プロイラストレーターが最近のAI「どうすんだこれ感」について思ったこと

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2023年03月29日 06:11  ITmedia PC USER

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ITmedia PC USER

機械にペンを渡す未来が来るのでしょうか?

 こんにちは! イラストレーターのrefeiaです。今日はイラストAIについて話していこうと思います。



【その他の画像】



●はじめに



 実は先日、PC USERの編集さんから「そろそろAIの記事でも」と打診いただいたんですが、「そんなの……“どうすんだこれ感”を高らかに歌い上げることぐらいしかできないんですが……」みたいな気持ちになりました。



 とはいえ避けていてもしょうがないトピックでもあり、ついでに調べたり考えたりする機会になればお得かなという気持ちもあり、この記事を書くことにしました。



 ちなみに、自分の今の立場は



・Stable DiffusionやNovelAIをいじったことがある



・それらのAIを制作のワークフローに組み込んだことはない



 ぐらいです。よろしくお願いします!(ネタバレですが、結論はありません)



●急にジェネラティブAIが来た……?



 ここ半年ぐらい、見たことのないようなAIブームが来ています。SNSでも人々がAIの能力や新しい使い方を興奮気味に話す様子が毎日のように見られますし、大企業は急に目覚めたかのように新しいサービスや機能を発表しています。



・「ChatGPT」とは一味違ってさらに便利! Googleとの違いは? Microsoft Bingの「AI検索」を試して分かったこと



・「Bing」の大幅アップグレードでGoogleを追撃!? Microsoftが「OpenAI」に最大100億ドルの投資をするワケ



・Adobeが“プロでも使えて稼げる”コンテンツ生成AIを発表 Creative Cloud向けにコパイロット機能も用意して学習機能も開放



 それ以前も、十分にAIブームだったと思います。画像に何が写っているかを言い当てるようになり、話した言葉を聞き取るようになり、それがPCやスマートフォンから使えるようになって、いろいろなことが便利になりました。



 20年ぐらい前は「ニューロ・ファジィ〜♪」みたいなTV CMをよく見かけながら、さして家電製品の性能や生活が変わった実感はなかったですし、情報科にいた大学生時代には「AI研究の最大の成果、そんな簡単じゃないって分かったことだったね」みたいなジョークを聞いていたので、なおさらそう思います。



 これまでのブームは認識力の進化でしたが、今回のものは文章や画像の生成能力の進化(ジェネラティブ)で、社会がその能力を発見する様子も急激なものでした。正確性や能力に過信はできないとはいえ、技術に疎い人すら「大きな壁を越えた」と実感できる進化があったのは確かです。



●イラストAIの進化と現状



 そして本題のイラストAIです。世間ではどちらかというとチャットAIの方が注目されていますが、チャットAIと比べてイラストAIの際立つ特徴は、悪用と対立を生んでいる、という点でしょう。それはまず横に置いて、これまでの流れからおさらいしておきます。



画像生成AIの過去



 今のようなイラストAIの到来を予期できるような出来事は、2010年代中ごろからありました。



 まずは2015年の「AIの夢」です。気味の悪い出来が多いですが、入力画像の中から何かを感じ取ってディテールを加えたり、「何からしきもの」を生成する力が表れていたりしました。この後も「絵画らしきもの」を描くAIなど、さまざまな技術が発表されました。



 まだこの時点では、我々の描くイラストと同等以上の見栄えは想像しづらかったかもしれません。



 もっとはっきりした出来事の1つは、2019年の「Waifu Labs」の発表でしょう。バストアップのみで、髪の毛や服に不審な点が多いですが、明らかに「こちら側」の画風で、そこそこかわいいイラストを安定して生成できるようになっています。2018年から2019年にかけてはWaifu Labsに限らず顔の回りを生成するものが多く、顔が生成できるならいずれ身体も、と想像するのに十分な時期だったと思います。



