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WBC熱はおよそ1カ月前から、宮崎キャンプで幕を開けた。大谷翔平選手は宮崎入りしなかったが、ダルビッシュ有選手が初日から合流し、練習場となった「ひなたサンマリンスタジアム」には多くのファンが詰めかけた。練習を見るにもチケット制で人数制限されていたが、球場の外には多くの屋台が出て、毎日が縁日のようであった。
もともと宮崎は、野球に縁の深い土地である。読売ジャイアンツは王・長嶋の時代から冬の宮崎キャンプが恒例となっており、筆者ぐらいのオジサン世代はジャイアンツから野球の面白さを学んだ。今では福岡ソフトバンクホークスとオリックス・バファローズの3球団が、同時にキャンプに訪れる。2023年はそれに加えて「侍ジャパン」の4チームだったわけだ。
そんな野球熱の高い宮崎だが、WBCの一次リーグから米国に渡っての決勝トーナメント7試合のうち、テレビ放送されたのはたった3試合だけだった。1次リーグ中国戦、韓国戦と、準決勝のメキシコ戦だけである。
宮崎県にはテレビ民放局が2局しかない。UMKテレビ宮崎はフジテレビ系列ではあるが、日本テレビ系列とテレビ朝日系列の放送も流す。こうした複数の系列の放送を流す局を、「クロスネット局」という。もう1つのMRT宮崎放送もTBS系列ではあるが、曜日によってはテレビ宮崎が放送しない日本テレビ、テレビ朝日、テレビ東京の番組も放送する。そう考えると一応東京キー局の番組はそこそこ見られることになるが、5局を2局にまとめるわけだから、全ての番組が見られるわけではない。
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今回のWBCはTBSとテレビ朝日が交代で放送しているが、TBSが放送する回はMRT宮崎放送で見られる。しかしテレビ朝日が放送する回は見られないというわけである。
日本中が熱狂した決勝戦はテレビ朝日の放送だったので、宮崎ではリアルタイム放送していない。同日夜、TBSが急きょ決勝戦の模様を再放送したので、それを見た宮崎県人は多かっただろう。だが結果を知ってから見るのでは、スポーツニュースを見ているのと変わらない。スポーツは結果が分からないものを見るに限る。
近隣のテレビ朝日系列のテレビ局には、KKB鹿児島放送がある。宮崎県下でも鹿児島寄りの市町村、都城市や串間市などでは越境受信できるため、リアルタイムで見られた可能性が高い。
筆者宅は宮崎市内にあるが、マンション設備としてケーブルテレビが入っているため、KKB鹿児島放送とKYT鹿児島読売テレビも無料で視聴できる。ケーブルテレビ加入宅では、WBCの全試合がリアルタイムで視聴できたはずだ。
●ネット放送では見られるが、有料
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一方「Amazonプライムビデオ」では、WBCの日本戦は全てリアルタイムで見る事ができた。テレビで視聴できる地域にお住まいでも、手元にテレビがないのでAmazon プライムで見たという人も多いかもしれない。
筆者は子供たちがテレビで視聴している隣の部屋で、仕事しながらAmazonプライムでチラ見していた。テレビ放送に比べると、だいたい40秒ほど遅れて放送される。隣から子供たちの「ヨッシャー!」という声が聞こえてからどれどれとAmazonプライムビデオを見ると、ちょうど肝心のシーンの前段階から視聴する事ができた。
Amazon プライムビデオの放送も、なかなか力が入っていた。国際放送の映像を使いながら、地上波とは別の独自カメラも出していた。スコアや選手情報も独自で、実況は文化放送の斉藤一美アナウンサー、解説は里崎智也氏と福留孝介氏とが担当した。チェンジやピッチャー交代の際には日本のスタジオでのトークもあった。CMも入るが、民放ほどではなかった。解説は若干ユルユルだったが、クオリティーはテレビ放送と遜色ないと感じた。
Amazon プライムビデオは、月額500円でAmazonプライム会員に加入すると視聴できるサービスだ。宮崎のような首都圏や大都市から離れているところでは、Amazonプライムの「送料無料」はかなりお得感がある。加入している人も多いだろう。ご存じのようにAmazonにはFireTV Stickなどの機器もある。従って電波でのテレビ放送はなくても、Amazon プライムビデオ経由でテレビ視聴した人も相当いたと思われる。
●どげんかせんといかん……のだが
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WBCの全試合が宮崎でテレビ放送されなかったというニュースを見て、元宮崎県知事でタレントの東国原英夫氏が「本当にどげんかせんといかん!」とTwitterでつぶやいている。
