付けまつ毛は使っていませんが、とにかく印象的に見えるように入念に。アイラインが少し非現実的なのは、そうでないと人々を翻弄する存在にはならないだろうという理由からです。外見から「生きている感」を少しなくしたいと思いました。撮影前の準備にはかなり時間をかけています。
■美しさには我慢必要
――苦労したことを尋ねると、「耐えることが多い撮影だった」と苦笑い。中でも寒さはかなり堪えたという。
前田:撮影がちょうど寒い時期だったんです。屋上の吹きさらしの中でワンピース姿でいるのは大変で、スタッフさんに温めていただきながらの撮影でした。屋上のシーンは要所要所に出てくるので、数日撮影があったんです。風と闘いながら淡々としていないといけなくて……。ただ、景色は素晴らしく映像で見てもすごくすてき。やっぱり、美しいものには我慢が必要だなと思いました(笑)。
――ドラマ「ウツボラ」は変化する女の物語でもある。俳優として、自身の変化をどのように感じてきたのだろうか。
前田:2年前に大先輩の橋爪功さんと「フェイクスピア」という舞台でご一緒し、とても仲良くしていただきました。楽屋ものれんを隣にかけさせてもらい、同じ部屋に毎日いたほどです。まるで娘とお父さんみたいな関係でした。橋爪さんは高橋一生さんとW主演のような舞台でしたから、私よりも全然せりふが多い。なのに、私のシーンを脇から毎日見て、「ここはこうしてごらん」とアドバイスをくださった。そんな中で言われた、私を成長させてくれたずっと忘れられない言葉があるんです。
がむしゃらに飛び込んだ舞台だったんですが、なぜか肋間痛になってしまいました。声を出すとズキッと痛む。そのときに橋爪さんが楽屋で声をかけてくださった。
「敦子、お前はもう十分に人に伝わるお芝居をしてるから、今以上に声を出すな」と言われたんです。「役者というのは、役者の役をやるために生きてるのではなくて、普通に人として生きてるんだ。だから、役のために自分を駄目にしては駄目なんだよ」って。
がむしゃらになりすぎて自分の体調の変化に気づかないことって、多分たくさんあると思うんです。頑張ることは確かに良いことではありますが、橋爪さんの言葉を聞いて、がむしゃらになりすぎるのは良くないことだなと冷静になれたんですよね。「役者も役をやるために生きるな」と言われた時に、もう少し客観的に判断できる、器用な人になりたいなって、すごく思いました。「優しい!」とも思いました。すごくまっすぐに言ってくださったその言葉にすごく感動しましたし、一生忘れないと思います。
――これまでの出演作を振り返ると、ミステリーやサスペンス作品が少なくない。こうした作品の魅力はどこにあるのだろうか。
前田:『ウツボラ』もそうなんですが、読んでいて最後まで真相がわからない作品って、わかった瞬間に「うわあ!」って驚くし、記憶に残っていくじゃないですか。私はそういう作品を読むのも見るのも好きなのかもしれません。昔の映画だと「スティング」とか。でも、好んでミステリーを選んでいるわけではないんです(笑)。そうではない作品も見るのは大好きなんですけど、(出演作は)見ていただく方に何かハッとしてもらえる瞬間があると、うれしいですね。
■全く違うアプローチ
――「ウツボラ」は配信もされる予定だ。
前田:配信されると聞いて、WOWOWをあまり見たことがない若い方に見てもらえるきっかけになればいいなと思っています。映像が本当に素晴らしいので、きれいなものをたくさん見ているうちに、ミステリーに引き込まれてもらえたらうれしいです。ロケ地はすてきな場所がたくさんありました。(ドラマに出てくる愛知県蒲郡市の)桜並木は東京で見る桜よりも目線が低いので、すごい迫力なんですよ。東京では絶対に見られない桜が見られます。この春の放送なので、ぜひ遊びに行ってほしいです。
私は今回、普段とは全く違うアプローチでお芝居をやらせてもらいました。多分、二度とこういうふうに演じることはないだろうなと思います。他の何にも似つかない作品に出合えてすごく幸せでした。
(構成/フリーランス記者・坂口さゆり)
※AERA 2023年3月27日号