そして現在



 後はご存じの通りです。「Midjourney」が発表されて話題になり、こちら側のイラストに応用しやすい「Stable Difusion」や「NovelAI」が発表されて、今のにぎわいに至ります。また、初期には人間が「プロンプト」だけで指定するには限界があり、AIに任せるかひたすら当たりを引くまでリトライするしかないと思われていたことも、明確に指定を出すことができるようになってきています。



 以下がその一例です。



・ポーズを指定



・線画を比較的きっちり守って彩色



・画風を再現させる



悪用と対立へ



 もちろん、他者に迷惑をかけないように楽しんでいるユーザーも沢山いると思いますが、イラストAIが悪用されたり、それを知って絵師さんがショックを受けていたりする例は毎日のように見かけます。



 特にStable Diffusionは、本体や拡張、モデルの開発が日進月歩で進んでいるのに加えて、自分のPCで動かせるツールなので、悪いことに使うかどうかは本人のモラルで決まってしまいます。悪用はだいたい、何らかの盗用、または著作者人格権(作品を勝手にいじられない権利)の侵害の形をとることが多いようです。



・他人の作品をAIの入力にした盗用



・他人の作品のAIの入力にした勝手な描き直し



・他人の作品を勝手に使った、画風再現用モデルの作成



 また、根本的なポイントとして、モデル生成に使われた大量の作品はアーティストの同意を得ていないという問題もあります。最終的に法的に保護される向きで落ち着くかどうかは分かりません。ですが、個人的には自分の作品について、他人のAIの学習や入力に使っていいかを答える機会があったならば「No」と答えると思いますし、多くのアーティストが(対価などの条件がないかぎり)「No」と答えるでしょう。



 当初は「研究用ならまあ……」という感じだったかもしれません。ですが、社会に対して責任ある態度で製品の面倒を見ない開発側と、それに乗じてモラルのない使い方をするユーザーによって、対立がまん延してしまいました。これの落としどころがどうなるにせよ、ルール作りや法的な判断がまとまってくるのはしばらく先になることでしょう。



 悪用や対立を助長しないよう、敏感に注意を払って製品の面倒を見ている「ChatGPT」は、能力を恐れられながらも各方面からそこそこ愛されています。対照的に揉め放題なイラスト分野は情けないばかりですね。



●絵師はイラストAIとつきあうべきか



 さて、こんなに嫌われているイラストAIですが、自分は無視しない方がいいと考えています。まずは状況を整理しましょう。



1. 手作業だけで描くことの価値は無くならない



2. AIの流れが止まったり消滅したりするとは想定できない



3. AIには良い画を出力する力がある



 まずは「1」、SNSなどでは手描きの絵が尊敬されるのは続くと思います。いくら機械が優れる時代になっても、スポーツ選手や棋士がかっこいいのが変わらないのと同じです。2018年に開催された、1 on 1で競っているかのようなライブドローイングイベント「pixiv ONE」がその好例でしょう。ただしスポーツに近いと考えるなら、「手作業だけ」を主な収入源にするのは狭き門になるかもしれません。



 一方でこの価値観によって、AIイラストか手描きかどうかが簡単には分からないのも対立の原因の1つになっています。



●仕事の仕方はたぶん変わる



 そして「2」ですが、業務としてのイラスト制作では、ワークフローの中でAIの活用は増えていくと思います。絵師の人格が中心にない場合、つまり「絵が必要」という問題が中心ならば、全部手描きにこだわる動機が薄いと思いますし、最終的な顧客も強くこだわらない人が多いと思います。現に、ゲーム内で絵にペンネームが添えられるスマホゲームが結構あった10年前と比べて、ゲームのイラストを誰が描いているかを気にかけないことが多くなっていませんか?



