54年連続で日本のいちご生産量トップを誇る、いちご王国・栃木県。県内で生産されている主力品種は『とちおとめ』で、令和4年の時点で栽培面積の約8割を占める。しかし今、いちご王国の不動の女王である『とちおとめ』の座が大きく揺らいでいる。
新品種『とちあいか』の増産で世代交代
昨年10月、県やJAなどで構成する「いちご王国・栃木」戦略会議が今後10年を見据えた戦略を策定した。大きな柱となるのが、新品種『とちあいか』の増産。現在は1割程度の生産面積を、10年後には8割にまで大幅に増やしていく「世代交代」を目指す。
「高齢化などによって生産者数や栽培面積は減少しています。いちご王国・栃木県が今後もさらなる発展を図っていくためにも、単位面積あたりの収量が『とちおとめ』より約3割多い『とちあいか』に大転換していくことで、人材育成をはじめ、生産から消費に至るまでの改革に挑戦していきたいと思います」
こう説明するのは、栃木県農政部生産振興課の担当者。次世代エースに指名された『とちあいか』は面積あたりの収量が多いだけでなく、病気に強い点や、粒の大きさや形がそろっているためパック詰めがしやすいといった点も評価され、生産希望農家が増えているという。また、果皮がしっかりとして傷みにくいため、輸送にも優れている。
肝心の味の評判はどうなのだろうか。都内のスーパーで『とちあいか』を購入していた関涼子さん(仮名・34)は、「やさしい甘酸っぱさで果肉もやわらかい『とちおとめ』のほうが私は好きですね。4歳の息子は粒が大きくてシャキッとした歯ごたえの『とちあいか』のほうが好みらしく、最近は『とちあいか』を購入しています」と語る。
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栃木県が世代交代を狙うのには、『とちおとめ』の保護期間が終了したという経緯もある。農業版の著作権とも呼ばれる「育生者権」の保護期間は、いちごの場合は最長で25年。1996年に品種登録された『とちおとめ』は、2021年に保護期間が終了し、一般品種となった。種苗法の対象から外れたことで、現在は茨城県、千葉県など県外でも生産されており、栃木県は新しい登録品種のいちごで独自のブランドを押し出していきたいという狙いもある。
果樹やいちごは海外への不法流出といった問題も多く、ブランド保護は喫緊の課題だ。生産者も育てる品種をどうするかは探り探りの様子。栃木県那須郡で『ちほのいちごばたけ』を経営する小林千歩さんは、次のように話す。
いずれは『とちあいか』生産も
「私のところでは『とちおとめ』の生産が8割くらいで、残りの2割は『ミルキーベリー』と『スカイベリー』です。今後の生産予定としては、しばらくは現状維持ですね。すべてネットショップでの直売で、お客様には品種の食べ比べをして楽しんでもらいたい思いがあり、いずれは『とちあいか』も作ってみたい気持ちはあります。ただ、親苗を育てたり、ハウスを分けたりといった細かい作業を考えると、ちょっと今すぐは手が回らないですね」
6年前からいちご生産をゼロから始めた小林さん。『とちぎ農業女子プロジェクト』にも参加し、3人の子どもを育てながら、いちご農園をひとりで切り盛りしている。
「同じような悩みを持つ農業女子の皆さんとつながれたのは支えになっていますね。夫はお米の専業農家なので、収穫の時期にはお手伝いをしてくれますが、基本はひとりで収穫からパック詰め、出荷までやっています。最近はいい出会いがあり、子どもの同級生のママでお手伝いしてくれる方もできました。本当に周りや家族に助けられながら、なんとか続けている状況ですね。子どもたちとの時間を大事にしたいという思いもあるので、今の自分に手が届く範囲内で今後も続けたいです」
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栃木県真岡市で『猪野さんちのいちご農園』を経営している、株式会社雄の猪野麻美さんは次のように話す。
「ウチの農園の栽培面積としては、『とちおとめ』が3000平方メートルほどで、JAにも出荷し、市場流通しています。『とちあいか』は昨年苗の申請をして、今年から実際に育て始めました。希少種の『とちひめ』や『ミルキーベリー』と合わせて500平方メートルほどで作っています。今後どの品種を栽培するかは、特に県から指定されるわけではなく、各生産者が個別に考えていくことになります。『とちおとめ』が明日からすぐ消えてなくなってしまうわけではないので、安心していただきたいですね」
麻美さんは、以前は保育士として働いており、4年ほど前から母の思いを引き継ぐかたちで就農。現在は同社のいちご部門を母の正子さんとともに支えている。実際に育ててみて、新品種の『とちあいか』は栽培しやすいという。
「苗を作る時点ですでにほかの品種に比べても強いなと思いました。同じ環境で育てていても『とちおとめ』より花のつき方も元気で、虫もつきづらいように感じます。大粒で形も安定していて、収穫して次の実ができるまでの展開も早い。“あいかは優秀でいい子だね〜”なんて言いながら収穫しています(笑)」
同農園のある真岡市は県内の生産量トップを誇る「いちごの王国の首都」だ。母の正子さんは、真岡市のいちご生産の歴史をこう振り返る。
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「ここ真岡市・二宮地区でいちご栽培が始まったのは、昭和29年ごろ。小麦に代わるいい作物を模索するなかで、麻美さんのおじいさんに当たる方が農協の方々と足利市のいちご栽培を一生懸命学んで帰り、この地で広めていきました。当時はいちごを“グミ”と呼んでいたようですね」
二宮地区は二宮尊徳(二宮金次郎)のゆかりの地。その教えに従い、「いいものはみんなで共有し、盛り上げよう」という思いが強いそうだ。
改良を重ねて生まれた『とちおとめ』『とちひめ』
「かつては栃木初の独自品種である『女峰』という品種があり、改良を重ねて『とちおとめ』や『とちひめ』といった品種が生まれました。2008年には全国初のいちごの総合的な研究開発拠点となる『いちご研究所』ができ、そこから『スカイベリー』や『ミルキーベリー』、そして『とちあいか』が誕生しています。県やJA、生産者のさまざまな努力の歴史があって、今の“いちご王国・栃木”があるんですよ」(正子さん)
高齢化でハウスをたたんでしまう農家も多い。県のデータではいちごの生産者数は平成23年から10年で約17%減少している。一方で、新規就農者の傾向としては、いちごを志向する割合が年々増加しているという事実も。
「ウチの近所でも若い方が新しくいちごの生産を始めることになり、地区の農家のお年寄りも“やっぱり若い人の作るいちごはいいね”なんて喜んでいます(笑)。私も麻美さんにいちごを引き継いでいますが、新しくネットショップを始めたり、いちごの加工品に力を入れたりと、彼女なりにいろんな挑戦を積極的にしてくれています」(正子さん)
品種も人も、歴史のなかでバトンを引き継いでいく。未来を担う“次世代”がどう活躍していくのか……栃木のいちごにさらなる注目が集まる。
<取材・文/吉信 武>