
2021年に陸上男子100mの日本新記録を樹立し、活躍している山縣亮太さん(30)。実は1730gと小さく生まれました。日本ではおよそ10人に1人の赤ちゃんが、2500g未満の低出生体重児として生まれています。小さく生まれたことで困ったことや壁を感じたことはあったのでしょうか。(聞き手:withnews編集部・河原夏季、沼田千賀子)
<山縣亮太(やまがた・りょうた)さん:1992年、広島県出身。修道高から慶大を経てセイコー入社。2021年に男子100mで9秒95の日本新記録を樹立。東京五輪では日本選手団の主将を務めた>
「へえ、大変だったんだ」
<1992年6月、妊娠28週1730gで生まれた山縣亮太選手。多くの赤ちゃんは妊娠37〜41週(正期産)で生まれ、平均出生体重は3000gほどです。小さく生まれた事実はのちに両親から聞きましたが、詳しい話を聞くことはありませんでした>
小学生のとき、両親から生まれた頃の話を聞きました。予定日より2カ月早く1730gで生まれ、すぐにNICU(新生児集中治療室)に入ったこと。医師に「何かしら障害が残るかもしれない」と言われたこと。小さい頃は病弱だったそうです。
そういう話を聞いても「へえ、大変だったんだ」ぐらいにしか思いませんでした。物心ついた時には外で遊ぶのが大好きで、元気でしたから。
小学生の頃は、背丈の順に並ぶと前から3番目から5番目ぐらい。ただ、小さく生まれたから背が低い、体が弱いと思ったこともありません。生まれたときのことについて、父は詳しい話をしたがらなかった気がします。心配させないように、という親心だったのかもしれません。
競技に打ち込んでここまできた
<幼い頃は風邪が悪化して入院したこともあったという山縣選手ですが、小学校入学後は健康面で特に気になることはなかったといいます。小学4年のときに出場した地元・広島市の陸上大会100m走で優勝したことをきっかけに、地元の陸上クラブに参加しました>
陸上選手になるきっかけをつくってくれたのも父です。小学生のときに大会に出て陸上クラブからスカウトされたのですが、僕は乗り気ではありませんでした。でも父が練習に参加できるように計らってくれ、やってみると友達もできて楽しかったんです。
小さく生まれたことが、体にどういう影響を及ぼしたのかは分かりません。ただ、なにかしらのハンディキャップを背負って生まれてきたらしい状況にありながらも、その後は目標を持ってやってきましたし、「よくやっているな」と思います。
意識して「前向きに」というよりは自然とそうなっただけですが、競技に打ち込んでここまできました。あまり気にしない性格でよかったなと思います。「才能がないかも」とか「小さく生まれたから」とかネガティブな方向に気持ちが引っ張られていたら、どこかで挫折していたかもしれません。
僕のハンディキャップになるかもしれない部分を受け止めて、両親が大事に育ててくれたことが、いまの自分の根っこにあります。その後の人生や選手生活で、前向きでいられるきっかけの一つなのかもしれません。
山縣選手の父「ネガティブに捉えていないことがうれしい」
<山縣選手の誕生や成長について、父・浩一さん(63)にも話を聞きました。幼いときは、「不安と喜びの日々だった」と振り返ります>
父・浩一さん:生まれたとき、「オギャー」という泣き声を聞きました。週数の割に大きい赤ちゃんでしたが、内臓は成熟しておらず、特に肺は「重症」でした。それにしてはよく「オギャー」と泣けたなと思います。NICUで面会中にもしょっちゅう呼吸が止まっていて、看護師さんが背中をたたいていました。
親として未熟だったと思いますが、体調が安定していない姿を見ることは怖かった。当時は不安と喜びの日々で、だんだん成長する喜びが勝っていきましたね。
いま彼がやっていることは、彼自身の力や考えで成し遂げてきました。小さく生まれたことは彼の力ではどうにもならなかったのですが、ネガティブに捉えていないようでうれしく、安心します。
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【取材後記】小さく生まれた子どもへ、伝えたいことは?
筆者の1歳の息子も低出生体重児です。出産当時、不安に襲われながら検索する中で、小さく生まれた著名人の情報にたどり着きました。
その中の一人が、山縣亮太選手でした。
ただでさえ山縣選手のように日々の努力が実り、活躍する人はほんの一握り。しかし、子どもが小さく生まれて不安に押しつぶされそうな保護者にとって、その成長や活躍はひとつの「希望」となっています。
小さく生まれた赤ちゃんについて取材をする中で、「小さく生まれた本人に話を聞きたい」という声をたびたび耳にします。成長した低出生体重児の情報は、それほど多くありません。
低出生体重児と一口に言っても1000g未満から2500g未満と差があり、早産も妊娠22〜36週と幅広いため、出産の状況やその後の成長は人それぞれです。
年間およそ20人に1人が早産で生まれますが、母親が何かをしたから早産になるわけではなく、予防法も確立していません。より早く小さく生まれるほど病気や障害のリスクは高くなり、医師からそんな説明を受けることもあります。
山縣選手は、小さく生まれてもみんなそれぞれ状況が違うことを前提としつつ、「小さく生まれた本人」としての思いを話してくれました。
体は小さくても、物心ついたときから外で遊ぶことが好きで元気だった山縣選手としては「へえ、大変だったんだ」と、本当にそれ以上でも以下でもないのだと思います。
答えづらい質問だとは思いつつ、前向きなメッセージを期待して「小さく生まれた子どもたちへ、伝えたいことはありますか?」と尋ねてみました。
すると、やや困った表情をしつつも考え、こう話してくれました。
「子どもはあくまでも『フラット』だと思うんですよ。自然に生まれて、育ってきていると思うから。僕の場合は『あなたは小さく生まれたからこういう風に生きなさい』という感じのことを言われなくて良かったと思っています」
「逆に小さく生まれた子たちに言うことってあるのかな? 言うことによって気にしてしまうかもしれない。そこは気が引けますね」
身を隠したいくらい恥ずかしくなりました。低出生体重児の親だからこそ、気にしすぎていた部分もあるかもしれません。
山縣選手のご両親は、不安だらけだったけれど心配しすぎず、そのときそのときで一生懸命に対応してきたそうです。
小さく生まれた事実は伝えても、「あえて具体的に話すことではないと思っていた」とも話してくれました。そこには、息子に心配をかけないようにという親心と、「亮太の活動にマイナスになったらどうしよう」という思いもあったそうです。
親の不安を子どもに感じさせず、息子の活動への影響も考えてサポートする。おおらかな姿勢や心の余裕を大切にしていきたいと思います。
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日本では、およそ10人に1人が2500g未満で生まれる小さな赤ちゃんです。
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