 当面は法的リスクやヘイト、後ろめたさのような意識もあるでしょうし、素早く移行するとは思いません。ですが、「Adobe Firefly」のような法的にクリアなサービスも出始めています。仕事での制作にはコストや納期の制約、他者との競争もあるため、好きに描いていれば済むものでもないです。もしAIの活用を勉強せずにがんばるならば、それなりの覚悟をもってすべきだと思います。



●趣味ならどっちでもいい



 趣味なら勝手にすればOKだと思います。徒歩で山に登っている人とロープウェイで山に登っている人がいるとして、徒歩の人がロープウェイの人に「お前は山遊びのなんたるかを分かっていない」とは言わないですし、反対にロープウェイの人は「徒歩なんて効率悪いし時代遅れ」とも言わないです。



 ずっと手だけで描くのは楽しいことだし、AIによる表現の探求も素敵なことだと思います。



●先生やリサーチ・パートナーとしてのAI



 次に「3」、AIイラストは端的に言って上手いです。上手いということは表現や技法が優れていて、学ぶ余地があるということです。また、制作したいテーマを入力すれば、自分だけでは出せなかった発想が見つかることもあるでしょう。



 将棋などでは既に人間より強くなったコンピュータを利用して研究するのは当たり前ですし、ドライビングゲーム「グランツーリスモ」でも、人間より速くなった運転AIに対してトップ選手が「AIから学べることも多い」と述べています。



 ただし、イラスト分野では先に書いた通り、アーティストの同意なく収集された作品でモデルが作られている問題は残っています。ですが、例えばイラスト制作のためのリサーチをしていて、Pinterestに多分同意なく流れてきたっぽい素敵画像を誰のものとも意識せず、ガン見しているときと比べてどうかと考えると、それほど簡単ではない気がしますし、何とも言い難いところです。



●技術の民主化と「靴磨きの少年」



 ところで、「靴磨きの少年」の逸話を知っていますか? 昔々、ウォール街のある投資家が、靴磨きの少年が「株がもうかる」と話しているのを耳にして、手持ちの株を処分して世界恐慌の難を逃れたという話です。誰もがもうかるような話が聞こえ始めたら、その相場は終わりが近いということですね。



 最近、AIイラストに関して利用者らしき人の「わりと誰でも絵で稼げる時代が来た」のような発言を見かけて、ハッとしました。そもそもAIを駆使する時点でハードルがあり、その中で収入源になるほどファンを付けるのは誰でも簡単にとは思えません。靴磨きの少年レベルではなさそうですが、それ以前からも「イラストで稼ぐ方法」のような情報も増えてきていますし、20年ぐらい前から界隈(かいわい)を観察してきて、学びの機会と質、収入機会の向上が相まって、加速度的にイラストを描く技術が民主化しているのは実感しています。



 もう1つ、90年代のカラオケブームは知っているでしょうか。当時は国民的娯楽と言ってもいいほどで、若者を中心に流行して誰もが歌が上手くなり、歌が上手い → 憧れられる、という時代がありました。



 歌唱力の民主化です。その数年後に何が起こったかというと、急激なCD売り上げ減少と音楽業界の低迷でした。音楽業界の低迷は景気などいろいろな原因があるでしょうし、カラオケが主な原因とも言えないでしょう。ですが、ある分野のライフサイクルの最終局面を振り返るとこの手のことが観察できるというのは、無いとも言えなそうです。



 これがイラスト分野と関係あるか、あるとしてもどの範囲の分野なのか、結局は自分にも分かりません。インターネットによる情報発信の民主化と出版/マスコミ業界の関係や、デジカメやスマホカメラの発展とカメラ/写真文化の関係に思いをはせてもいいかもしれませんね。



 近年は疫病もあれば戦争もあり、エネルギー危機、AI革命など、社会や生活に大きな変化が起こりがちな「VUCAの時代」です。いたずらに不安をあおって手を引かせたり夢をあきらめさせたりしたいわけではなく、ただ気を付けて進んでほしい、と思います。



 上のような考え方に限らず、生活の余力を大きめに取ったり、変化への適応力を鍛えたり、「〇〇先生が言っていたので大丈夫だよね」「みんなが言っているから大丈夫だよね」とかではなくて自分で回りに気を配る癖をつけておくのは、イラストに限らず、損は無い習慣になるでしょう。



●まとめ



 どうすんだこれ……(記事の内容的に)。



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