国境を越えて活躍するエンジニアにお話を伺う「Go Global!」シリーズ。前回に引き続き、今回もLeapMindでAI(人工知能)の研究に携わるLily Tiong(リリィ・ティオング)さんにお話を伺った。難易度の高い研究に一生懸命打ち込むリリーさんを支えているのは、聡明(そうめい)な母の教えだった。
聞き手は、アップルやディズニーなどの外資系企業でマーケティングを担当し、グローバルでのビジネス展開に深い知見を持つ阿部川“Go”久広。
●潜在的な可能性に引かれ、AIエンジニアの道に進む
阿部川 “Go”久広(以降、阿部川) 2018年にLeapMindに転職しました。きっかけは何ですか。
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Lily Tiong(リリィ・ティオング、以降リリィさん) AI(人工知能)ですね。2017年ごろからAI分野が注目され始め、私も興味を持ちました。そこで目に留まったのがLeadMindの求人でした。LeapMindはWebサイトやSNSなどを通じて積極的に求人募集をしており、「良さそうな企業だな」と思って応募し、無事採用されました。
阿部川 専門は電子工学だったかと思いますが、AIには以前から興味があったのですか。
リリィさん いいえ。AIに興味を持ったのは最近です。AIは多くのアプリケーションによって構成され、動作します。それがとても面白いことだと思いました。学んだことに関係しているかどうかというよりは、その潜在的な可能性に興味をそそられた感じなので、まさに一から勉強しているさなかです。AI関連の技術は、コンピュータの中でも変化の早い分野ですから、学び続けないと追い付けません。
阿部川 「AI」とひと言で言ってもその領域はさまざまですし、例えば「ディープラーニング」ですらほんの一領域ですからね。現在はAIに関するどのような業務をしているのですか。
リリィさん 「Efficiera」(エフィシエラ)という“AI推論アクセラレータIP”で動作するディープラーニングモデルを開発しています。私が担当しているのは、システム階層の上位に位置する、モデルの開発や適用に関する部分です。
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阿部川 Efficieraはどういった分野で活用されるものなのでしょうか。
リリィさん エッジAI自体が潜在的に多くの分野で活用できるものなので一概には言えませんが、例えばノイズリダクションや物体検知モデル、自然言語の意味論モデルなどで使うのが有用だと思います。
阿部川 なるほど。高い技術が要求されるので日々の勉強も大変でしょう。
リリィさん はい、毎日チャレンジですね。でも、ほんの少しでもいいから、昨日よりもっとプロフェッショナルになりたいと思って頑張っています。まだまだ道のりが遠いのは分かっていますから、少しでも技術の進歩に追い付きたいと毎日思っています。チームメンバーの皆にも助けられて、自分の持つポテンシャルをなるだけ出していけるようにできればと考えています。
実践的なAIが注目され始めた当初、興味を持ったエンジニアは多いと思いますが、そこに「えいや」と飛び込めるのはすごいです。おっしゃる通り先進の分野なので勉強も大変だと思いますが、「少しでも昨日より先に行きたい」というその情熱には頭が下がるばかりです。
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●「教育」が私を遠くまで連れてきてくれた
阿部川 マレーシアでは、女性がエンジニアになるのは一般的ですか。
リリィさん マレーシアでは一般的だと思います。私が大学生のころは、学生の半数は女性でしたし、エンジニアになろうとすることは普通でした。ですから東京工業大学の研究室で、女性が私だけだったときはびっくりしました。
阿部川 なぜ多くの女性がエンジニア志望なのですか。
リリィさん 他の国のことは分かりませんが、マレーシアでは、エンジニアは高給なので(笑)。
阿部川 それはとても大切なことですよ。
ちょっと話を戻します。ボルネオ島はマレーシア本島や他の国々から孤立した場所でしたが、リリィさんは外の世界に飛び出せた。何がそれを可能にしたのでしょうか。
リリィさん 私に教育と知識がなければ、外の世界に出る機会は訪れなかったと思います。大学に進学しなかった友人たちは、高校を卒業してすぐに結婚し、生まれた町で暮らし、今もそこで生活しています。彼らは生まれ故郷以外のことを知りません。
私自身、兄弟が多かったし、家が裕福ではなかったので、大学に進学することは考えてはいませんでした。成績ではなく、経済的な理由で進学できなかったかもしれなかった。しかし幸運にも政府の学費ローン制度があったので大学に行けました。もし大学に進学しなかったら、日本政府の奨学金制度を知る機会もなかったし、日本に来る機会もなかったでしょう。私がここまで来られたのは教育があったからです。
阿部川 教育と知識の必要性は、子どものころから気付いていたのですか。
リリィさん はい。もちろん今ほど明確に意識していたわけではありませんが、島を出るためには教育が必要で、そのためには大学に行かなければとは考えていました。ただその後のことまでは意識してはいませんでした。今では、教育が私を遠くまで連れてきてくれたと確信しています。
阿部川 ご家族で大学進学を勧めてくれた方はいらっしゃいましたか。
リリィさん 特に母が応援してくれていました。両親とも高等教育を受けていなかったので家は裕福ではありませんでしたが、子どもの私たちには常に高度な教育を受けさせて、大学に入ってできる限り高い能力を身に付けてほしいと願っていました。
