※写真はイメージです(写真/Getty Images)光を当ててがん細胞を破壊する最新治療「がん光免疫療法」が、2020年に頭頸部がんで保険適用になった。治療する医師は「腫瘍が縮小、消失する患者もいる」と期待を寄せる一方で、課題も感じている。週刊朝日ムック『手術数でわかるいい病院2023』で取材した内容をお届けする。
【イラスト図解】がん光免疫療法の仕組み* * *
「がん光免疫療法」は、米国立保健研究所(NIH)主任研究員の小林久隆医師が考案した、光を利用してがん細胞だけを狙い撃ちにする治療法だ。再発した頭頸部がん(口腔がんや咽頭がんなど)患者を対象に海外でおこなわれた臨床試験では、30例のうち13例、日本でも3例中2例で腫瘍が縮小したと報告された。こうした結果を受けて日本では2020年11月に、「手術ができない局所進行頭頸部がん、局所再発した頭頸部がん」の治療に保険が適用された。
頭頸部がん、食道がん、胃がんなどいくつかのがんでは、がん細胞の表面に「EGFR(上皮成長因子受容体)」というたんぱく質が現れる。がん光免疫療法では、EGFRにくっつく性質を持つ抗体と、光に反応する光感受性物質(IR700)を組み合わせた「アキャルックス」という薬剤を使用。アキャルックス®を点滴後、抗体ががん細胞上のEGFRにくっついたところでがんにレーザー光を当てるとIR700が反応し、がん細胞を破壊する。局所のがんをたたくだけでなく、壊れたがん細胞から出る物質で免疫が活性化する効果も期待されている。
こうしたアキャルックスを使用した一連の治療は「アルミノックス治療」と呼ばれている。インターネットで光免疫療法を検索するとさまざまな薬剤や機器、手法を使った治療が出てくるが、現在、厚生労働省に認可されたがん光免疫療法は、頭頸部アルミノックス治療のみだ。
■施設要件や適応を限定し慎重に保険診療を開始
アルミノックス治療はどの医療機関でも受けられるわけではなく、「日本頭頸部外科学会に認定された指定研修施設」「常勤の頭頸部がん指導医がいる」といった施設要件をクリアした医療機関のみで実施されている。臨床試験をおこなった国立がん研究センター東病院副院長の林隆一医師はこう説明する。
「初めて人に対しておこなわれた臨床試験から日本での承認までわずか5〜6年で、対象患者数も少ない。また承認はされたものの海外の第3相試験はまだ進行中という状況です。新しい治療なので、安全かつ慎重に進めるために、施設要件を設けています」
本誌では日本頭頸部外科学会認定の専門医・指導医所属施設を対象に、22年11月現在、頭頸部アルミノックス治療を実施しているかを調査。60件の病院から実施していると回答を得て、その病院には21年の治療件数を記入してもらった(週刊朝日ムック『手術数でわかるいい病院2023』参照)。その結果、治療件数は1〜2人、あるいは0人という病院も多かった。
林医師は治療件数が少ないことについて「治療の適応がとても厳しいことも理由」と話す。
「まず根治的な治療がすべて終了していなければなりません。さらに治療対象の病変は進行・再発がんで、『切除不能』というのが一つの条件です。一般的には頸動脈に浸潤がある場合に切除不能とされるため、治療を受けられると思いきや、治療後の出血の危険性から『頸動脈浸潤があると治療の対象外』なんですね。そのあたりも各医療機関での件数が伸びない要因になっていると思います」
■小さい腫瘍が縮小・消失 縮小後の増大や再発も
アルミノックス治療に保険が適用されてから2年以上が過ぎた今、どの程度の治療効果が出ているのだろうか。
「全国的な集計はまだおこなわれていません。我々の印象からすると比較的表面に近い小さい腫瘍で、縮小や消失する効果が出ています。だんだん縮小するというよりも、短い期間に腫瘍の縮小や壊死が認められることも多い。一方、すべての治療に言えることですが、非常に大きい腫瘍の治療は難しいと感じています」
治療効果の判定が難しいという課題もある。治療でいったん腫瘍が消失しても、しばらくするとまた出てくることがあるからだ。林医師はこう話す。
「保険では4週間以上空けて4回まで治療できるので、再発するたびに治療を繰り返すことも少なくありません。1年近く再発がなく、制御されている患者さんも出てきています」
しかし大きい腫瘍では縮小するものの再び増大し、治療を繰り返してもやがて病勢を抑えきれなくなるケースが多いという。
「これまで受けた治療などによっても効果に違いが出ている可能性はありますが、今はまだ患者数が少なく、まとまった解析はおこなわれていません。今後、多数例での分析が進めば、『どういう腫瘍に効果があるのか』といったことがわかってくるでしょう」
なお、現段階でアルミノックス治療が受けられるのは、根治治療の終了した進行・再発がんの患者に限られる。しかしすでに手術や放射線、抗がん剤などの治療が終わって再発している患者は、アルミノックス治療のような局所の治療のみでは制御しきれないのが現実だ。
「現在は併用療法の実施は認められていません。しかし、今後免疫チェックポイント阻害薬を併用するなど、全身療法が併用できるようになれば、治療成績は変わると思います」
さらに林医師は、
「治療の選択肢がなくなった患者さんにとって、からだに大きな負担をかけずに実施できるこの治療は大きな希望になります」
とした上で、こう続ける。
「この治療をしている医師の多くは小さい腫瘍のほうが良い効果を得られることを経験してきているので、『もっと早い段階で使えれば』という思いもあります。早期に展開するには臨床試験の実施が必要になりますが、将来的に適応は広がっていくと思います」
■食道がんや胃がんなど頭頸部以外のがんにも期待
アルミノックス治療に使用する薬剤はEGFRにくっついて効果を発揮するため、頭頸部がんでもEGFRを発現しないがんには効果がない。また光が届かない位置にあるがんも治療はできない。林医師はこう言う。
「自分が治療の対象になるかどうか、主治医に聞いてみてください。今は全国に治療を実施できる病院があるので、主治医から地元の病院に紹介してもらって相談するのもひとつの方法です。根治治療を終えて再発してきた時点で、一度相談しておくといいでしょう。学会の委員会で検討が必要ですが、できるだけ早く治療を開始できる態勢が整えられています。その段階では『ほかの治療を選択したほうがいい』という結論になったとしても、将来アルミノックス治療が必要になったときにスムーズに導入できます」
今後、「頭頸部以外のがんにも治療が広がっていくのか」も気になるところだ。
「内視鏡の先端からレーザー光を当てるという方法で、消化管のがんを治療できる可能性があります。当院では食道がんや胃がんで医師主導の臨床試験をおこないました。今後、機器の開発や臨床試験により、ほかのがんにも適応が広がっていくことが期待できます」
(文/熊谷わこ)
※週刊朝日ムック『手術数でわかるいい病院2023』より