今だからわかる、「もし30年後にお互いがひとりだったら一緒に住もう」の効用

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2023年03月27日 14:51  ウートピ

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小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性や恋愛について考えるこの連載。今回は、若い男女が交わしがちな「もし30年後にお互いがひとりだったら一緒に住もう」という約束について考えます。20代後半の独身時代、森さんはドラマや漫画で描かれるこんな約束に憧れを抱いていたそうですが、現在はどのように感じているのでしょうか?

*本記事は『cakes』の連載「アラフィフ作家の迷走性(生)活」にて2021年7月17日に公開されたものに一部小見出しなどを改稿し掲載しています。

まだ若かった頃、しかし当の本人は「もう若くない」と思いはじめる20代後半(絶対にまだ若いのだが)の女性が、男友達に「もしこのままお互いが結婚しなかったら、一緒に住もうか」と提案され、「うん、そうだね。もし20年後か30年後にお互いがひとりだったら、ね」とたっぷりと含みを持たせつつ、はにかみながらこたえた。さて20年後、30年後、ふたりは……。

というドラマや漫画が、私が20代後半の頃に流行った。過去、「もう若くない」と思いはじめた私は(だから十分若かったのだが)、こういう約束に憧れた。ドラマや漫画はロマンにあふれていても、私が感じたのはトキメキではない。とりあえず将来の男(結婚または同棲するかしないかは問題ではない、私の男という名目だけでいい)をキープしたぞ、という終身保険に加入したみたいな安心感に憧れたのだ。

お互いを友達と称しながらも実はうっすら好きだよね、お互いうっすら意識しているよね、という空気を醸し出しながらもその時は何もしないで約束だけ交わすのはドラマや漫画だけだと思う。実際に女友達と男友達が1対1で個室とか夜とか終電がないとか、都合がよかったら都合のよい関係に突入しているだろう。20年後30年後よりも今!みたいな感じだ。

もしそうならず、本当に約束だけしたのなら、その人達がほしかったのは約束したという事実だ。私にはこういう約束した人がいた、という確固たる思い出。だってリアルに「もう若くない」と思いはじめた男女はわりと小賢しくて狡猾で、不安でさみしがりやだから。

第一「もう若くない」などと誰ともなくつぶやいて、フッと自分を鼻で笑うなんて若い証拠である。50代に突入したらもう若さを鼻で笑う余裕などない。起床して大きく伸びをするだけで身体のどこかが痛く、痛みからはじまる1日の積み重ね。「50代なんかまだまだヒヨッコだ」と人生の先輩に活を入れられそうだが、しかし「若くない」とカッコつけられるほど若くはない。試しに「もう若くない」とつぶやいて鼻で笑ってみたらとても虚しくなった。ていうか追加で豪快に笑うしかなくなった。

結婚したらそんな約束はいらないと思っていたけれど

20代後半の頃に、ドラマや漫画で描かれる約束に憧れたと冒頭で書いたが、現実にはそんな約束をするようなシチュエーションはおとずれず、私の身には何も起こらなかった。その後、38歳で結婚し、もう自分にはそんな約束は必要ないとすら思うようになった。結婚したのだから、終身保険に加入したも同然だぞ、と。

でも! 今50代になってみて、それが本当に正しかったのかどうか不安になってきたのだ。だって旦那さんは私より9歳年上で、順当にいけば私より早く逝ってしまう。考えたくはないが、離婚してひとりになってしまう可能性だって無きにしも非ずだ。それに失業、転職、起業、罹患の保険はあっても、離婚、不倫、浮気、そして大切な人の死、そういった悲しみややるせなさを救う保険ってないでしょう。ないなら自分で作っておくしかない。

「もう若くない」などという贅沢な言葉を使いはじめる頃から、何人か厳選して約束を交わしておくのだ。自分もしくは相手が婚約していようが結婚前夜だろうがかまわない、直接会ってしまうと何らか身体的な友好まで結んでしまいそうだが、そこは終身保険のために我慢してほしい。アルコール類はほどほどに、「私、明日結婚するけれど、×××君のことは人生の中で一番好きだと思う。だから、20年後、30年後、もし×××君と私がひとりだったら……」とか「俺、実は×××さんのことが好きだったんだ。でも×××さんの友達から告られて、つい付き合ってしまった。×××さんの友達と婚約したけど、もし×××さんが誰かと結婚して、別れて、俺もバツイチとかだったら……」とか、「うん、そうだね」という回答を得られるまで持っていく。

間違っても「独身最後の思い出にホテルへ」という誘惑は避けなければならない。思い出という終身保険は約束のみ。「将来ひとりだった時のための男ないし女」だ。なのでアルコール+かつて心を許した、許してもよかった相手+純なエロという雰囲気に流されそうな人は直接会うのはやめてSNSやチャットなどで会わずして話す方向にすべきである。約束をスクショしておけば保険証書みたいでよりリアルかもしれない(自分専用の思い出証書なのでくれぐれも悪用しないように)。

連絡を取る、取らないは別にしても

保険は手厚いほうがいいし多岐に渡るほうがいいと思うけれど、世間は案外狭いのでひとつかふたつ(ひとりかふたり)に抑えるべきだろう。うっかり多重契約してしまうと妙な噂がたつかもしれないし、自分で自分の首を絞めることになりかねない(相手の配偶者に恨まれたりとか)。保険の掛け金が高すぎて生活に首が回らない、みたいな状態にならないように。

さて、約束を交わしてから20年後、30年後。経験値を積んだ40代、50代、60代になってから、ひとりになっている人は多いだろう。離婚や卒婚、配偶者の死、子供が巣立って第2の人生の突入、理由は様々だが、ひとりの生活を謳歌している人はたくさんいると思う。ひとりがさみしい、などとは言わない。が、単純に朝起きて身体のどこかが痛かった時に、「わー、今朝は腰が痛いよ。昨日は肩だった」と誰かに言いたくなりはしないだろうか。アレクサやラボットにつぶやくと余計に虚しくなってしまいそうな、しょうもない一言にこたえてくれる誰かがほしいと望まないだろうか。

そんな時に、「あ、あの時の約束(保険)はどうなっているだろう」と思い出してみるときっと楽しい。連絡を取る、取らないは別にしても、「あれから20年(もしくは30年)、そろそろ約束も満期だけど、延長もあり得るかも。あの人がもしひとりだったら」と妄想するだけで身体の痛みがやわらぎそうである。

勇気を出してかつての人に連絡をして、約束が実現する可能性だってある。本当に時を経て結ばれた人だっているだろう。でも、保険というのは安心材料で、使う、使わないは問題ではない。ただ約束を心に秘めているだけで、豊かになる人生もあるという話だ。

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  • 少し違うが、13年付き合った人と、30歳になった時お互い結婚してなかったら結婚しようって言ってたんだけど、結局結婚しなかった。そんだけ付き合って結婚に至ってないのが答えだよな
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