阿部川 素晴らしいお母さまですね。他の兄弟の方々はどうされているのですか。
リリィさん みんなさまざまな分野で活躍しています。公務員や医者になった兄弟がいますし、学校の先生をしている兄弟もいます。私と同じエンジニアもいます。兄弟全員がとても元気で、きっとそれは母のおかげです。
阿部川 お母さまに感動しました。7人のお子さんを育てるだけでも大変でしたでしょうに、その上、皆さん知識が大切な職業に就いておられる。それはそう簡単にできることではありません。
リリィさん はい、私もいつも感謝しています。
以前、インタビューさせていただいたミャンマーのエンジニアのお話を思い出しました。日本ではあまり意識しませんが、教育の機会があるかどうかで人生が大きく変わるといったことは海外では珍しくありません。リリィさんが勤勉なのはもちろん、それを支えてくれたお母さんがすばらしいです。
●エンジニアとは自ら問題を見つけ、解決できる人のこと
阿部川 日本のエンジニアにメッセージをいただけますか。
リリィさん 日本のエンジニアの方々はとても優れた技能を持っていますし、仕事に対する姿勢も素晴らしいと思います。エンジニアとしてのスキルも高いし、知識も豊富です。一番感銘を受けたことは「知識を自分たちだけのものとせずに皆でシェアする」という姿勢です。それに日本には、仕事の機会や情報など、エンジニアが使える資産がとても豊富にあります。
ですから、日本のエンジニアのみなさんが今よりももっと英語でコミュニケーションができれば、もっと多くの機会が生まれますし、外国に比べて競争力も強いと思います。
それともう1つ。日本のエンジニアはもっとイノベーションやクリエーションを発揮してもいいと思います。何か全く新しいものにチャレンジするとか、エンジニアリングの領域で全く新しいツールを開発するとか。
エンジニアというのは問題を解決する人だと思います。でも、問題が自分のところに来るのを待つのではなく、自ら問題を探して解決する、それこそが新しいことを創造できるエンジニアスピリットではないでしょうか。
阿部川 「言語」「イノベーション」「チャレンジ」。この3つは常に念頭に置かないといけないキーワードですね。仕事でのコミュニケーションは英語ですか?
リリィさん 日本語と英語の両方を使っています。チームメンバーは私の日本語がおぼつかないのを知っているので、大事な議論になると寛容にも英語でやってくれます(笑)。
阿部川 それでいいと思いますよ。大事なことは、上手に話すことではなく、十分にコミュニケーションできることですから。
編集鈴木 マレーシアは海外で働く人が多いという印象があるのですが、それは一般的な話なのでしょうか。あと、リリィさんのように日本や米国など、遠く離れた国で就職したい人は多いですか。
リリィさん そうですね。シンガポールで就職する人が多くいます。シンガポールはマレーシアの隣ですし、給料がマレーシアの3倍ももらえるので。日本で働く人はそれほど多くないと思います。
編集鈴木 リリィさんはなぜ、シンガポールではなく、日本を選んだのですか。
リリィさん 私はシンガポールには興味がないんです(笑)。シンガポールは文化的にもマレーシアと似ているので、それよりは文化が違う日本がいいと思いました。
日本は食べ物がおいしいし、自然が豊富で人が優しい。私は写真が好きなので、公園など自然がきれいな場所に、写真を撮りに行きます。日本は本当にきれいだと思います。まだそんなにたくさんの場所に行っていないので、これからも時間があったら、写真を撮りに行きたいです。
●Go’s thinking aloud インタビューを終えて
結局人は学校で物事を学ぶのではなく、そこに至るまでの環境で培われた力や素地(そじ)で自ら学ぶ力を身に付け、さらに学びたいことを見つけ、それがまた新しい機会へと自らを導く。学校はほんの少しだけそれを後押しするにすぎない。PCの新聞広告を切り抜いていた少女が、異国にきてAIのプロフェッショナルを目指す。賢い母の手で育てられたおかげだ。
言語、イノベーション、チャレンジ。何度も使われているキーワードだが、2つの戦争(コロナ禍と、ロシアのウクライナ侵攻)のはざまで生きざるを得ない私たちは、それでもこのキーワードを忘れてはいけない。私たちはみな、それぞれの人生のエンジニアで、エンジニアとは、自ら問題を解決する人のことなのだから。
阿部川久広(Hisahiro Go Abekawa)
アイティメディア 事業開発局 グローバルビジネス戦略室、情報経営イノベーション専門職大学(iU)教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD) 訪問教授 インタビュアー、作家、翻訳家
コンサルタントを経て、アップル、ディズニーなどでマーケティングの要職を歴任。大学在学時から通訳、翻訳も行い、CNNニュースキャスターを2年間務めた。現在情報経営イノベーション専門職大学教授も兼務。神戸大学経営学部非常勤講師、立教大学大学院MBAコース非常勤講師、フェローアカデミー翻訳学校講師。英語やコミュニケーション、プレゼンテーションのトレーナーとして講座、講演を行う他、作家、翻訳家としても活躍中。
編集部から
「Go Global!」では、GO阿部川と対談してくださるエンジニアを募集しています。国境を越えて活躍するエンジニア(35歳まで)、グローバル企業のCEOやCTOなど、ぜひご一報ください。取材の確約はいたしかねますが、インタビュー候補として検討させていただきます。取材はオンライン、英語もしくは日本語で行います。
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