ウクライナのゼレンスキー大統領(左)と会談するため、キーウを電撃訪問した岸田文雄首相/3月21日(Ukrainian Presidential Press Office/UPI/アフロ) 安倍晋三元首相の死後、自民党の保守派が力を失っている。リベラル派の岸田文雄首相の求心力が高まるはずだが、現実はそうではない。一体なぜなのか。AERA 2023年4月3日号の記事を紹介する。
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岸田文雄首相は3月21日にウクライナの首都キーウを電撃訪問し、ゼレンスキー大統領と会談した。G7(主要7カ国)の中でキーウを訪れていない首脳は岸田首相だけだったから、5月の広島サミット(主要7カ国首脳会議)の議長を務める岸田氏としては、念願の訪問をようやく実現したことになる。それでも「得意の外交で政権の求心力が高まる」とたたえる声は与野党からあまり上がっていない。その理由は岸田首相の置かれた政治状況にある。
昨年7月に安倍晋三元首相が凶弾に倒れ、安倍氏が率いてきた自民党の保守派が急速に力を失っている。しかし、だからといってリベラル派の岸田首相の求心力が増してきたかというと、そうではない。なぜか。2021年秋の自民党総裁選で岸田氏は、菅義偉前首相が支持した河野太郎デジタル相や安倍氏が推した高市早苗経済安保相らを破って勝利した。ただ、岸田氏が保守派と全面対決したわけではなく、首相就任後も安倍氏との連携は続いていた。安倍氏の死後も、安倍派との協調が維持されている。保守派が凋落(ちょうらく)しても岸田首相の追い風にはなっていないという構図である。
■新体制でリフレ派排除
保守派の地盤沈下は昨年末から顕著になってきた。防衛費の増額に伴う法人、所得、たばこ3税の増税。安倍氏は生前、防衛費の増額分は増税ではなく国債でまかなえばよいと主張。自民党安倍派の議員からも「増税反対。防衛費増額には国債発行で対応すべきだ」という声が相次いでいたが、岸田首相は増税の方針を貫いた。
日銀の黒田東彦総裁の退任に伴う正副総裁人事では、総裁に経済学者の植田和男氏、副総裁に日銀理事の内田真一氏と前金融庁長官の氷見野良三氏が、国会の承認を得て、それぞれ就任。安倍政権下では、黒田氏が安倍氏の意向を受けて大規模な金融緩和を進めた。副総裁には金融緩和を重視する「リフレ派」が10年間、居続けた。新体制ではリフレ派が排除された。安倍派には、黒田路線を引き継ぐ雨宮正佳副総裁の総裁への昇格を望む声があったが、雨宮氏は固辞。安倍派内には「脱アベノミクスの流れが加速するのではないか」との警戒論が出ている。
■保守派を蚊帳の外に
韓国との関係改善も動き出した。安倍政権下では、元徴用工への賠償を認めた韓国大法院の判決をきっかけに日韓関係は「過去最悪」の状態に陥っていた。日本は半導体材料の対韓輸出規制を決め、韓国はWTO(世界貿易機関)に提訴。安倍氏を支持する保守系雑誌は韓国たたきを強めた。それが一転。韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領の決断で財団をつくって賠償を肩代わりすることになった。岸田首相も評価して決着の方向に進んだ。3月16日には尹大統領が訪日して岸田首相と首脳会談。「未来志向の日韓関係」をアピールした。東京・銀座の飲食店で開かれた夕食会で和やかに酒を酌み交わすなど、首脳同士の交流を深めた。韓国バッシングを続けてきた保守派は蚊帳の外に置かれた。
安倍政権当時に首相官邸側から放送法の解釈変更を求める動きがあったという総務省の行政文書が暴露されたのも、安倍氏に連なる保守派には打撃だ。文書によると、安倍派の参院議員だった礒崎陽輔・首相補佐官(当時)が放送法の政治的公平性をめぐって、放送局の番組全体で判断するとされていた従来の解釈を、一つの番組でも偏っている場合は公平性を欠くと判断できると変更すべきだと主張。総務省の官僚に解釈変更を強要する安倍政権の強引な体質を印象付ける文書である。文書については、当時総務相だった高市早苗氏が自身の発言などは「捏造(ねつぞう)だ」と反論。野党側は追及を強め、自民党内でも高市氏の対応に批判が出ている。
自民党内に波紋を広げたのが安倍氏の地元である山口県下関市の市議選の結果だ。2月5日に投開票され、定数34のうち、安倍氏を支持してきた勢力は9人から7人に減少。これに対して安倍氏のライバルとして争ってきた林芳正外相(自民党宏池会座長)を支持するグループは11人から12人に増えた。
林氏はもともと下関市出身だが、参院から衆院に鞍替(くらが)えした現在の選挙区は下関市ではなく、隣の宇部市や萩市など。それでも、林氏の勢いが強まっていることに、自民党内からは「安倍時代の終わりを実感した」(閣僚経験者)という声が聞かれた。
安倍氏が率いてきた保守派が沈む中でも岸田首相が浮上していないことは、世論調査にも表れている。朝日新聞が3月中旬に実施した世論調査によると、岸田内閣の支持率は40%で前月比5ポイント上昇したものの、不支持率は50%(前月は53%)で、支持率を上回っている。同時期の読売新聞の調査でも支持率は前月(41%)から横ばいの42%、不支持率は43%(前月は47%)だった。岸田政権の「低位安定」は変わっていない。
多くの調査では、岸田政権を支持する理由について「ほかの政権より良さそうだから」という回答が多い。岸田首相を積極的に応援するというより、消去法で支持している人が多いのだ。自民党の選挙対策担当者は、「内閣支持者も自民党支持者も、安倍政権に比べると熱量不足だ」と指摘する。(政治ジャーナリスト・星浩)
※AERA 2023年4月3日号より抜粋