Amazonプライムかケーブルテレビに加入していれば見られるが、無料ではない。ワールドカップの際はABEMAが無料配信を行なったので事なきを得たが、国民の多くが関心のある国際スポーツイベントの情報を得るのに、居住する地域によって無料と有料に分かれるということは、情報の公平化の点でどうなのか、という話になる。だがそれを実際にどげんかする方法があるのかというのは、なかなか難しい。
シンプルに考えれば、無料放送では見られない、つまり日本テレビとテレビ朝日系列の地上波放送ネット局が宮崎にない事が問題だといえる。ということは、宮崎に新しく日本テレビかテレビ朝日系列のネット局を開局するのが最初に考えられる解決策になる。
しかしただでさえテレビ離れ著しい今これからの時代、新規に民放テレビ局を作ってペイするのか。経営母体はどこになるのか、地元広告収入は得られるのか、課題は山積だ。
他県の放送をそのままケーブルテレビで見せるという方法もある。過去、徳島県では、地デジ化の影響で大阪の電波を越境受信できなくなった際に、「全県CATV網構想」を打ち出し、県の隅々までケーブルテレビ網を敷設した。
ただこれも、10年以上前の話である。当時はテレビ放送とブロードバンド回線の両方を同時に充実させる方法として妥当性があったが、5Gの普及も視野に入った現在、大工事してワイヤーを張りまくるというのもどうなの、という気がする。
ネットでもいいから無料で見られればいいということなら、「TVer」によるリアルタイム配信は1つの解決策ではある。だが今回WBCは、TVerでの配信はなかった。恐らく放映権をネット放送の分まで買ってないのだろう。そこまでして放映権を買っても、TVerではペイしないだろうという判断には一定の妥当性がある。
例えば国の税金や、NHKの受信料でネットの放映権を買うという枠組を作るのはどうか。しかしこれは受益者が全国民ではなく、一部の県民に限定されるという問題がある。全国民のコンセンサスを得るのは難しそうだ。
●民放が少ない事は、情報格差といえるか
宮崎県に2つ目の民放としてUMKテレビ宮崎ができたのは1970年のことで、今から50年以上前の事である。当時日本全国でUHF局の開局ブームであり、VHFとはアンテナやチューナーが違うことから、父が屋根に登ってアンテナを設置し、受信用チューナーを別に取り付けていたのを覚えている。当時7歳の筆者は、これからテレビのチャンネルがどんどん増えるものだと思っていた。
しかしそれ以降、宮崎県には民放が増えないままだ。近隣他県に比べて、地上波無料放送で得られる情報が少ない、これは情報格差だと言っても、それを50年以上放置してきたじゃないか、といわれると返す言葉もない。他方で民放が開局できないのは経済的合理性の問題であって、県民や県政の問題とはいえないのではないか、という思いもある。
2022年4月からTVerで圏域関係なくリアルタイム視聴できるようになったことで、情報格差は埋まったように見えた。だがTVerは完全サイマル放送ではない。プレミアムコンテンツはやっぱり地上波独占という事であれば、格差は残ったままという事になる。
実は過去BSデジタル放送では、難視聴区域での受信を目的に、在京地上波キー局の放送をサイマル放送しているチャンネルがあった。受信は難視聴区域に指定された地域に限定されており、CASによって視聴がコントロールされていた。
このような衛星を使ったサイマル放送があれば、ローカル局がなくてもキー局を電波として受信できることは技術的には可能ではある。だがこれもローカル局が独立局としてオリジナル番組で勝負できるほど強ければ別だが、今なお放送網のネット料で食いつないでいる現状は変わらない。日本の放送はこの数十年間、キー局にしか作れない強いコンテンツによって、実質的に地方局のコンテンツ制作力を骨抜きにしてきたという歴史的背景がある。
テレビ放送は許認可事業であることから、既得権益で固着した古いインフラである。同時に総務省が大鉈をふるえば、動かざるを得ないところはある。そこのバランスをどう揺り動かしていくのかだとは思うが、ネット局が少なくて困っているのが福井、徳島、佐賀、宮崎という、中央に対しての政治力が弱い4県である。地上波ネットによる経済システムのルールを変えろと迫るには、なかなか難しいといわざるを得ない。何かいい知恵はないだろうか。
【記事訂正:3月28日午後5時30分】初出では地デジ難視対策衛星放送があると記載しておりましたが、この放送は2015年3月末で終了しておりました。訂正してお詫び申し上げます。
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